ep.6
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※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
ウルクは、アウレリアが屋敷にやってきてからというもの、以前にも増して穏やかな表情を見せるようになっていた。
彼は時折、遠い目でアウレリアを眺める。
かつて愛した番にどこか似た面影を持つアウレリアに、失った番と、子供への想いを重ねていた。
彼の子供は双子の姉弟で、彼らは既に立派な竜へと成長し、それぞれの道を歩んでいる。
アウレリアを見守るうちに、ウルクの心は深い父性が甦ってくるのを感じていた。
アウレリアがウルクの屋敷で暮らし始めて数ヶ月が経った。
アウレリアの魂の傷は時折、発熱という形で身体に影響を及ぼしている。
特に魔力を行使した後や、精神的に疲弊した時に、体温が急激に上昇することが多い。
しかし、傷が魔術に悪影響を与えることはなかった。
むしろ、番の繋がりという枷が外れたことで、アウレリアの魔力は以前よりも増大しているようだ。
アウレリアには、この穏やかな日々がいつまで続くのか分からない。
今はただ、この温かな場所で、失われた祖母との思い出を抱きしめながら、静かに生きていきたいと願っている。
ある日、屋敷に賑やかな声が響き渡った。
ウルクの子供である双子竜、姉のリリアと弟のルカが帰郷したのだ。
彼らはウルクからの便りで、アウレリアが屋敷にいることを知っていて、状態が落ち着いたのを見計らって様子を伺いに来たのだ。
「父上!ただいま戻りました!」
「お父様、ご無沙汰しております」
ルカが元気よくウルクに抱きつき、リリアも優雅な笑みを浮かべて挨拶を交わす。
彼らは竜種としての成人を迎えて久しく、それぞれが研鑽の旅に出ていたと聞く。
久しぶりの父子の再会を喜び、屋敷は活気に満ちている。
ふと、二人の視線がウルクの隣に立つアウレリアに向けられた。
「あなたがお父様が保護しているという、アウレリアさん?」
リリアの瞳がキラキラと輝く。
ルカは既にアウレリアの周りをぐるぐると回り始めている。
二人とも感情をストレートに表現するタイプのようだが、弟はより好奇心が旺盛らしい。
「うわぁ、本当にちっちゃい!可愛い!妹ができたみたいだ!」
ルカは興奮気味にアウレリアの頭を撫でようとし、アウレリアは思わず身を竦める。
見知らぬ竜種からの好意に驚きが隠せない。
対応に困っているアウレリアを見て、ウルクが苦笑しながらルカの頭を軽く叩く。
「ルカ、あまり構いすぎるな。アウレリアはまだ病み上がりなのだから」
「だって父上、今まで屋敷にこんな可愛い子がいたことないじゃないですか!」
ルカの言葉に、リリアも同意するように頷く。
彼女は弟より落ち着いているように見受けられる。
その好奇心の滲む金の瞳は、微かに慈愛の色も宿し、より濃く輝いて見えた。
「そうよ、お父様。私達も、こんなに幼い子が屋敷にいるのは初めてだもの。アウレリアさん、何か困ったことはない? 私達に出来ることがあれば、何でも言ってちょうだいね」
双子竜は、アウレリアをまるで本物の妹のように可愛がり、何かと世話を焼きたがった。
彼らの明るさと無邪気さに触れ、アウレリアの心にも、少しずつ温かい感情が芽生えていく。
二人の存在は、アウレリアがこれまでの人生で体感した以上の温かな家族のぬくもりを与えてくれることになる。
双子竜のリリアとルカの賑やかさに最初は戸惑ったアウレリアだったが、彼らの屈託のない愛情に触れるうちに、数日で心の底から安らぎを感じるようになっていった。
ある日の午後、アウレリアは庭の東屋で、双子竜が楽しそうに遊ぶ様子を眺めていた。
彼らは広大な空を縦横無尽に飛び回っている。
特にルカは、木の葉を追いかけるように軽やかに宙を舞い、リリアは優雅な曲線を描きながら、風を乗りこなしていた。
(いいなあ……)
アウレリアの瞳が、彼らの姿を追ってキラキラと輝く。
祖母と暮らしていた頃、空を自由に飛び回る鳥達を羨望の眼差しで見ていたことを思い出す。
彼女の心に燻り続けていた"空を飛びたい"という強い憧れが、再び胸いっぱいに膨れ上がった。
(私も、あの空を飛べたら……)
その強い願いが、アウレリアの魂の奥底で、何かの扉を押し開いた。
意識の片隅で、複雑な光の模様が瞬く。
それは、遥か上空を飛ぶ双子竜へと向かう、最も効率的で完璧な"飛翔の魔術式"の設計陣。
アウレリアは、その光の通りに魔力を操作しようと、無意識のうちに腕を伸ばす。
ふわり
アウレリアの体が、地面から浮き上がる。
最初は足元が少し浮くだけだったが、彼女の願望が強まるにつれて、体はぐんぐんと上昇していく。
「え、アウレリア?!」
ルカの驚いた声が聞こえた。
アウレリアは、あっという間に双子竜の近くまで到達していた。
彼女の周りには、微かに魔力の光の粒子が輝いている。
「すごい!アウレリア、飛んでる!」
「まさか、人間が飛ぶなんて…」
ルカとリリアの興奮を隠さず、寄ってくる。
アウレリアは、生まれて初めての浮遊感に、ただただ感動していた。
空を自由に舞う喜び。
それは彼女が心の底から望んでいた、自由の感覚だった。
しかし、その感覚は長くは続かない。
アウレリアの体が、微かに熱を帯び始める。
魂の傷が発熱として現れている証。
彼女の魔力はまだ安定せず、その力を行使する度に身体に負担がかかるのだ。
「アウレリア、もう降りなさい」
ウルクの冷静な声に従い、アウレリアの体がゆっくりと降下し始めた。
庭の地面に足が着いた時、彼女の額にはうっすらと汗が滲んでいたが、その表情は達成感と喜びで輝いていた。
それから数日経った午後。
庭でルカが木登りをしていた。
元気いっぱいの彼のことだからその長身を駆使し、いつものように軽々と木の上まで登るだろうと思っていた。
しかし不意に小枝が折れ、ルカはバランスを崩して地面に落ちてしまった。
ドスン、と鈍い音が響き、アウレリアは思わず息を呑む。
「ルカ!」
駆け寄ると、ルカの肘は枝に裂かれたのか、血まみれだった。
竜族にとってはかすり傷にもならない程度のもの。
実際、ルカも「おっと、ちょっと失敗したな」と笑って見せた。
1日もあれば完全に治る、大した怪我ではない。
しかし、人間感覚のアウレリアにとっては、大切な人が傷ついている状況は耐え難かった。
祖母が病で苦しむ姿を、何も出来ずに見ているしかなかった無力感が、アウレリアの胸によみがえる。
「だ、大丈夫?!」
アウレリアは震える手でルカの肘に触れた。
その瞬間、彼女の脳裏に、あの時と同じ光の魔術式が鮮明に浮かび上がった。
それは、ルカの肘の傷を癒すための、最も効率的で完璧な魔術の設計陣。
(治したい…!)
その強い願いと、脳裏に浮かんだ術式がそのまま結びつく。
アウレリアの掌から、淡い光が放たれた。
光がルカの肘を包み込むと、信じられないことに、裂けた皮膚がまるで時間を巻き戻したかのように、みるみるうちに元通りになっていく。
血は消え、皮膚の傷跡すら残らない。
完璧な治癒だった。
ルカは目を見開いたまま、自分の肘とアウレリアの顔を交互に見比べる。
「え、…あれ? 今、何が…?」
その様子を見ていたウルクとリリアは、驚きで固まっていた。
特にウルクは、アウレリアが放った魔力の質と、その現象に既視感を覚える。
それは、竜族の中でもごく一部の者にしか知られていない、禁術に近い魔術"刻戻し"の片鱗だった。
すぐにウルクはアウレリアを自室へと呼び、詳細な調査を行った。
自身の魔力を通し、アウレリアの魂の状態を詳しく探る。
結果は、ウルクの推測を確信するものだった。
「…やはり、あの時の『飛翔』も、そして今回の『治癒』も、同じ能力が原因だったようだな」
ウルクが重々しく口を開く。
「魂に刻まれた傷が、原因なのだろう。番という魂の繋がりを、自らの手で断ち切ったこと。その行為によって生じた魂の『空隙』を、世界が修正しようとした結果、番を失ったことに対する『補修力』のようなものが働き、あなたの中に、本来人間ではありえない『世界の構造から望む魔術式を見る能力』を覚醒させたのだと思う」
前例がないため、あくまで推測だが。
それ以外に説明がつかなかった。
竜族の"飛翔"や、この"刻戻し"のような高次の魔術は、通常の人間では決して到達しえない領域だ。
アウレリアが"望んだ魔術式"を世界の構造から直接引き出し、発動出来るという、恐るべき能力としか考えられなかった。
彼女の意識の奥底に元からあったのかは分からないが、"世界の構造から望む魔術式を見る能力"が魂の傷によってより鮮明に、より強力になったことは確かだろう。
それは、竜族が長きにわたる修練の末にようやく会得出来るような高位の魔術式すら、彼女の脳裏に直接投影されるような感覚のようだ。
ウルクは眉を寄せ、アウレリアに厳しく忠告する。
「アウレリア。この能力は、極めて危険なものだ。特に、『刻戻し』の魔術は軽々しく使ってはならない。対象の時間を巻き戻すだけでなく、使用者自身の時間軸にも影響を及ぼしかねない。竜族であってもよほどのことがなければ使わぬ、禁術に近い魔術だ」
ウルクはこの力の危険性を、口酸っぱく。
そして切々とアウレリアに説明した。
アウレリアは、自分のしたことがそんなにも恐ろしいことだったのか、と。
困惑と不安でいっぱいになり、しょんぼりと俯いた。
自分が良かれと思って行った行動が、これほどの力と危険を伴うものだとは想像もしていなかったのだ。
アウレリアの肩が小さく震えているのを見た瞬間。
ウルク、そして後から駆けつけて説明を聞いていたリリアとルカは別の意味で慌て出した。
「あ、アウレリア?! 大丈夫だよ、何も悪いことをしたわけじゃないんだから!」
「そうよ、ただちょっと、この力が危険だから気を付けてほしいだけよ。私達は、アウレリアが傷つくのが嫌なの」
ルカとリリアがアウレリアの傍に駆け寄り、慰めるように背中を擦る。
ウルクもまた、厳しい表情を和らげ、アウレリアの頭を優しく撫でた。
「すまない、怖がらせてしまったな。だが、お前を守るためなのだ。頼むから、無闇に使うことは控えてくれ。この力は、諸刃の剣なのだと覚えておいてほしい」
ウルク達、時空竜一家にとって、アウレリアの安全は何よりも優先されるべきことだった。
彼らは、アウレリアの持つ力がどれほど危険なものかを知り。
同時に、その力に戸惑い、しょんぼりする幼い少女の姿に心を痛めていた。
人族としては成人しているのは理解っていたが、その背の小ささに幼子のような印象を受け、過保護になっているも分かっている。
けれどアウレリアはもはや、守るべき大切な家族同然の存在になっているのだ。
アウレリアは、ウルクと双子竜達の温かさに触れ、少しだけ顔を上げた。
彼女の胸には、新しい力への戸惑いと、雪竜への憎悪、そしてこの屋敷の竜達がくれる温かい愛情が、複雑に混じり合っている。
その晩、熱にうなされるアウレリアの額に、ウルクが冷たい布を当ててくれた。
その手は大きく温かく、父のようだった。
「熱が辛いだろう。だが、この熱が、お前を強くしているのかもしれないな」
ウルクの言葉に、アウレリアは目を開ける。
彼の瞳は、夜空の星のように静かに輝いていた。
「…おばあちゃんの夢を、よく見るんです。熱が出ると、温かい、優しい夢が」
そう呟くと、ウルクはただ静かに頷き、アウレリアの髪を優しく撫でた。
魂の傷がもたらす発熱は、一生続く代償かもしれない。
しかし、ウルクの屋敷で過ごすうちに、その発熱はただの苦痛ではなく、不思議な安らぎを伴うことがあると、アウレリアは気づき始めていた。
熱にうなされる夜、彼女の脳裏には、祖母との温かい思い出が鮮明に蘇る。
祖母が作ってくれた温かいスープの味。
寝物語に聞かせてくれた昔話。
庭で摘んだ野花で作ってくれた花冠の記憶。
それらの記憶は、発熱の苦しみを和らげ、アウレリアの心に深い癒しを与えるのだ。
ご一読いただき、感謝いたします
引き続きお楽しみいただけたら幸いです