ひょっとこ——正体——
家の持ち主と思われる男に見つかってしまった空。
まず簡単に入れることに、相手も責任があると思いながらも、これは勝手に入ってしまった自分にも責任があるとも感じる。そして空は、彼から質問責めをくらう。
そして話してる途中で、彼が例のあのひょっとこだと知るが——?
やっと落ち着いてきたところで、空は埃まみれの床に正座されられていた。
「で?なんでここにいるわけ?」
男は椅子に座り、足を組んでこちらを見下すように聞いてくる。
黒い上着に、その下の服も黒く、下のズボンまでもが黒い。ついでに、その男の髪も綺麗に黒いが、光が当たっているせいか、若干紺色っぽい。見事に全身真っ黒コーデだ。そこから覗く瞳も黒く、黒から生まれし男だ。
正直この座り方はムカつくが、そんなことを言える立場ではないし、なんとも絵になるところも否定できない。
「見つけたので……」
「へー見つけたら人ん家勝手に入るんだー」
すぐさま鋭い答えが返ってくる。
「だって!開いてたのも悪いと思いません!?不用心ですよ!それに、私この世界慣れてなくて、しかも変な人に襲われたんですよ!?入らない選択肢あります!?」
「逆ギレかよ……」
「キレてませんが!?」
明らかにキレた声色に、もうどうでもよくなったのか、男は椅子から立ち上がった。
「はぁ……もういいやそれくらい。とっとと出てってくれれば」
「…………今の話、聞いてました?」
正座したまま、その男を見上げて空は言う。
「聞いてなかったように思うのか?」
「はい、明らかに」
「どの辺が?」
「追われてるって言いましたよね!?」
「『追われてる』じゃなくて、『襲われた』だろ?」
「匿ってください!ゴホッゴホッ」
空は埃の床に頭を近づけると、それを吸い込んでしまい咳が出る。
「おいおい大丈夫か?」
と、ペットボトルに入った水を渡してくる。
空はそれを受け取ると、パキッという音を立てて蓋を開ける。
ゴクッゴクッと半分ほど飲み干すと、はぁーと息を吐く。
「匿ってください」
「そこからかよ……」
男がうんざりしたように言う。
「俺が匿う理由ある?それに、さっきの男のこと気にしてるんだったら、もう心配しなくていい」
「匿って——え?」
途中まで言うと、そんな声を上げる。
「どういう……」
と机にチラッと視線がいくと、そこにはあるものが置いてあった。
そこには、先程助けてくれたひょっとこ——正確には面——が置いてあった。ということは——
「あーー!!さっきのひょっとこ!」
さっきの男と重ねながら指を差す。
先程何かを置く音がしたと思ったが、これだったか。
「さっきより声でか……」
耳を塞ぎながらそう呟く。
「え?え!?さっきって……さっき?え?」
混乱状態に陥った空は目をグルグルさせる。
「えっと?何にそんななってっか知らないけど、さっきのは俺。男はちゃんと始末したから大丈夫」
男は軽く説明すると、空はホッと胸を撫で下ろす。
「そ、そっか……ちゃんと始末——」
と言いかけふと思うことがあった。
「し、始末?」
訳がわからないといった顔をした空に、男はきょとんとした顔で言った。
「そう、始末」
「始末って……どういう——」
「え?殺したよ?」
当然のように言い放たれた言葉に、空は声を失った。
空は「殺し」という単語に固まった。
澄み切った青い瞳に、黒い彼の姿を映しながら言い放つ。
「ころ……し?」
「そうだよ、殺し」
全く狼狽えないその姿は、空にとって先程の男よりも恐ろしかった。
確かに助けてはくれた。あそこで助けに入ってもらわなければ、あの後どうなっていたか。想像するだけでゾッとする。
だが、殺すまでするか?
「なんで……」
「なんでって、君を襲った奴だよ?ろくな奴じゃないだろ」
「だ、だとしても、殺すまでしなくても……」
「じゃあ、あのまま生かしておいたとして、あの男がまたしない保証は?」
「っ……」
そう言われて言葉が出ないのも無理はない。そんな保証あるわけない。むしろ、またやることの方が高い。
「君は、嫌じゃなかったの?」
そんなの決まってる。
「……嫌、だった」
ギュッとズボンを握りながら答える。
「だろ?君と同じ目に合う人がこれから出てきた……君は、あの時生かしておいてよかったなんて思える?」
フルフルと首を横に振る。
「というか、ここでは殺すことは罪には問われない。さっきの男がやったことだって、別にここではどうでもいいことなんだ。誰がどんな思いをしようが、平気で無視する。それがここの世界だよ」
男は窓の方まで歩くと、指先で埃を取る。
「ここでは誰かが守ってくれるようなことはない。あの時は偶然俺がいたからいいものの、下手したら取り返しがつかなかった。自分のことは、自分で守るしかない」
ふっ……と指先の埃を息で飛ばす。
「だから消した。これで満足?」
男は一通り話し終えると、ベッドに腰を下ろした。
空はやっと床から立ち上がると、膝についた埃を払う。
「……確かに自分じゃ何もできない。私の判断で、誰かが傷ついても、責任は取れない。でも——」
そう言って、徐々に男に近づいていた空は、男の胸ぐらを掴んで言い放った。
「それでも!あなたの手を汚したくなかった!」
「っ!」
男は驚いたように目を見開いたが、空は続ける。
「殺しは良くないよ。向こうの世界でそうだったからじゃなくて、私自身そう思ってるから。だって、どんな人にも……家族がいる」
「……家族?」
「そう、家族……わからないけど、その人がいるってことは、必ず生みの親がいる。そうじゃなくても、自分の手で作り上げた家族がある。大切な人はいるんだよ……殺す殺さないとか、悪い悪くないとか、わかんないけど……誰かがそうしたからって、やっていい理由にはならないよ!それはただの言い訳で、自分そうしたいだけ。それに、あなたは一番関係ない」
胸ぐらを離すと、空は頭を下げる。
「私のせいで、あなたを汚してごめんなさい!」
男は頭を下げる空を見つめ、空は頭を下げたまま、シーンとした空気が続く。
だが、それはあることで打ち破られる。
「っ……はは」
そう声を上げたのは、ベッドに座った男だった。
「……っははは!」
まさかの笑い声に、空もやっと顔だけ上げる。
「なんで……笑っ……て」
男は目を拭いながら、肩を上下させて笑いながら言った。
「だ、だって……はは!おかしくてさ」
おかしい?今のどこにおかしい部分があったのだろうか。
「なんか……途中からさ、話が逸れてくしさっ……くく」
男は腹を抱えながら、頑張って耐えているようだが、耐えきれてない。
笑いのツボがおかしいのでは?
「責められるかと思ったら、謝ってくるし……こんな面白いことないって……ははっ」
フーフーと息を吐きながら、笑いを抑え込む。
ポカンとした空を前に、男は言った。
「心配しなくても、俺は汚れてるよ、とっくに」
「え」
「数えきれないくらい人を殺したし、数えきれないほど、残酷な光景を見てきたよ。だから今更……よっと」
そう言って、ベッドから立ち上がると、顔だけ上がった状態の空を、カクンと上げさせた。
「お前は面白いな、名前は?」
「へ?あ……」
これは教えていいものなのか……そう思いながらも、渋々答える。
「青園……空」
男はふーんと唸りながら顎に手を当てる。
「分かった、じゃあ青園」
「は、はい!」
ピンと立ち、姿勢を正す。というか、急に呼ぶのか……
「お前、掃除できる?」
空は目をぱちくりさせると、首を傾げた。
「はい?」
毎度ありがとうございます。
なんか訳がわからない方向に行ってますね。これ本当に命かかってるんでしょうか?
そしてこれは書いてる時個人的に思ったのですが、読んだ方はわかると思いますが、見知らぬ男に匿ってくださいと言える空の度胸がすごいですね。
ではまた次回お会いしましょう!