ep.7
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※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
アウレリアがウルクの屋敷で暮らし始めて、はや数年が過ぎた。
魂の傷による発熱はその頻度が減り、身体に慣れ親しんだ。
とはいえ、発現しなくなることはない。
それは自らの手で番の繋がりを断ち切った代償として、彼女の生に深く刻み込まれた烙印であり。
死を迎えるその日まで続くものだと、ウルクは静かにアウレリアに伝えていた。
しかし、その痛みが彼女の心を支配することはもうない。
雪竜への憎悪は、確固たる決意へと昇華され。
彼女の内に秘められた炎となった。
そしてこの屋敷の温かさが、その炎を優しく包み込んでいる。
彼女の心を満たしたのは、ウルクやグラシエ、そして双子竜のリリアとルカが与えてくれる、かけがえのない温もりと穏やかな日常への感謝だ。
屋敷での日々は、アウレリアにとって祖母と暮らしていた頃のように安らぎとささやかな喜びに満ちている。
ウルクの屋敷の使用人である竜達はアウレリアを、まるで幼い姫君であるかのように大切に接する。
彼らの惜しみない愛情と献身的な世話。
そして時折見せるユーモアに、アウレリアは自然と笑顔を見せるようになり。
双子竜のリリアとルカは、アウレリアの成長を何よりも楽しみにしているようだった。
彼らもアウレリアを家族の一員として心から大切にし、彼女がこれまで経験したことのない、”新しい家族”の温もりを与えてくれた。
ルカは相変わらず元気いっぱいで、庭で魔法の訓練をするアウレリアの周りを飛び回り。
時には魔力の制御を誤って花壇を焦がし、リリアに厳しく叱られることもある。
「もう!ルカ、またアウレリアの練習の邪魔をして!この前も言ったでしょう、人族が魔力を使用する時はもっと集中がいるのよ!」
リリアはルカを諌めながらも、アウレリアの傍に寄り添い。
優しく髪を撫でた。
「アウレリア、気にしないでね。ルカはあなたと遊ぶのが楽しくて仕方ないのよ」
アウレリアはそんな二人のやり取りを見る度に、心が温かくなるのを感じた。
彼らは、彼女がこれまで知らなかった"姉と兄"のようだった。
特にルカは兄でありながら、"弟"のようでもある。
幼い頃に両親を亡くし、祖母と二人きりで生きてきたアウレリアにとって。
この賑やかで温かい家族の温もりは、何物にも代えがたい宝物だった。
「アウレリア!庭で一緒に花を摘もうよ!」
彼の屈託のない笑顔に、アウレリアは自然と笑みがこぼれる。
庭には祖母が好きだった種類の花が植えられていた。
ウルクの計らいであるそれらの花を見る度に、アウレリアの心は温かさと微かな郷愁に包まれる。
リリアはルカよりも思慮深く、アウレリアの体調を常に気遣ってくれた。
「無理はしないでね、アウレリア。いつでも私を頼っていいのよ」
彼女の優しい眼差しは、アウレリアが抱える魂の傷の痛みまでも癒してくれるかのようで。
双子の父であるウルクは、そんなアウレリアを遠くから静かに見守ることが多い。
彼はアウレリアにとって、第二の父とも言える存在になって。
その瞳には、深い愛情とどこか懐かしむような色が宿っている。
彼はアウレリアを慈しみ、時には魔術の訓練を見守った。
アウレリアが"世界の構造から望む魔術式を見る能力"を使う度。
ウルクの目は注意深くその変化を追う。
彼はこの力の危険性を誰よりも理解しており、アウレリアが誤った使い方をしないよう常に目を光らせている。
「その力は、世界そのものの理に触れるものだ。扱うには、相応の覚悟と責任が伴う」
ウルクの言葉は、アウレリアの心に深く響いた。
ある晴れた午後、アウレリアはウルクと共に屋敷の書庫にいた。
ウルクは古文書を整理し、アウレリアは魔術に関する書物を読んでいる。
ふと、アウレリアは古い肖像画に目を留める。
それはウルクの番の肖像だった。
優しい微笑みを浮かべた女性の姿は、どこか遠い昔に見たことがあるような。
そんな懐かしさを感じさせる。
「ウルク様のお番様は、とても美しい方ですね」
アウレリアが素直な感想を漏らすと、ウルクは肖像画に目を向け、深く息を吐く。
「ああ。彼女は、私の世界を変えてくれた人だった。高名な魔女でね。彼女の知識と知恵は、竜族の私ですら舌を巻くほどだった」
ウルクの声は深い愛情と、失われた者への切ない郷愁に満ちていた。
「私の血族にも魔女がいたと聞いています。遠い昔の、高名な魔女だったと」
アウレリアの曽祖父の曽祖父の……というくらい遠い血族のことを指していたが、アウレリア自身はウルクの番と自分の祖母の血族に繋がりがあるとは気づいていない。
勿論、ウルク自身もである。
しかし、アウレリアの瞳の奥に宿る、どこか似た好奇心と探求心に自身の番の面影を重ねていた。
「とても賢く、そして何よりも優しい女性だった。彼女は私にこの世界がどれほど美しいものかを教えてくれたのだ」
ウルクが語る番への想いは、いつもアウレリアの心を穏やかにした。
彼の話す番は、アウレリアの大切な家族である祖母にどこか重なる部分がある。
それは温かい手、慈愛に満ちた眼差し。
そして何よりも、知恵と経験に裏打ちされた深い愛情。
アウレリアは祖母の存在を思い出す度に、胸が締め付けられるような悲しみと。
共に過ごした日々の温かさを同時に感じていた。
ウルクの番と、自身の祖母。
遠い時を超えて、二人の女性の面影が交錯していることを、彼らは知る由もない。
ウルクにとってアウレリアは、失われた番と、もし番似の娘を授かっていればと夢見た面影を重ねる、かけがえのない存在となっていた。
アウレリアの魂の傷は、その影響は別の形で彼女の内に宿っていた。
それは"世界の構造から望む魔術式を見る能力"として、アウレリアの五感の一部となっている。
彼女が何らかの魔術を必要とした時。
例えば、ルカの怪我を癒したいと願った時や空を飛びたいと願った時のように。
その魔術の完璧な"陣"が、光の紋様として脳裏に浮かび上がる。
そして彼女はそれを、まるで呼吸をするかのように自然に発動することができた。
しかしその力の使用には、見えない"代償"を伴っている。
アウレリアは気づいていなかったがその魂の傷は、彼女の生命を少しずつ削っているのだ。
竜族の長い寿命に比べ、人間の命はあまりに短い。
ウルクもグラシエも、その事実に気づいていた。
けれどアウレリアが残りの日々を穏やかに、そして幸せに過ごせるよう、その事実を告げることはないだろう。
ある夜、アウレリアは夢を見た。
それは、祖母との最期の日の夢だった。
祖母の弱々しい呼吸、冷たくなっていく手。
そして、魔術師達が祖母の亡骸を横目に、冷酷にアウレリアを引きずり出す瞬間。
その悪夢に、アウレリアは魘された。
「……おばあ、ちゃん……!」
全身を汗でびっしょりにして、アウレリアは飛び起きる。
胸が苦しく、呼吸が乱れた。
その時、彼女の枕元に置かれた祖母がいつも身につけていた小さな木彫りの飾り物から微かに冷たい光が放たれていることに気づく。
それはかつて祖母が若い頃に助けた氷竜が、感謝の印として与えたという"氷の加護"が宿るものだと世界が教えてくれる。
祖母が亡くなった後も、その加護は消えることなく祖母の魂、そして血族であるアウレリアのへと受け継がれていたのだと。
アウレリアはその飾り物をそっと手に取る。
ひんやりとした感触が、高鳴る心臓を少しだけ落ち着かせた。
飾り物から放たれる光は微かではあるが確かに。
彼女の魂の奥底に働きかけ、熱を持つ体を鎮めていく。
そしてその光の中で、アウレリアの脳裏にある魔術式がぼんやりと浮かび上がった。
それは、"魂を鎮め、死者の安息を願う"ための、深遠の弔いの魔術式だ。
(これは……?)
アウレリアはその魔術式を、祖母のために使うべきものだと本能的に理解した。
祖母の遺体がどうなったのか、アウレリアは知らない。
あの冷酷な魔術師達が、祖母の亡骸をどう扱ったのか。
考えるだけで胸が締め付けられた。
しかし、もし祖母の遺体が氷の加護によって奇跡的に保存されているのなら。
もし、彼女が故郷に戻ることが許され、祖母の亡骸を見つけ出すことができるのなら。
この魔術で、ようやく祖母を安らかに弔うことができるのかもしれない。
それは雪竜への憎悪とは異なる、純粋な希望の光だった。
そしてこの魔術式が、祖母の加護から生まれたものであること。
そしてウルクの番もまた、その血筋において、同じく深遠の魔女の力を宿していたこと。
それらはアウレリアには知る由もなかったが、彼女の魂の奥底で古くからの繋がりが、静かに呼応しているかのようだった。
アウレリアはウルクの屋敷で、穏やかな日々を過ごすことを選んだ。
彼女は、自らが持つことになった強大な力を、竜種の知識と経験を借りながら。
少しずつ理解し、制御する方法を学んでいく。
彼女は決して、その力を私利私欲のために使うことはなかった。
ルカが怪我をすれば癒し、リリアが困っていれば知恵を貸し。
使用人達が庭仕事に難儀していれば、ひっそりと植物を活性化あるいは非活性化させる魔術を行使した。
彼女の力はこの屋敷の温かな日常にささやかな感謝を返している。
時折、アウレリアは静かに庭に出て夜空を見上げた。
満月が輝く夜には、その月光に照らされた己の手を見つめる。
掌からは、確かに魔力の奔流を感じる。
魂に刻まれた傷は、確かに彼女の命を蝕むかもしれない。
しかし、その傷が与えた力は彼女に新たな居場所を与え、失った祖母への弔いの可能性を示唆した。
アウレリアは、この温かな場所で、失われた祖母との思い出を抱きしめながら、静かに生きていきたいと願っている。
そしていつかこの力が、祖母の無念を晴らすため。
そして二度とあのような理不尽を許さないために、役立つことを。
心の奥底で密かに誓う。
それは、復讐のためだけではない。
彼女が経験したような悲劇が、二度と誰にも起こらないように。ただそれだけだ。
ウルクは、そんなアウレリアの背中を、いつも優しく見つめていた。
彼の心の奥底には、なぜこれほどまでにこの幼い人間の娘に興味をひかれるのか。
理解できないながらも、抗いがたい絆を感じていた。
それは彼自身の魂が、遠い昔に愛した番の血脈が。
この少女の中に確かに息づいていることを、無意識のうちに感じ取っていたのかもしれない。
アウレリアの物語は、ここで終わりではない。
しかし、彼女の"安息"は確かに訪れた。
彼女がこれから歩む道は、穏やかな日常の中に微かな希望と、そして魂の奥底に秘めた力と共に広がっていくことだろう。
その未来は、誰かの心の中で様々に形を変え、語り継がれていくに違いない。
最後までお付き合いいただき、感謝いたします