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ep.5

ご訪問ありがとうございます

※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています

「う、ぅ……?」


ぼんやりと意識が浮上する。

目を開くと、そこは見慣れない豪華な天井だった。

牢獄の冷たく湿った空気とは全く違う、温かく柔らかな匂いがする。

アウレリアは身を起こそうとしたが、全身を襲う倦怠感と、発熱に阻まれる。

魂の深い部分が軋むような痛みに、息を詰める。

けれどそれは、彼女が自らの手で番の繋がりを断ち切った証だ。

その痛みが、雪竜への憎悪を改めて掻き立て。

同時に、あの大嫌いな無能竜の支配から逃れられたことにも深い安堵を覚えた。


「目覚めましたか」


優しい声がして、視線を向けると、そこにいたのは美しい竜達だった。

女性の竜が純白の髪が陽光を受けて煌めき、凍える湖のような金の瞳がアウレリアを覗き込む。

彼女の隣には、眉間に皺を寄せた男性の竜が控えている。

深淵を思わせる黒髪と、星屑を散りばめたような金の瞳。

アウレリアは、自分が地下牢から運び出されたことを理解し、咄嗟に身構えた。

竜種に囲まれている状況に、警戒心が本能的に高まる。

夢を見ているのではないか、まだあの雪竜の魔の手が伸びる場所にいるのか、そんな不安が過る。

アウレリアの警戒心を察したのか、彼女は静かに微笑った。


「ご安心なさい。ここは雪竜の手が及ばぬ場所よ。あの時、あなたが自ら魂に傷をつけたのを見て、私達はとても驚愕したの。まさか、そこまでして番の繋がりを断ち切ろうとする者がいるなんて」


女性の言葉に、男性も重々しく頷く。

彼の瞳には、静かな怒りの色が宿っていた。

アウレリアが受けた仕打ちへの憤り、そして、番を自ら断ち切るほどの絶望を感じ取っているようだった。


「番を認識できぬばかりか、その相手を投獄し、処刑しようとするなど、竜族の恥だ。ましてや、これほど幼いあなたに、そこまでさせるなどもってのほか」


その静かな怒りが、アウレリアの胸に響いた。

彼の言葉は、雪竜の理不尽な行いによって全てを奪われたアウレリアにとって、少しだけ安堵をもたらした。

彼らが憤りを感じていることは、きちんと伝わってくる。

竜種に対して抱いた不信感。

それとは異なり、どこか温かい。

しかし、それでもアウレリアの心は、簡単には開けなかった。

雪竜に対する根深い嫌悪は憎悪と共に、彼女の心に深く刻み込まれている。


「…ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。私はアウレリアと申します」


アウレリアは、なんとか言葉を絞り出した。

自分のために、彼らがここまでしてくれることに対しては、申し訳なさを感じるのだ。

だが、女性は首を横に振る。


「私はグラシエ。氷竜で、こっちは時空竜のウルクよ。あなたが謝ることではないわ。私達が勝手にしたことだもの。あなたがあのまま雪竜の元にいれば、いずれ命を落とすことになってしまう。それを看過できなかっただけ。だから、雪竜に見つからない場所であなたを保護したい」


その言葉に、アウレリアは警戒を強めた。

竜種は番を「慈しみ、守り、愛す者」だと嘯く。

その言葉は、アウレリアにとっては偽善でしかなかったけれど。

番が逃げる手伝いをするなど考えられない。


「ですが、私は…」

「断る必要はない」


アウレリアが言葉を続けようとするのを遮り、グラシエはまっすぐアウレリアを見つめる。

この竜達は、本当に自分を助けたいと思っているのだろうか。

それともあの雪竜とは全く別に、竜種の思惑があるのだろうか。

疑念は拭い去れない。


「疑うのも当然だわ。特に私は雪竜と血縁だから。私の拠点では、雪竜と接触する可能性がある。だから、ウルクの屋敷であなたを預かってもらおうと思うの。彼の屋敷は、時空の狭間のような場所にあって、弱いあの子ではそう簡単には見つけられない」


ウルクもまた、静かにアウレリアに視線を向けた。

彼の瞳には、アウレリアへの同情と、僅かながら好奇の色が混じっているように見えた。

アウレリアは、雪竜に再び会うことだけは避けたかった。

あの冷たい金の瞳。

感情の欠片もなく、自分を偽りと断じた声。

そして、何よりも、祖母の死に際に立ち会うことさえ許されなかったあの日の記憶が、胸を締め付ける。


(おばあちゃん……)


祖母の穏やかな笑顔が脳裏に浮かぶ。

二人きりの慎ましい暮らし。

祖母はいつも、アウレリアの手を握り、温かな言葉をかけてくれた。

熱を出した日には、夜通し看病してくれた。

幼い頃から、魔術の師としてもアウレリアを導いてくれたし、練習中に失敗して火傷を負った時も、祖母は決して咎めることなく、優しく手当てをしてくれた。

アウレリアにとって、祖母こそが世界の全てだったのだ。

魔術師達が"番"だと騒ぎ立て、自分を連れて行こうとした時、アウレリアが必死に抵抗したのは、高齢の祖母を一人にしたくなかったからだ。

その祖母が倒れ、日に日に弱っていく様を、アウレリアは傍で見ていることしか出来なかった。

もう少し、もう少しだけ傍にいたい。

最期まで看取りたい。

そう願ったのに、魔術師達は強引だった。

そして、祖母の息が途絶えた瞬間、彼らはまるで『これで邪魔が入らない』とばかりに、アウレリアを強引に連れ去ったのだ。

祖母の亡骸に最後の別れを告げる時間さえ与えられずに、あの雪竜の前に担ぎ出された。

まるで貢物のように。

にも関わらず、アウレリアを貶めたあの雪竜への諦念と憎悪を、忘れはしない。

何故、己の番を認識できないのか。

何故、その番が大切にしていた祖母との最期の時間を奪い、投獄までしたのか。

もう理由なんてどうでもいい。

与えられた屈辱だけが、アウレリアにとっての真実だ。


「私は、あの冷酷な雪竜が大嫌いです。心底憎んですらいます」


たとえ自分が、彼にとっての唯一無二の番であったとしても。

迷惑をかけることは承知の上だったが、雪竜に会うことだけは、絶対に避けたい。

何もかもを奪ったあの存在に、二度と会いたくなかった。

思い出すだけで、心臓と胃の腑が捻れるような嫌悪感がこみ上げる。

アウレリアの心は、苦渋の選択を迫られていた。


「……それでも構わないと言われるのなら、」


迷惑をかけることは理解っていたが、選択肢は多くなかった。

あの存在の近くで朽ちていくよりはマシだ。

温かいベッドに横たわり、優しい祖母の昔話を聞きながら眠りについた、遠い日の記憶が蘇る。

祖母の温かい手、皺の刻まれた笑顔。

連行される際の、魔術師達が冷酷に言い放った「これで邪魔が入らない」という言葉が木霊する。

腑の底で、ふつふつと音がする。

意識して、深く深く息を吐く。

それでも、今は生きていかねばならない。

もう、あの雪竜のために死んでやることはないのだ。

無為を晴らすためにも。

震える声で、アウレリアは小さく頭を下げた。


「お世話に、なります」



ウルクの屋敷は、想像していたよりもずっと穏やかで、温かな場所だった。

時空の狭間にあるというだけあって、外部の喧騒とは無縁の、静謐な空気が流れている。

使用人達は皆、人間と見紛うような姿をした竜族だったが、アウレリアが目覚めると、幼い子供を慈しむかのように優しく接してくれた。

ウルクの子供達は既に成竜となり屋敷を離れているらしく、彼らは久々に屋敷に訪れた"幼い存在"を心から喜んでいるようだった。


「お嬢様、何か召し上がりたいものはございますか?」

「お嬢様、お洋服はこれでよろしいでしょうか?」


過保護とも思えるほどの世話焼きに、最初は戸惑いを覚えたアウレリアだったが。

彼らの純粋な善意に触れるうちに、次第に心の壁が溶けていった。

祖母を失って以来、初めてできた安らげる場所。

雪竜への嫌悪感は消えないものの、少なくともこの屋敷にいる竜達は、冷徹さとは無縁であると知った。

アウレリアの表情に、微かながら笑顔が戻っていく。

ある日、アウレリアが庭で竜族の使用人達と話していると、グラシエがふらりとやってきた。


「アウレリア、元気にしてる?」


彼女は、いつも温かい飲み物や珍しい菓子を土産に持ってくる。

アウレリアはいつからか彼女の訪問を心待ちにしていた。


「はい、グラシエ様とウルク様、そしてこちらの皆様のおかげで」


とてもゆったり、祖母を失った疵と魂の傷を癒すことができている。

アウレリアは、よくグラシエとウルクに祖母との思い出を語った。

祖母が作ってくれた温かいスープの味。

寝物語に聞かせてくれた昔話。

そして、庭で摘んだ野花で作ってくれた花冠。

それら全てが、アウレリアの心を締め付けると同時に、生きる原動力となっていた。

祖母の笑顔を思い出す度に腑を煮ていた黒い炎は未だに燻ってはいる。

けれど、もう考えないことにしたのだ。

祖母を悲しませないためにも、アウレリアは自身の未来だけを見つめることに決めた。

ふと、思い立ってグラシエに視線を向ける。



「あの…グラシエ様は氷竜なのですよね、ということは冬の王は複数いるのですか?」


アウレリアが素朴な疑問を口にすると、グラシエはフッと笑った。

隣で聞いていたウルクも、片眉を上げて小さく笑みをこぼす。


「ああ、そのことね?」


グラシエは、温かいお茶を一口飲むと、優雅な仕草で語り始めた。


「人間達は、雪竜が冬の最盛期に最も力を発揮すると考えているから、そう呼ぶのでしょう。確かに、彼は美しいし、その力も弱くはないけれど、あれは春の眷属なの」

「春、ですか?」


アウレリアは驚いて目を瞬かせた。

ウルクが補足するように口を開いた。


「雪竜は、言ってみれば『名残雪』のようなものだ。春の訪れとともに舞い、やがて溶けて消え、新たな生命の芽吹きを促す。その本質は、冬の終わりと春の始まりにある。だから、真の氷を司る氷竜の方が、純粋な氷の力では彼よりも強いのだよ」

「そう。彼は、冬の厳しさを乗り越えた先に訪れる、わずかな温かさと希望の象徴。だから、私のような氷竜にとっては、ガラスのような存在なの。あの北国の国民達が『冬の王』と祭り上げているのを見る度に、私とウルクは少し笑ってしまうのだけれど」


竜種の真実を知り、アウレリアはポカンと口を開けた。

国民が絶対と信じる"冬の王"が、実は"春の眷属"であり、氷竜よりも弱いという事実。

その事実を明らかにしなかった理由は定かではない。

けれど、アウレリアはどうでもいいか、と緩く首を振った。

もう、アウレリアは雪竜を見ない。

この穏やかな日々がいつまで続くのか分からない。

だが、今はただ、この温かな場所で、失われた祖母との思い出を抱きしめながら、静かに生きていきたいと願っている。


ご一読いただき、感謝いたします

引き続きお楽しみいただけましたら幸いです

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