金色の姫
偶然出会った少女を助け、なぜか家へ招くことになった星輝と空。血は綺麗に洗い流され現れた彼女は、なかなかの美少女であった。そんな彼女に、星輝はある疑問が浮かぶ。
「はぁ……なんで俺がこんな目に……」
そう呟きながら面の上から頭を抱えて座っているのは星輝だ。
「あ!ちょっと!汚れるから椅子座らないで」
「俺の家なのに!?」
空はまだ血まみれの星輝にそう言って、服を手にして階段から降りてきた。
結局、あの後、無理矢理に家に上がることになり、今はシャワーを浴びているところだ。
空は、風呂場を掃除しておいてよかったと安堵した。
「ねぇ、服借りていい?」
「なんで」
少しムスッとした言い方でそう返す。
「あの子の服汚れちゃったから。今洗って干してるけど、すぐには乾かないし。私の貸したいけど、さすがに替えまで持ってないし、上は貸せるけど、さすがにズボンは貸せないからさ」
空はジャージの下に、Tシャツを着ているが、さすがに下まではもう一枚とはいかない。
空が星輝のを履くのも良いが、洗濯後ならともかく、使用済みは気持ち的に嫌だろう。
「……嫌だ」
「なんで?」
「人にあんまり貸したくない。それに、俺の着たって、大きさ合わないだろうし、普通に嫌だろ?他人の服なんて」
「じゃあ何も着ないでって?そっちの方が嫌でしょ!もしそうなら星輝出てってもらうから!」
「……青園」
妙に静かに呼ばれる。
「何?」
「お前——意外と自分勝手だな。置いておくの失敗したかも」
「失礼な」
コンコンコン
扉を叩く音で話は中断された。終わった合図だろう。
「じゃあ、そういうことだから」
「あ、おいっ」
話を聞かずにそのまま風呂場へと入っていった。
なんだか疲れて力が抜けた星輝は頑張って立っていたが、再び椅子に腰掛けた。
「どうせ着せる気なら、聞く意味ないだろ……」
さっきと同じように頭を抱え、はあ……と深くため息を吐いた。
しばらくして、少女が風呂場から出てきた。
「あ、ありがとうございます。服まで貸してもらっちゃって……」
空のジャージと星輝のストックのズボンに身を包んだ少女がそう口にした。
先程までべっとり付いていた血は綺麗に流されて、金色の髪があらわになっていた。
後ろから続いて後ろから空も出てきたので、星輝は立ち上がった。
「ああそう。じゃあ俺入ってくる」
短くそう言った星輝は入れ替わりに入ろうと、扉に手をかける。そこで「あ」と漏らすと、振り返って言った。
「部屋、いくつかあるから、適当に使って。食材も取ってきたから、使っていいよ」
それだけ言うと、中へ入って行った。
「あ、はい……」
遅れてそう呟くと、隣の空に疑問をぶつけた。
「あの、一ついいですか?」
「え?あ、うん」
少女は先程星輝が入って行った風呂場を指さして言った。
「あの人は、なんでお面を被っているでしょうか……」
「あー」
空は視線を泳がせながらそう声を出した。
空もそれは知らない。聞いたことがないし、ただの変人だと思って片付けていた。
「そ、れは……私もよくわからないから……後で聞いてみよう!」
「え、そこまでしなくても」
「大丈夫!私もずっと気になってたから」
密かに二人はそう決めて、星輝が出るのを待った。
ガチャ
星輝がタオルを頭にかけてくしゃくしゃと拭きながら出てきた。
「上がっ——」
と顔を上げると、待っていた二人が、ものすごい勢いでこちらに顔を近づけてくる。
「——た」
「ねぇねぇねぇ!星輝って、なんでいつもお面つけてるの!?」
た、という言葉と同時に、空がそう問いかけてきた。
隣の少女も、ふんっと力強く拳を握っている。
ちなみに、今の星輝もひょっとこの面をつけている。そんな二人にその面の中では、唖然とした表情をしていた。
「…………なんで、て……急に何……?」
「気になったから!」
「気になったので!」
と同時にその質問に答えた。いつの間にそんな息が合うようになったのか。
「えー……?」
戸惑った声を上げるながら、顔が見えていないのにも関わらず、こちらを直視している二人から視線を逸らす。
「気にな……る?」
「「うんうん」」
二人はもちろん首を縦に振る。
うーんと唸ったのち、渋ったような声を出して答えた。
「——いじゃん……」
「え?」
うまく聞こえず、もう一度聞き返す。
「だ、から……」
無駄に溜めたのち、その続きを言った。
「——かっこ、いいじゃん……」
「「え……?」」
自分の聞いたことが信じられず、二人とも困惑の声を上げた。
「かっこ……」
「いい……?」
思わず二人から言葉が溢れる。
二人は顔を見合わせるが、首を傾げて、再び星輝を見た。
星輝は頬を掻こうとしたのか、人差し指を伸ばすが、面に当たって、カッと硬い音が鳴る。
予想以上に沈黙が長かったので、それを打ち消すように、星輝が口を開いた。
「な、なんだよ……そっちが聞いてきたんだろ?」
「「…………」」
「……おい、せめてなんか言えよ」
「「…………」」
無言を貫き通す二人に、ぐぐっと堪えていたが、やがて拗ねたようにムッとする。
「……もういい!」
その姿にやがて口を開き始めた。
「ごめんごめん」
「思ってないだろ」
「思ってる思ってる」
ふんっとそっぽ向く星輝を必死に宥める。
とりあえず、あまりこの話をしても居心地が悪いので、さっさと空を風呂場へ押し込み、その場から離れさせた。
星輝はふぅーと息を吐きながら椅子に腰掛けると、ポツンと立ち尽くす少女の姿が横目に入った。
これはこれで居心地がよろしくないが、このままでも良くないので、とりあえず座らせることにする。
「……椅子、座る」
ここの部屋には椅子が一つしかないので、自分の座った椅子を指差して言った。
私?と書いてありそうな顔を見せ、目をぱちくりさせたが、すぐに首を横に振った。
ダメか……でもこのままでもなんかあれだし……
星輝は数秒考えたのち、無理矢理座らせることにする。
「じゃあせめて、そこの布団でもいいから座って。居心地悪いから」
少しストーレート過ぎただろうかでもまあ、嫌われたところで、なんてことない。どうせ今日だけなのだから。
少し肩をぴくつかせたのち、大人しく横のベッドにそっと座った。
「……………………」
「……………………」
双方何も喋らず、ただ無言を貫き通す。星輝は机に頬杖をつき、ただ壁を見つめている。
少女は下を向いて、ただ床と自分の足と見つめあっている。
こういう時、空という存在はかなりありがたいものなのだと、少しばかり感じた。
無駄に時間を過ごしたくなかったので、とりあえず話の話題にでもなればと、気になっていたことを直球で聞いてみる。
「——なんで——」
星輝が口を開くと、少女の髪が少しだけ揺れた。
星輝は相変わらず壁を見て、少女の方を向こうともしない。おそらくあまり興味がないのだろう。
「——なんで、あんなところにいた」
そう、星輝が気になっていたのはそれだ。
あの時辺りはもう暗くなっていた。近くには森があり、先程のように獣も出て危ない。進んであそこに居ようとは、まず思わないだろう。
「…………」
話す気配が見られないので、一方的に話すことにする。
「特に理由はない、普通に気になっただけだし。あんな何もないところ、長いこと居ようって思わないだろ。それに——」
視線だけ、少女の腕に目を向けた。服の隙間から覗く、腕時計のようなものが巻き付けられている。
「その腕の邪魔そうなものも、気になるしな」
お面越しでもその視線に気づいたのか、もう片方の手でそれを隠すように重ねた。
ふんっと相変わらず面倒くさそうなオーラを出し、ただ相手の言葉を待っている。
「…………あなただって」
ようやく口を開いた少女に、少しばかり頭を動かした。相変わらず少女は下を向いたままだ。
「あなただって、おんなじの、つけてるじゃないですか」
星輝は自分の腕をチラリと見る。
確かに、星輝も同じものをつけている。それも星輝に限らず、空だって。
「つけてるな」
平然とそうだけ返す。
「なんでそんな冷静でいられるんですか?命がかかってるんですよ?それも、近い未来に死ぬ可能性だってある。こうしてる間にも、時間は経ってるのに……」
今までで一番の長文。ここまで喋れたのか。
と、そんなことを思っている状況ではなかった。だが、当然の反応だろう。
あの最悪の日から、そう経っていない。長いこと時間が経ったところで、薄れたとしても、消えることは難しいだろう。これはいつでも死と隣り合わせ。こうして座っている間にも、時は経ち、タイムリミットも近づいている。だが——
「じゃあ、どうすればいい?」
ただそう問いかけた。そんな彼女は、半端何を言っているのかわからないといったような表情をする。
「は……?」
「慌てればいいのか?時間が迫ってる。わーわーどうしよう……って」
淡々とそう告げる。少女は未だに話についていけていない。
「そうすれば、少しは安心するか?」
「何……言ってるん、ですか……?」
その手は少し震えていて、心の内が、容易に見てとれた。
「この世界に来て、冷静でいられるようになるには、まだまだ時間はかかるだろう。お前みたいなやつは、そこらに散らばってる。でも、正直に言うが、それは俺に関係ないだろ」
その言葉に少女は驚愕した。そんな考えの人は確かにいるだろう。だが、それは誰よりも冷たく、誰よりも何も感じ取れない。
「そこらで誰が喚こうが、泣こうが、笑おうが、なんになる。誰かが消えようが、自分さえいればいいだろ。人間は結局、自分が誰よりも大事なんだから」
ふぅーと息を吐き、膝に手を置いた。
「生きることに必死になる。それは当たり前のことだ。俺だって死ぬのは怖い。だがな、他にもあるだろう?お前の……本当の恐怖はなんだ」
「っ……」
少女は肩を揺らした。口をキュッと結び、必死に出そうになる言葉を抑えた。
星輝は椅子を立ち上がり、キッチンへと向かった。冷蔵庫から一つ水を取り出して、そのまま口をつけようと思って腕を上げたが、カッという硬い音が鳴った。一滴落ちそうなギリギリで戻す。
そして、また冷蔵庫を開いて、また別の新しい水を取り出した。
そのまま少女の元へ持っていくと「ん」と差し出す。
少し躊躇いがちに、そろそろと大人しく受け取る。
受け取ったのを確認すると、今度こそ面に当たらないよう、少し持ち上げると、乾いた喉を潤すため、ゴクっと一口運んだ。
ふぅと息を吐き、再び星輝は口を開く。
「まあ、それほど気になっていたことでもないし、無理には——」
星輝はここで言葉を止めた。いや、正確に言えば、遮られたのだ。目の前の少女によって。
「——人を……探してるんです」
相変わらずこちらには視線を向けずに、そう口にした。
星輝は、まさか口を開いてくれるとは思わず、面の中で驚いたような表情をしながら、少女の方を向いた。
「……え」
そんな短い星輝の言葉には気にも止めず、少女はその先を話した。
「この世界に来た時、一緒にいたんです。でも、突然場所が変わったと思ったら、もう彼は私の隣には居なくて……彼のこと!見てませんか!?」
やっと顔を上げたかと思ったら、いきなり身を乗り出し、星輝の服の裾をギュッと握り締めている。
必死な眼差しを向けられながらも、星輝は答えた。
「…………いや、普通にわからない」
その言葉にガクンとうなだれる少女を目にし、星輝は言葉の先を口に出す。
「だ、だってな、どういう人かもわからないのに、知るも知らないもないだろ……」
そんなごもっともな言葉に、確かにと顔に書いてありそうな表情を見せた。
「そ……そう、ですよね……!確かに」
ホッとしたような表情を滲ませながら、今度は何やらガサゴソとポケットを漁ると、薄い板状の端末を取り出した。
そして慣れた手つきでそれを操作すると、それを星輝に見せてきた。
星輝がそれを覗くと、そこには一人の男が映し出されていた。おそらく写真だろう。
「えっと……このお方?」
念の為聞いておく。
「は、はい!この人を探してます。見た目もほとんど変わってないので、この写真の通りかと」
軽く説明を加えて、少女は答えた。
むむむ……と顎に手を当て、まじまじと画面を見るも、思い当たる人がいないようだった。
「……ここまでさせて悪いが、この見た目の人を見たことはない」
その言葉に、せっかく顔を上げてくれたのに、再び下を向いてしまう。
ああ……と、しゅんとした少女を前にして、どうしたものかと頭を巡らせる。
「ああ……えっと、その……あそこにいた理由はまあ、わかったけど……なんでそこまで……」
単純な理由が気になった。身の危険があることを承知であそこにいたのだろうが、なぜそこまでして探す必要があるのだろうか。やはり知っている人がいると、安心するとかだろうか。
「なんでって……それは……その……」
「?」
そんなマークを頭に浮かべている星輝を前に、少女は手をもじもじと動かしながら、言いづらい、というか、恥ずかしそうに口をぱくぱくさせて言った。
「——しなんです……」
「え?なんて……」
うまく聞き取れず、耳を傾けて少女に聞き返すと少女は声を張り上げて言った。
「わ……私の、彼氏なんです!!」
シーンと静まった空気の中、星輝はやっとの思いで一言口に出す。
「か——」
「——彼氏ぃぃ!?」
星輝の代わりに、誰かが声を上げた。そう、この中ならもう一人しか考えられない。
「あ……青園!?」
星輝は声を上げた者の名を呼んだ。そう、声を上げたのは空であった。
空は肩にタオルをかけ、なぜか息を切らしていた。突然大声をあげたからであろう。
きちんと服を着ていることから、彼氏というワードを聞いて咄嗟に飛び出したわけではなさそうだ。おそらくだが、出てきたが、出るタイミングが掴めなかったか、しばらくこちらの話を聞いていたのだろう。
その様子に、少女は少々目を丸くしながら言った。
「随分と長風呂でしたね……」
まあ、結構時間は経っていたと思うが、ツッコむところはそこなのだろうか。
「お前、聞いてたのか……」
星輝は呆れながら呟いた。
だが空はそんなことは気にせず、ずんずんとこちらに向かってきては、話を戻した。
「そんなことより、この子の大切な彼氏さん!探さないとでしょ!」
「探すっつったって……当てはあるのか?」
「そんなのこれからよ!」
「またそうやって……この前みたいに迷子になるだけだ!」
星輝のズバッとした言葉に、うっ……となりながら空は言う。
「でも困ってる!」
「お前の問題じゃない!それに青園が探しに出たところで、探すやつが増えるだけだ」
「私そこまでバカじゃないよ!」
「この前の自分を見てから出直しこい!」
またまた二人の口論が始まり、一人取り残される少女は割って入った。
「お、お二人とも落ち着いてください!」
それでようやく落ち着きを取り戻す。二人とも、はぁはぁと息を荒げている。
特にお面をつけている星輝は、さらに苦しそうだ。
「こ、これは私の問題です。だから大丈夫です」
優しい笑みを浮かべ、はっきりそう言った。だが、空は少女の手を取り、ぐいっと顔を寄せて言った。
「大丈夫だよ!ぜひ、お手伝いさせて!もちろん星輝も」
当然のようにさらっと星輝も巻き込んだ。もちろん、星輝も大人しく聞いてるわけもなく……
「お、おい!勝手に——」
「そ、そうですか!?で、でも……お二人ご迷惑じゃ……」
「大丈夫大丈夫!全っ然迷惑じゃないよ!」
などと、星輝を置いて、女子同士の会話が始まる。
というか、金色の髪の少女は、これを言ってくれるのを待っていたようにも思えるのだが……気のせいだろうか。
「あ!そう言えば、名前、聞いてなかった!私は青園空!それでこっちが……えっと……星輝!」
「おい、なんでちょっと忘れ気味なんだよ」
思わずそうツッコんでしまったが、そこではない。
「というか、何勝手に話進めてんだよ」
そんな星輝の言葉に、少し不安の色を滲ませた目を向けてくる少女の姿が目に映る。
「あ、こんなこと言ってるけど、内心手伝いたくてしょうがないって」
空が跳ね除けるように少女に言う。
「だからな……」
「それで!?お名前は?」
空はもう星輝の言葉に聞く耳を持たない。
「あ!私の名前は姫黄瞳です。よろしくお願いします」
少女——姫黄瞳は、先程とは別の優しい笑みを二人に向けた。
それはやわらかで、誰もが口元が緩んでしまいそうなほど本当に優しく、それを彩るように、金色の髪はキラキラと輝いていた。
なんかいろいろ詰め込みすぎたかもしれませんが、なんとか追いついてください!もう疑問とか抱かないでください!未熟者ですが、優しく見守ってくださると嬉しいです!