食材を求めて
しばらくは居座ることになった空は、片付けがてら、家に何があるのかを一通り把握するためいろんなとこを見て回っていた。
思ったより早く終わってしまいどうしたものかと考えていると、冷蔵庫に食材が全く入っていなかったことを思い出す。そこで、食材を探しに外へ出るが——
ガルルルル……
月明かりの下、何匹もの狼のような動物が牙を見せ、ギラリと真っ赤な眼がこちらを向いている。
狼の作った円の真ん中には、一人の少女がガクガクと足を震えさせながら立っていた。
(な、なんで……)
そんなことを心の中で叫びながら、逃げ場のないこの空間から逃げることを考えていた。
(私は——)
ガウゥゥ!
そう声を上げて、一匹が少女に向かって飛んでくる。すると、それに続くように次々と寄ってくる。
少女はギュッと目を瞑り、終わりを覚悟に胸の中で叫んだ。
(ただ、会いたいだけなのに……!)
「ねぇ、星輝のスキルって何?」
「あ?」
問いかけをしたのは、一つに括られた空色の髪を揺らし、冷蔵庫を覗いていた空だった。
問いかけに反応を示した星輝は、キッチンと思われる場所で、引き出しを開けて、器具を確認していた。
「なんでまたそんなこと」
星輝は器具の数を数えながら空に返した。
「だって知らないなぁって」
中の物をゴソゴソと弄りながら答えを返す。
「知らなくてもいいだろ、それ」
「気になったんだもん、別に良くない?」
その言葉に一通り目を通したのか、パタンと引き出しを閉めて、はぁとため息を吐いた。
「あのなぁスキルってのは、そう簡単に教えていいもんじゃないぞ」
空も確認が終わったのか、パタンと冷蔵庫を閉めた。
「なんで?」
「聞いてなかったのか?スキルはランダムで、一人一人違うって」
「聞いてたよそれくらい」
そう答えるも、それがなんだと言いたそうな顔だったので、星輝はそこの引き出しに寄っかかりながら呆れて言った。
「いいか?スキルっていうのは、この世界では自分の身を守る重要な役割がある」
空はふむふむと興味深そうに首を前に倒す。
「それも、ランダムってとこ。一人一人が共通のスキルならまだしも、みんな違うスキルを持ってる。使えるものを持ってるかもしれないし、その逆を持ってるかもしれない。それは本人しかわからない。それともう一つ」
人差し指を立てながら、星輝は続ける。
「この世界は、向こうの法は通用しない。つまりはほとんどは好き放題だ。だからそれを利用して、例えば、殺しを平気でできるイかれたやつに知られたらどうなる?それも全く意味のないスキルだったら?簡単に隙をつかれて殺される。まあ、スキル関係なく武術に優れた奴とかだったら可能性はあるだろうけど」
寄っかかった体を起こすと、再び口を開いた。
「スキルは重要な武器だ。だからそれは、自分の中に留めておくか、信頼できる奴ができたら言えばいい」
「…………」
空は何も言わずに、星輝を眺めていた。星輝もいろいろ複雑に話し過ぎたかと思い、フッと笑いながら言う。
「まあ、それほど必要なことってことだ。深く考えすぎることでもねーよ」
はいこの話終わり!と手を叩いて、作業を再開する。
しばらく黙っていた空は、星輝に向かって口を開いた。
「星輝は——」
その言葉に耳を傾けながら作業する。
「——星輝は、信頼できると思う。これから……」
そう言うと、明るい口調に戻って続けた。
「だからその時が来たら言うね!文句は受け付けない」
言い切ると、キッチンから離れて、別の場所へと移っていった。
そこに一人残された星輝は、ぽつりと口に出す。
「そうかよ。こっちも文句は受け付けねぇよ」
フッと口元が緩んだが、すぐに戻って、作業を続けた。
一通りこの家に何があり、どんな部屋があるのかなどの確認が終わると、二人は今日のことについて語り合った。
「まだ全然明るいけど、どうする?」
空は窓から見える外を見ながら言った。
「うーん、何か気になることとかあったか?」
星輝はこの部屋でのことで、空に問う。
うーんと腕を組んで考え込むと、あっ!と声を出して、空は言った。
「そういえば、冷蔵庫!あんまり食材入ってなかった」
「まあ、一人分だしな」
「一人分にしたって少なすぎるよ!ほとんど水くらいだったし」
「水があれば、大抵のことは平気だろ?」
「腹は満たされないの!」
と言い合い、空の強い願望で、残った時間は食材探しに使うことになった。
買い物かとも思ったが、この森の中だ。そんなものは近くにないだろう。
ということはその森の中で探すしかないが……
(森……てことは、キノコとか?)
森といえば、キノコが生えているのでは?と考えた空だったが、家の裏に何やら畑らしきものを発見する。
「これって、星輝が育ててるの?」
遅れてやってきた星輝が、空の質問に答える。
「そう、さすがに毎回森ん中探すのも面倒だし、たまにここの使ってんの」
「へー」
綺麗に育てられた野菜たちを見て、感嘆の声を漏らす。
「今だと……ほら」
畑に近づいた星輝が一つの野菜を指差す。立派な葉がピンと伸びていた。
「これ、何?」
「抜いてみ」
そう言って手袋を差し出すと、それを手にはめて葉の付け根を掴む。
「っ……」
「真っ直ぐ引くんだ」
そう言われ、その通りに少しずつ抜く。すると、シュポンとオレンジ色の肌があらわになる。それは——
「にんじんだ!」
空が手に持ったにんじんを眺めて言った。
「すごい!にんじん!」
星輝に向かって抜いたそれを見せてくる。
「すごいすごい」
なんとも感情のこもってない言葉をもらうと、星輝がまた指差す。
「これとか、もういいんじゃないか」
「これ?」
と二人でにんじん採取に勤しんだ。
「いっぱい採れた!」
嬉しそうにそう口にした空は、カゴの中にあるにんじんを眺めた。
「採りすぎだな……こんなに食えるか?」
「うん!」
力強く頷くと、それを家の中に持ち込む。
「でもな、さすがににんじんだけだとなぁ」
「他にはないの?」
「んーあるっちゃあるけど、まだ育ちきってないから」
「そっか……」
少し残念そうな声でポツリと言う。その様子からまだまだ採りたかったのだろうと察する。
「……まだ明るいし、森の方、覗いてみるか?」
「森?いいの?」
「別にいいも悪いもないだろ。ただし、俺から離れないこと。わかったか?」
「はい!」
ピシッと手を頭に当て、姿勢正して返事をする。
「じゃあ、これかたづけたら行くか」
「うん」
カゴいっぱいのにんじんをかたしてから、森の散策を始めることにした。
森の中に入ると、すぐに何があるわけでもなく、木、木、木という感じで、ずっと視界が緑色だ。
でこぼこな地面を踏み、草をかき分けながらしばらく会話がなかった空は星輝にようやく話しかける。
「ねぇ、これ、ずっとこんな感じなんだけど」
その言葉に耳を傾けながら前に進んでいた星輝がさらっと言う。
「まあ森だしな」
「森だしなって……」
じとーっと星輝の背中を見ながら続ける。
「それより、何探してるの?」
「ん?」
星輝がようやくこちらを振り向いて、目を合わせてくる。だが、すぐに前を向き、ずんずんと前に進む。
「なんで?」
上から垂れてきた葉を避けながら聞いてくる。
「いやだって、なんか探してるんじゃないの?そんな感じがして」
なんとなく思ったことを星輝に伝える。
んーと足を止めて、少し上を見たのち、星輝は喋る。
「なんか……食えそうな、もの?」
「自分で言ってるんだからもっと自信持ってよ……」
言った本人でさえ、首を傾げる姿に呆れた声で返す。
そのまま何も進展もないまま、ただ森を散策していると、空の目があるものを捉えた。あれは——
(キノコ!?)
空は今までにないように目を見開き、ただ一点とそのキノコを見つめる。
どうしよう、どうしようとあたふたしていると、とりあえず星輝に聞いてみようと肩を叩いた。
——叩いたつもりだった——
だが、いつになっても返事は返ってこない。確かに硬い感覚が指先に伝わったのに。
不思議に思い、後ろを見ると、そこには人影——
と思われない硬く太く立派な木が空の後ろに立っていた。
その姿にしばらく動きが止まった空は、ようやく口を開けることができた。
「う……」
(うそぉぉ……!!)
声に出せないほどの叫びを、ただ空の中で響かせた。
「よいしょ……と」
肩にかけたカゴにポイポイとキノコを投げ入れる。
「あ」
カゴが半分ほど埋まった頃、そう短く声を上げた。すると、肩からカゴを下ろすと、中に手を突っ込んで、赤黒く色づいたキノコを拾い上げる。
「あぶねーあぶねー」
一人でそのように口にしながら、中から次々とキノコを外へ出す。
「ふぅー」
額を軽く袖で拭うと、再びカゴを肩にかける。
(今日は俺だけじゃねーからな……)
「うし、帰る——」
と、後ろを振り返った。そして、言葉は途切れ、少し間を置いてから遅れて一言が出た。
「——か?」
星輝は情報を整理するのはそう遅くはなかった。
ついてきていたはずの空がいない。
ずるっと肩の紐がずれ、カゴの重さで肩がガクと下がった。
少々遅くなってしまいました。読んでいる方々すみません。今回もいろいろ荒れるでしょうが、優しく見守ってください!
では、よろしくお願いします。