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爆夏な日々①

 買い出しというものは、こんなにも疲れるものなのか。


 うっかりキッチンペーパーを買ってくるのを忘れ、買い出して。ついでにティッシュペーパー3ボックス買ってきてセールだから、と言われ。主婦達と戦い、夕暮れの灼熱凪の中、徒歩20分を歩き倒し、現在。


 汗を拭くのも面倒になってきた。風呂には早いが、さっとシャワーを浴びよう。


 疲労状態のままドアを開け、


「え」


「あ、おかえり!」


 陽給がいた。


 今まさに、シャツを脱ぐ寸前で。


「ここで脱ぐんじゃねぇぇぇ!!!! せ、せめて脱衣所を使え!!!」


「だって暑かったしー。ひょっとして先にシャワー浴びたかった? どぞどぞ、私ちょっと寝汗かいだだけだから!」


「そういう問題じゃねぇ!!!」


 マンション内に、火動の叫びだけが響き渡った。



 ◆



 時は、3日前にさかのぼる。


 放課後、アマテル本部に呼ばれた火動は、番匠直々にこう言われた。


 というかロビーにやってきて開口一番に。


「うちの秘書官夏井君の要領の関係! そしてパイロットと製造者の絆を深めるため! 陽給君と一緒に住んでくれ!」


「バッカ言うんじゃねぇ! 学生が一緒に住めるかよ!」


「え、私いーよー。火動よくないん?」


「  」


 なぜ。即決。


「ハッハー! そういうことだ、せめてもの要素としてセキュリティもコンロもそれなりの建築物を用意した! これから火ノ原家に伺おうと思う、夕餉の食卓は何時か!?」


「……、帰る!」


「ついてく!」


 陽給が能天気な声を上げた。



 ◆



「……ばあちゃん」


「なんだい、そんな嫌そうな顔して。学校で何か……」


 火動を押し退け、陽給が顔を出した。


「やっほー! キヨコばあちゃん!」


 祖母は、普段三白眼の目を面白いほど丸くし、陽給の顔を覗き込んだ。


「あれま……陽給ちゃんかい?」


「はぁーい! 陽給でぇーす!!!」


 笑顔を向けられ、ようやく合点が付いたようだ。大笑しながら陽給の頭を撫でる。


「大きくなったねぇ! 引っ越して10年近いんじゃないかい?」


「そう! そんで、」


 陽給の背後から、さらに男が出てくる。……そう。陽給だけならば、火動はこんな渋面をしていない。


「お初にお目に掛かります。わたくし、アマテル本部の番匠千荻と申します!」


「……あまてる、って、なんだったっけな?」


 破顔していた祖母の表情が、一気に不審なものへと変わる。胡乱な祖母の言葉に、番匠は顔色1つ乱すことない。


「巨大ロボットを取り扱う組織です。火動君には大変ご協力頂いていまして」


「協力……って、ひーちゃんがかい?」


「……ばあちゃん、その呼び方はやめてくれ……」


「ともかく今日は! お近づきの印に! パーティーをさせて頂きたく!」


 そう言って見せたのは、有名デパートのオードブル。陽給が番匠の隣で笑顔を見せる。


「ってコトで一緒に食べよ、キヨコばあちゃん!」


「……」


 祖母は、番匠を頭の天辺から爪先まで見つめた。息を吐くと玄関を開ける。


「……ま、悪い奴じゃなさそうだしね。いいよ、上がんな」


「はーいっ!」


 誰よりも先に陽給が居間へと上がる。火動が続いて入ると、祖父が入ってきた陽給に目を丸くしていた。いつも通り新聞を広げていた夕方だったのに、晴天の霹靂すぎる。


「キチゾーじーちゃんだ! わー、変わってなーい!」


 祖父は祖母と同じく目を瞬かせている。全く気にせず、陽給は大きく手を振った。


「お久し振りでーす! 陽御崎陽給だよ、覚えてない?」


 ようやく祖父は大きく頷いた。6歳の陽給と今の彼女が合わさったらしい。


「……久し振りだね、陽給ちゃん」


 今度は火動が驚愕する番だった。無口な祖父の挨拶以外の言葉は、5年振りくらいに聞いた。


「わーレア! キチゾーじーちゃんが喋ったー!」


「珍しがるなっ。喋るときは喋るんだぞ、じいちゃ……じいさん」


 しかし祖父は気に留めなかったようで、変わらぬ表情で新聞を読み始めた。後は任せた……そういうことらしい。



 ◆



 そして。


「この肉ウマーイ!」


「いやはや、カヨ子さんの作るチャンプルーも美味なことで。私沖縄に行ったことがあるんですが、本場と同じくらいの……」


「お世辞はいいよ。それよりたくさん食べな!」


 番匠のセールストークを聞き流しながら、火動はオードブルに口を付ける。自宅にこいつら、特に番匠が来ることは悪夢だったが、味覚はそんなことなど気にしないらしい。番匠が持ってきたオードブルは、肉も野菜の揚げ物も美味しかった。司令という身分だからか、結構良いものを食べているのだろうか。


 やがて夕食が終わり、デザートのケーキを頬張った後、祖母が言った。


「……で。本題はなんだい。陽給ちゃんはともかく、あまてるの偉いさんが来たってことは、何かあたしらに聞かせたい話があるんだろ」


「ご明察。実は、わたくしたちの任務の関係で、火動さんと陽給さんを一緒に住まわせたいのです」


「あたしは別にいいけど」


「いいのかばあちゃん!?」


 いや止めてくれ。10代の男子が同年代の女子と同棲っていいのかよ。


「親子含め知らない仲じゃないからね。でも、火動。あんたの意見が一番大事だ。陽給ちゃんもね」


「私は構わないよ!」


 陽給、即答かよ。


「……俺は、分からない、けど……」


 アマテルの事情は迷惑千万だったが、親元から離れる暮らしには興味がある。


「そろそろこの家を離れるのも、いいかもしれない」


「そうかい。じゃああたしらは反対しないよ」


「キチゾーさんはいかがです?」


「反論なしってことは良いってことさ。そうだろ、あんた?」


 祖父は頷いた。


「ところで、陽給君のご両親は」


「あ、大丈夫です。今頃ジンセキミトーのどっかに行ってるはずなんで」


 人跡未踏? 火動は耳を疑ったが、陽給はいつも通りの笑顔を浮かべている。思い返せば、確かに陽給の両親はヘンな人物だが。


 火動は少し、今の言葉を取り消そうか思案し始めた。


 取り消せなかったが。

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