オマケ
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この話は時系列として、最終話前になります
※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
アウレリアがウルクの屋敷で暮らし始めて数ヶ月が経ち、彼女の顔には微かながら笑顔が戻っていた。
牢獄の冷気や、魂を削るような激痛は、遠い悪夢のようにも思える。
この時空の狭間にある屋敷は、祖母と暮らした頃の穏やかな日々を彷彿させる心からの安息の地となっていた。
屋敷での日々はウルクの計らいによって、アウレリアの祖母が愛した花々で満たされている。
庭に咲き誇るその花を見る度に、アウレリアの心は温かさと共に微かな郷愁に浸る。
リリアとルカは、そんなアウレリアを見守るように傍にいた。
「アウレリア。この花、おばあ様が一番好きだったって言ってたでしょう?」
ルカが屈託のない笑顔で、掌に摘んだ小さな白い花を差し出す。
アウレリアはそれを受け取ると、そっと胸に抱きしめ。
「ありがとう、ルカ」
瞳には、薄く水の膜が張る。
双子竜はアウレリアの気持ちをそっと察し、ただ寄り添ってくれる。
彼らの純粋な愛情はアウレリアがこれまで知らなかった、別の形の『家族』の温かさを教えてくれた。
魂の傷は時折、発熱という形で彼女を苛む。
けれどその痛みも、この温かい場所では少しだけ和らぐのだ。
ある日の午後、ウルクはアウレリアと共に書庫で過ごしていた。
アウレリアは魔術に関する古書を熱心に読んでいたが、ふと顔を上げてウルクに問いかけた。
「あの、ウルク様は…その、卵生なんですか?」
アウレリアの唐突な質問にウルクは一瞬目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んだ。
その瞳には懐かしさと、わずかな照れが浮かぶ。
「ああ。竜族は皆、卵生だよ。私も、グラシエも、そして双子達も、卵から生まれた。卵はとても大切に温めるんだ。孵るまで、決して目を離さない」
ウルクは、遠い目をして語る。
その表情には深い愛情と、失った者への切ない恋情が滲んでいた。
アウレリアはウルクの語る番への想いが、雪竜が彼女に向けた無関心とはあまりに対照的であることに気付き、心に温かい波紋が広がった。
(よかった……)
ウルクの話を聞きながら、アウレリアは心底安堵していた。
もし、自分が雪竜の番のままであったらどうなっていただろう。
彼の卵を産むことになっていたかもしれない。
好きでもない、むしろ憎んですらいる相手の子を、それも卵で産むなど。
矜持が許さなかっただろう。
想像するだけで、ぞっとするような嫌悪感が込み上げる。
魂の繋がりを断ち切るという命がけの選択は、間違いなく正しかった。
この安堵は自身の未来を自ら切り開いたことへの、確かな手応えだ。
アウレリアの胸には、ウルクへの信頼感が一層深く刻まれていく。
彼が語る番の面影。
その瞳に宿る慈愛の光に、彼女は失った祖母の温かさを重ねていた。
ウルクはアウレリアが屋敷にやってきてからというもの、以前にも増して穏やかな表情を見せるようになっていた。
彼は時折、遠い目でアウレリアを眺める。
(もし、番似の娘がいたら…こんな風だったのだろうか……)
ウルクの脳裏には、今はもう遠い昔となった番の面影が過る。
高名な魔女であった彼女は、ウルクの世界を鮮やかに彩っていった。
そして双子の姉弟であるリリアとルカを授けてくれた、かけがえのない存在だ。
彼らもまた既に立派な竜へと成長し、それぞれの道を歩んでいるが、親としてのウルクの愛情が消えることはない。
アウレリアを見守るうちに、ウルクの心では、深く凍てついていた哀しみが春の陽光に溶かされるように、温かい父性が芽生えていくのを感じた。
それはかつて失った家族の絆を、アウレリアを通して再び感じているかのようで。
その日の夕刻、グラシエがウルクの屋敷を訪れた。
庭の東屋でアウレリアが双子竜に囲まれて楽しそうに笑っている姿を見て、彼女は小さく息を溢す。
「あら、まるで本物の兄妹のようね。血が繋がっていなくても、こんなに穏やかな家族の姿が見られるなんて」
グラシエは温かい視線をアウレリアと双子竜に向けた後、隣に立つウルクにふと視線を向けた。
彼女の金色の瞳に、微かな哀愁が滲む。
「……本当は、私が親戚になれるはずだったのにね。アウレリアと雪竜が番であれば、私もこの子の親戚として、もっと堂々と接することができたのに」
グラシエの声には、失われた可能性への惜別と、雪竜の無知と傲慢さが招いた悲劇への深い嘆きが込められていた。
ウルクもまた、静かに頷いた。
雪竜の行いが、アウレリアだけでなく、彼ら竜族の誇りをも傷つけたことを彼らは痛いほど理解していた。
「あの北国では雪竜への信仰は根強いけれど、竜族の中には彼の未熟さを問題視している者も少なくないわ。特に我々、時空竜や氷竜の古き血筋はね」
春の眷属達も庇うことは出来ないだろう。
雪竜の行いは竜族の規範に反しているのだから。
グラシエは再び、庭で笑い合うアウレリアと双子竜の姿を見つめる。
「あの娘は、私達にとって、何よりも大切な存在になったわ。雪竜に、二度とあの子を傷つけさせるわけにはいかない」
その声には、アウレリアを守るという、揺るぎない決意が込められていた。
ウルクもまた、同じ思いだ。
彼らは、アウレリアがこれから歩む道が、決して平坦ではないことを知っている。
魂の傷がもたらす力は、彼女の命を少しずつ削っているからだ。
竜族の長い寿命に比べ、人間の命は元々とても短い。
アウレリアは、そこから更に削られていっている。
せめて彼女に残された時間くらいは穏やかに過ごしてほしい。
時空の狭間を見守る竜達は、そう願っている。
ご一読いただき、感謝いたします