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爆夏な日々②

 頷いてしまったものは仕方ない。翌日の放課後家に業者が来て、引っ越すことになった。といっても任務の間だけ。ファーレンを撃破すれば……撃破できればの話だが……実家に戻ってくることになる。実家はバスで数駅の距離。いつでも帰ることができる。


 食材やキッチン用具など必要なものを買い足す。荷物持ちとしてマリーゼと柞磨が着いてきてくれた。マリーゼは見た目は細いが、キャベツ1玉とジャガイモ、お茶の2Lボトルが入った買い物袋を持ち、家まで歩いてきた。表情に乱れはない。細マッチョの女性なのか、それとも。


 晩飯は「私が作るねー!」と陽給がキッチンに引っ込んでいった。あの性格だ、何を作るつもりなのか……と怪しんでいると、美味しそうな匂いがしてきた。


 やがて、料理が運ばれてくる。


「はいっ、親子丼だよー」


「……料理、できたのか」


「私を誰だと思ってんのさ。天才画家、陽御埼夫婦の娘だよ? 料理くらいちょちょいのちょいよ! ……ま、炊事洗濯お風呂掃除が当番制だったから、大抵の料理には慣れてるってワケ」


「……いただきます」


 淡く輝く金色の卵。上に三つ葉だろうか、葉物が乗っている。見た目も香りも良い。陽給の言うことに嘘はないらしい。


 一口、二口。


 美味しい。


 鶏肉は程よい弾力があり、卵は甘いだけでなく深みのある味というのか、とにかく美味だった。実家で食べる親子丼も美味しかったが、それに匹敵しかねない。


 食べ終わり、ごちそうさまを言う前に。なぜかいてもたってもいられなくなった。箸を置き、立ち上がる。


「俺も作る」


「今から?」


「……おかず、足りないだろ」


「え、あ、そうだけどね?」


 ハテナマークを浮かべる陽給を後目に、冷蔵庫を開ける。キャベツとニンジン、あと豚肉はさっき買ってきている。メニューは野菜炒め。……他に思いつかなかった。しかし、これも立派な料理でおかずである。親子丼との相性が怪しいが、野菜なので何にでも合うだろう。


 だが、出来上がったものは。


 全体的にびちゃっとしていた。


 肉に火は通っているが、なんか硬い。


 味付けは塩のみ。塩さえ入れていれば間違いがないと、家庭科の教師が言っていた。


「いただきまーす……」


 野菜炒めを前にした陽給はなんか神妙な面持ちだった。せめてもう少しいつもの元気さを出してくれ。


 一口食べた彼女は、少し眉を寄せた、いかんともしがたい顔をして。


「……追い醤油、してもいい?」


「……どうぞ」


 醤油なんて最初から入っていないので追いも何もないのだが、真相は言えずに差し出した。


 火動も一口。


 ……味がしなかった。何故だ、塩はそれなりに、一つまみくらい入れたはずなのに。旨くないのはもちろん、祖母の作るものとは程遠い。


 料理歴1日未満の男子学生に、野菜炒めはまだ早かったのか。


「あ、ところでさ。火動、部屋どんな風にコーディネートした? このハッピーホームデザイナーが入っ」


 リビングの右側、火動側の部屋へ入ろうとした足を阻止する。なんで? という顔をする不埒者。言わねば分からないか。


「ここから先は入るなよ。あと、風呂に入ったら必ず湯を抜くこと」


「えぇー? 火動心せまーっ!!! そんじゃモテるもんもモテねーよ! せっかくそれなりにキレーな顔してるくせに!」


「モテる必要なんてねぇよ! 女のドロドロなんて見飽きてんだよ!」


「うわ、悲惨ん……そうすか、それじゃあ風呂以外はちょっぴり譲歩する。お部屋は、うん、勝手に入りません」


「風呂は嫌なのかよ」


「だってもったいねーじゃん! 全部抜くなら私が火動の後に入るーっ! ノーモア水泥棒ーっ!」


「そ、それもやめろーっ!」


 喧々諤々の結果、火動はしばらくシャワーのみで過ごすことにした。



 ◆



 どのくらいだったか覚えていないが、ほんの少しだけ女子と仲良くした。一方的に話しかけられるだけだったが、ほんの少しだけ笑顔を向けたこともあった気がする。


 次の日、その女子は頬に脱脂綿を貼って登校してきた。それ以来ぱたりとその女子は話しかけて来なくなり、入れ替わるように別の、きつそうな目つきをした女子たちが話しかけてきた。


「あんな子よりも、私達の方がいいでしょ」


「きれいな男の子には、きれいな女の子。ね?」


 前の女子を後の女子たちが突き落としたと知ったのが後日である。


 それ以来、女子には一切近づかなくなった。



 ◆ 



 ……陽給は女子とは言えない気がする。


 無論、体格はこれでもかと女子を主張しているのだが、ソファアに陣取ってスホマを見る姿など一切異性を感じさせない。


「……なに見てんだよ」


「へ? 納言ちゃんチャンネル」


「……食えそうな名前だな」


「それ大納言? Vチューバー納言ちゃん! なんかキャラ絵そっくりって噂があるくらいの美少女らしくてさ、でも配信はぶっ飛んでて、これなんて鼻からチャーシュー麺にチャレンジとか……」


 目を輝かせて語る陽給に、ほんの少し安心したりした。


 キンキン声を聴いていると、嫌な思い出も少しはぶっ飛ばされる。

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