賢者登場!①
帰りの通学路は、帰宅部の生徒でまばらだった。時折高学年らしき小学生や、塾に行くのだろう子供の姿が見える。時に多人数、時に1人で。
1人は気楽だ。誰に気兼ねすることもなく、自分だけの時間を過ごすことができる。……しかし。
(これからあいつと過ごすのか……)
気分が重くなる。
祖父母は火動のやりたいことには大抵ノータッチである。部屋も1階と2階で離れていたので、放課後はほとんど1人で過ごしていたようなものだ。祖母に買い物を頼まれたり、祖父の運動にとキャッチボールに付き合わされていたが、それも1週間に2,3回あるかないか。
陽給はどう考えても真逆である。あの性格だ、火動のいない間部屋に入っていてもおかしくない。見られて困るようなものは持ってきていないが、それでも突撃されるのはごめんだ。
じくじく考えていると、何かが足に当たった。スマホくらいの大きさの物体だ。周りを見回すと、十字路の交差点だ。このままでは誰かに蹴られて車に壊されかねない。
(……?)
取り上げてようやく、おかしな点に気付いた。
どう見てもスマホじゃない。中央には液晶画面ではなく、大きな緑色の石がはめ込まれている。機械の半分を占める大きさ。両側部分はメタリックで、どちらかというと機械に近い。ボタンや画面はなく、用途は不明。オブジェだろうか。
つい興味が湧いて拾ってしまったものの、どうしようか。何に使うか分からなくても、警察に持って行くべきだろうが……。
と。
「困ったなぁ……」
歩行者信号のカッコー音、その合間を縫って、高い声が耳に飛び込んでくる。
10歳くらいの少年だった。グリーンのパーカーに、黒いリュックサックを背負っている。この時間帯だから、塾に行く最中だろうか。丸眼鏡が賢そうな雰囲気を出している。
「あれがないと……落としちゃうとか、ついてないよ……」
少年は悲しそうに呟きながら、真剣に何かを探している。
手の中の機械に目を落とす。落とし物。そしてちょうど、何かを探している人物。10歳の子供が持つものとは思えないが、親のものかもしれない。火動は少年に声を掛けた。
「落とし物って、これか」
「あっ! はい、これですっ! 壊れてないかな……」
礼もほどほどに、少年は機械を受け取る。すると、緑色の石が薄く輝いた。その後も振ったり耳に当てたりと、その機械の調査を尽くす。やがて安心したように息を吐いた。
「良かった、異常はない……ありがとうございます!」
よほど嬉しかったのか、90度どころか160度くらいのお辞儀を見せる。正直そこまで感謝されるとむしろ気後れするものがある。
少年が顔を上げると、表情がよく見えた。黒茶色の目は、ふんわりと少し垂れている。なんとなく安心感のある顔つきだ。
「僕、天戸賢っていいます。良かったら、職場でお茶をごちそうしてもいいですか? とても大事なものだったから、お礼をしたいんです」
「職場ってお前、小学生じゃ」
少年はにっこりと笑い。
「ついて来て下さい。ここから10分もかかりません」
そこは。
アマテル本部だった。
「ええええ……」
「あれ、火動さんもここ知ってるんですか?」
「というか……」
見ず知らずの小学生に、ロボット乗ってます、とは言えなかった。憧れの目線で見られた日にはどうしていいか。
賢少年は慣れ切った足取りで本部内を歩き、司令部に辿り着く。番匠は少年を見るなり、気さくに手を挙げた。
「おう! 賢少年、強化パーツは発見したか?」
「……おっさん、知り合いだったのか……」
「うん。番匠には、ずっと助けられてるんだ」
「火動君。賢君にもう会ったのか?」
「レーヴキーを拾ってもらったんだ。ある意味命の恩人だよ。ということで、展望室のティールームを使わせてもらっていいかな? ちゃんとお礼をしたいんだ」
「あぁ、使ってくれ。火動君、高い所は大丈夫だな?」
「……まぁ」
話がどんどん進んでいく。想像以上に、というか見た目から想定できないほど、賢少年は立場のある子供のようだ。その上ティールーム、という人生でまず聞くことのない場所など。
なんかすごいところに連れて行かれる気がする。