賢者登場!②
実際は、展望台にあるちょっとした休憩室だった。設備はどこにでもあるような急須とコーヒーメーカー、湯沸かし器。
だが景色は確かに、最高クラスに良い。真宮市内一帯が見渡せる。改めて見ても、山に囲まれた地形だ。
高級ホテルのような豪奢な部屋を想像していたため、少し気は抜けた。けれど問題はまだまだある。
5歳は年下そうな少年と、どんな会話をすればいいのだろう。賢少年は小学生離れした穏やかさで、急須から煎れた緑茶を飲んでいる。
幸いにも、話題は少年の方から振ってくれた。
「火動さんは、どんなロボットを発現するんですか? いえ、写真では見たことあるんですけれど、好きなロボットとかあるのかなーって」
「……よく分からん。とりあえず、量産機の図面を渡されたから使ってる」
「僕も、正直よく分からないです」
「お前も?」
あれだけ本部慣れしているのだから、好きなロボットの1つや2つあると思っていた。
「カッコイイのはたくさん知ってるんです。日本にも世界にもたくさん。でも、他の皆さんみたいに『これがいい!』というものは、まだ。すごいですよね。『自分の好き』を突き詰めていて」
「好き、か……」
アニメはあまり見なかった。
小さい頃、たまたま押してしまったチャンネルでアニメが始まった。普段見る児童向けとは違い、線の細い大人がたくさん出てきた。画面の中では人が銃に撃たれ、血の海ができていく。人々が泣き叫ぶ。7歳だったか8歳だったかの火動はその意味を知ることはなく、ただただ高揚するものを感じていた。
もっと見たい。触れていたい。そう思った時。
不意に、その映像が途切れた。誰かがTVを切ったのだ。反論するより早く、祖父の声が響いた。
『子供がこんな血塗れのモノ見るんじゃねぇ』
強い口調ではなかった。やんわりと、なだめるようなもの。しかし強い意志を感じた。
祖父は無口で、必要最低限、「おはよう」「おやすみ」「いただきます」「ごちそうさま」しか言葉を話さない。その祖父が、口を開いた。
それはとても重要なメッセージということは理解できた。同時に罪悪感のようなものを感じた。祖父が……その時は怒る、という単語しか浮かばなかった……ようなものを、自分は見てしまったのだ。
以来、アニメを見ることは無くなった。
番匠からアニメ専用のタブレット端末をもらったが、どのアニメを見てもいまいちぴんと来ない。今は祖父母とは離れて暮らしているし、もう10代半ばだから完全な子供とはいえない。だから視聴しても何の問題もないはずだが、どうにも入り込めない。
メカ・エリナとやらを発現させた、整備班のような熱量が持てない。
黙り込んだ火動を、困っていると理解したのか、賢少年は話題を変えた。
「僕は生まれた時からアマテルにいるんです。出生前の診断がどうとかで」
「両親は、どうしてるんだ」
聞いてから、しまったと思った。
10代半ばの火動ですら、両親のことは飽きるほど聞かれまくっている。10歳程度の賢では食傷しきった質問だろう。予想通り、彼は困ったような笑顔を浮かべた。
「業務が忙しくて。もう、2年は会ってないかなぁ」
「……そうか」
言う言葉がなくなり、緑茶のカップに視線を落とす。
自分はどうだろうか。母は自分が生まれてすぐに墓に入っているし、父は未確定。それでも少しでも知りたくて、火動はこの組織に入っている。
賢も、両親に会いたいのかもしれない。けれど、敢えて聞かない。この質問も、何百回と聞かれ過ぎているだろう。
「でも、良いこともあるんですよ」
明るい声で賢が言った。
「アマテル本部が、もう僕の家族みたいなもので。子供は滅多にいないから、色んな人が優しくしてくれるんです。だから、寂しいと思ったことはありません」
言い慣れているのだろう。淀みなく答えが告げられる。
けれど、嘘や強がりではない気がした。声に濁りはない。それに、例え強がりだとしても尊重するべきだと思った。
「良かったな」
「はい。火動さんも僕の家族、ですね」
「……いきなり言うな。照れるだろ」
けれど。
「でも、家族、ってのも良いな。悪くない」
「でしょ」
にへへ、と少年は笑った。
「本部暮らしなら、飯は何食ってんだ」
「食堂を。あとよくレーションを」
「レーション?」
「事用の携帯食です。あんまりおいしくないけど、栄養価は高いんですよ」
おいしくないものを食べている。
10歳の少年が。
「……俺が、何か作ってやるよ」
言ってしまった。……両親のあれこれから、口に出してしまったのかもしれない。けれどどうする、野菜炒めすらマトモに作れないんだぞ、俺?
「え?」
「明日、創立記念日で学園が休みなんだ。弁当作って持ってきてやる」
しかし止まれない。言い出した手前やっぱダメとは言えない。後悔を必死で取り繕う。
賢は、しばし驚いていたが。
「僕、オムライスがいい!」
ぱぁっと輝いた顔で言った。出会って1時間で初めて見る、年下らしい表情だった。