ロケットパンチ騒動!⑤
「まだだ、後ろだ!」
「ひゃっ!?」
咄嗟に飛び退く。耳のすぐ近くで轟音が響いた。目のすぐ横の髪が数本切られて落ちていく。冷や汗が噴き出る。……倒したはずの敵は、まだ立っていた。
「まだいるのー!?」
「っ……」
あちこちが壊れながらも、全く動じず立ち上がっている。ロケットパンチの負傷だけでは倒れないのか。
「ひひひひ火動!? 今からやり直しできる!?」
「距離が近すぎる……!」
『火動君の言う通りだ、退避してくれ!』
「でも、こいつをほっとくと町が危ないんでしょ!」
ただのロケットパンチでは効かないことが分かってしまった。もっと強いもの、しかし今の空想では火薬の量を多くすることしか思いつかない。
どうすれば。
もっとロボットアニメを見ておけば……いやこんな後悔どこでするんだ!
頭を抱えたとき、耳元で火花が飛ぶような音がした。
『すげぇだろ、モーニングスターだ!』
知らない男の声がした。聞き慣れない単語に、キラキラした声ではしゃぐ若い男。……ひょっとして、これがヴァースの声か。自分の父親、こんなにチャラかったのか。それよりも。
荒野であるのは同じだが、今までの視界ではない。工事で使う鉄球の全面にトゲを生やした、凶悪な鈍器が目の前で揺れている。生成したばかりの武器を掲げて眺め回している最中らしい。これがモーニングスターというものか。詳しくは知らない、フォルムも邪悪すぎる、だが父親が使っていた武器ならば……!
過去の記録は一瞬で消える。
一瞬で十分だ。
「陽給、全力で距離を取れ!」
「分かった!」
レッドグロウの手に、長い鎖、そして残忍冷徹な鉄球……モーニングスターが生み出された。長い鎖を手にした途端、機体が大きくぐらついた。「重っ……」
「陽給、落とすなよ!」
「トーゼン! 友達の造ったモノだもん、お粗末に使ったらバチが当たるよ!」
友達。
その一言が、頼もしく感じた。
敵は距離を取り、光り輝く砲台に動力を溜めている。しかし、この鎖ならば、距離は問題ない。陽給ならば出来る。ビームが放たれる直前、陽給は走り出した。紙一重でエネルギーの塊を躱し、敵へと迫る。鎖を腕に巻き付け、高く空へと振り上げる。
「突撃!」
振り下ろされた鉄球が、敵の頭を砕いた。
「……」
思っていた使用法と違うが、敵は黒煙を上げて停止する。
『よくやった! さすが有人機は強いな!』
「……どうも」
『敵機体、周囲に反応無し。2人とも、帰ってきて大丈夫ですよ』
『ヤッター大勝利! 最速で帰るね、火動!』
微かに揺れる棺の中で、火動は先程見えた記憶を思い出していた。あのモーニングスターは、どこかで争っていた際に発現したものだろう。後ろ暗い目的に使用された可能性が高い。
けれど、回り回って火動と陽給を救った。不思議な感慨で、棺の内部を見る。黒い壁は何も映さず、ただ青く輝いていた。
◆
アマテルに帰還、空想を解くなり、蕃昌が顔を顰めて言った。
「火動君。勝利は勝利だが、ロケットパンチを投影していたことを忘れるのは頂けない」
「……、すまん」
「だが、あの追加空想は攻撃力が高い。どうだ、モーニングスターを造ってみた感想は。あの凶悪な武器はヴァースのイメージそのものだが」
「……なんか、嫌」
空想してみたものの、陽給のあの明るさには不釣り合いな気がした。けれど、この組織にとっては必要なものだろう。これから使うことを考えると気は重いが、仕方ないのかもしれない。
「そうか。では、今後使う必要は無いな」
「いいのか? 父さんが使ってた武器なんだぞ?」
「親だからといって、合わせる必要は無い。私はファーレンに反逆してこの組織を設立した。意に添わないことをするよりも、自分の正義が大切と思ったのだ」
……良かった、話の分かる司令で。
肩の荷が下りた気分だ。戦闘も終わった。早いところパイロットスーツを脱いで、ここから帰ろう。
「ということで、火動君。嫌だろうとそうでなかろうと、これらを見てもらおう」
「これら?」
彼はタブレットを持っていた。銀色の、シンプルなものである。
「火動君。君はアニメにアレルギーはないかね?」
「アレルギー?」
「多少悲劇的な物語を見ても、次の日に引き摺らないタイプか?」
「はぁ、まぁ……」
と言ったらタブレットを渡された。癖でタップすると、テキストファイルが1つ、配信アプリが1つ表示されていた。アイコンいっぱいに『AnimeCH☆』と書いてある。
「このテキストファイルは、アマレル特製の勉強アニメ一覧だ。見ておくように。できれば感想を書いて提出するように」
「……」
ジャンの言っていた通り、本当にアニメのリストを渡された。
確かに、巨神という巨大なロボット、非現実のものを空想するならばアニメやゲーム、映画が適切だろう。現実では決して見ることができないものを見られる。であれば。適切で、合理的だ。
……それに気付いたのは、全てが終わってからである。