ひょっとこ
指を鳴らした瞬間、先程とはまた別の場所に飛ばされてしまった空。どうするかも決まらないまま、スキルを発動してみたりとしていると、謎の人影が迫る。
そんな空の前に現れたのは四十代ほどの男。その男は、自分も空と同じ立場だというが——?
「っ!」
その瞬間、空は先程いた場所とは全く違う景色が見せられていた。相変わらず木に囲まれた場所だが、先程の舞台は消え、広い台地があらわになっている。周りに居た、数えきれないほどの人々も、居なくなっている。
まさかあの一瞬で、場所を移動したと言うのか?
「…………」
空は、ぽかんとしながらその景色を眺める。
(なんだったの……あれ……)
夢かと思い、頬をパチンと叩いてみる。
「いたい……」
(夢じゃ……ない?)
そして、一番それを確かめる方法があるじゃないかと思い、二本の指で何もない空間を叩く。
すると、先程の薄い板が目の前に現れる。
「やっぱり、夢じゃないんだ……」
呆気を取られ、一人ぽつんと立つ。
再びまだ表示されている板を見て、シュッとスライドする。
スキルの画面を開くと、スキルの発動の仕方が書いてあった。
「えっと……」
(発動するには……)
一通り目を通すと、空は試すように心の中であることを呟く。
(スキル……速さの上昇!)
と唱える。が、特に何か起こった様子はない。
そして一歩踏み出すと——
「——っ!」
急に足が勝手に動いた。それも、もの凄い速さで。
「ちょ、ちょ、止まって止まって止まってぇぇ!」
と、木にぶつかる直前でようやく止まる。
「ハァ……ハァ……」
これはすごい。今まで、あんな速さを走れたことがない。速さの上昇、すごいスキルだ。
(どうしよう……心臓が、バクバクいってる……)
——楽しい——
と思った瞬間、すぐに首を振る。
(な、何言ってるの!?これは命がかかってるのに……しかも、こんな得体の知れないもので……不謹慎だぞ……!)
心の中で抑え込むように言いつける。
未だ鳴り止まない心臓の音を落ち着けていると——
「そこ!誰かいるのかー?」
「っ!」
ビクッとした空は、すぐに茂みに隠れた。
「あれー?居たと思ったのになー」
姿勢を低くしたままそっと覗いてみると、ぽっちゃり体型の四十代くらいだろうか、それくらいの男が、頭をかきながらキョロキョロ見渡している。
たらりと汗を流しながら、離れようと足を少しずつ動かす。
順調に順調に距離をとっていくと——
パキッ!
「んっ……!」
「っ!」
空は必死に声を抑えたが、その男も気づいたように思える。
しばらく動かないでいたが、だんだんこちらに近づいてくるのを、肌で感じる。
もう無理だ……そう思い、捕まるのを覚悟に思いっきり走った。すると——
チャリッ!
と何かが空の片腕を掴んだ。
「っ……!」
急いで見ると、とても長い鎖のようなものが、空の腕にしっかり巻きつき、逃がさない。
「っ……くっ……」
急いで解こうとするも、思いっきり向こうに引っ張られ、元の場所に戻された。
もういざとなったら……と拳をギュッと握ると——
「ちょっと待って!」
空に繋げられた鎖を手に持つ男は、制止するように、手を前に出した。
「落ち着いて……怪しいものじゃない、私も君と同じなんだ……」
そう言って、袖をまくると、空と同じ装置を腕につけていた。
「っ……」
「だから、平気だよ……協力しようと思ったんだ、だから——」
「そう思うなら、これ外してくれませんか」
そう言って睨みつけると、急いで鎖を外す。
「ご、ごめん……つい急いで、はい」
空は少しピリピリする腕を動かすと、男は言った。
「改めて、私と協力してもらえないだろうか?」
「……協力って?」
「それはこの世界から出るためのさ、出口を一緒に探そう」
「それって、手掛かりゼロなんですよね?何かそれに関係するものを見つけたんですか?」
警戒は解かぬまま、いつでも逃げられるように、会話を続ける。
「それをこれから見つけるのさ、一人で探すより、二人の方がいいからね。もちろん、これからもっと人を集めるつもりさ、どうだい?一緒に——」
「——お断りします」
「!」
そう言われると思っていなかったのか、明らかに焦ったように口を開いた。
「な、なんで?君にとっても悪い話じゃないはずだ……」
「ええ、そうかも知れませんけど、私は結構です。他の人を探してください」
と、その場から離れるため、くるりと反転させて歩き出す。
「ま、待って!なんで!?まだ話は——」
と、言っているが空はそれを無視してスタスタ離れていく。
男はその姿を見て、歯をギリギリ食いしばると——
チャリッ!
今度は空の腰を巻きつけ、勢いよく引っ張ってこちらに引き寄せた。
それをその男が受け止めると、空の顎を持ち上げて、先程とは全く違う声色で言った。
「まだ終わってねーって言ってんだろ?」
「っ!」
空を体を必死に動かすが、やはりこの鎖はびくともしない。
「タダで協力してやるっつってんだからよぉ?そこは引き受けるだろー聞き分けのねぇ女だな?だが——」
「……っ!!」
そう言って、腰のあたりを撫で始める。そこから少しずつ、下へ下へ進んでいき、太ももの部分を全く隠す気のない触り方をする。
「——それも燃えるってもんだよなぁ?」
「っ……」
空は体のいろいろな部分を弄られる。
気持ち悪い、よりも怖い。その一言が空の頭を支配する。
私ってバカだ。最初から警戒してたのに……それに、この世界じゃ、向こうの法は通用しない。
空はこれからされることの恐怖で支配され、ガクガク震える。
だが、それを楽しむように、男は気味悪く笑う。
「くっくっく……いいぞぉ……その調子だ」
その男が、空のジャージの裾に手をかけた瞬間——
パキンッ!
そんな音が鳴ると、体が急に楽になる。
ジャラジャラッとした音を聞き、下を見ると先程巻きついていた鎖が落ちていた。
そして、いつの間にか触られていた感覚も無くなり、すぐそばにいた男もいなくなっていた。すると——
トンッと肩を叩かれる。
後ろを向くとそこには——
「ひょ、ひょっとこ!?」
そう、空の目の前にはひょっとこ面をつけた人物が立っていた。
先程の男よりかなり怪しい。
また体が震え始めると、そのひょっとこは、親指で向こうの森を指差す。
空はそれを見て、恐る恐る聞く。
「……に、逃げろ……てこと?」
静かにその面は頷くと、空の前に出る。
その奥には、いつの間にか飛ばされていた例の鎖の変態が起き上がろうとしていた。
「いってぇじゃねーか……!顔面に蹴り入れやがってよぉ……」
そう言いながら立つと、どこから出てきたのか、ジャラと鎖がその男の手元に現れる。
「ぶっ殺してやる……!」
鎖を思いっきりこちらに向けて投げてくる。
「行け!」
ひょっとこが突然そんな声を上げると、体が反応して、空はその場から走る。
空は森の中に入ると、後ろを振り返る。
目の前には、鎖を持った男とひょっとこが激闘を繰り広げている。
ひょっとこは華麗にその鎖を避けると、左右の腰に備えられた銃のようなものを、くるくると回しながら取り出す。
そしてなんの迷いもなく、何発も鎖に撃ち込む。
見事にどの弾も正確に当たっている。あの面をつけながらも。
ひょっとこが一気に距離を詰めると、繰り出された鎖を手で掴み、シュッと投げ返すと、一気に鎖の男がぐるぐる巻きにされる。そのままバランスが取れなくなり倒れ込むと、身動きが取れなくなった男に、ひょっとこが銃を突きつけた。
「ひぃ!」
余裕を見せていた男は、明らかに恐怖を滲ませた声を上げた。
圧倒的。それが空の感想だった。
が、それを見ている場合ではない。空は急いで森の中へ駆けて行った。
どこまでも変わらない景色。どこもかしこも木だらけ。
だが、しばらく走っていると、森の奥深くに建物を見つける。
それが見えてくると、空は速度を上げる。
見た目は普通の木の家と言ったところか。
だが、こんな見事に作られた、しかも木で家を作られているなんて、考えられないくらいの作りだ。
まるで、物語に出てきそうな家。
(森の動物が住んでそう)
クスッとそんな妄想をしながら、その家に近づき、窓らしきものを見つける。
三、四段ほどある短い階段を登る。
覗いてみると、中には誰もいない。正直暗くて、よく見えないが、一通りの家具が揃っていそうだった。
チラッと横のドアを見つめると、そこの前に立つ。
(まさかね)
ちょっと期待しながらドアを押すと、前へ前へと進む。
(嘘でしょ!?開いちゃった……)
これは入るべきか、いや入らない方がいい。だって、明らかに誰かが住んでそう……と前に足を進めると、偶然カチッとスイッチを押してしまう。
すると、ピカッと明るい光が、部屋全体を照らす。
「あ……これは……」
空は部屋の光景を目にすると、そんな声が出た。
なぜなら、明らかに掃除が行き届いていない、埃まみれの部屋だったのだから。
ドアから手を離すと、勝手締まり、その風圧で粉が舞う。
さらに前に進むと、床の埃が舞い、空の鼻を刺激する。
「ゴホッゴホッ!いや、これは……なんというか、すごい……」
宙を舞う埃を振り払うようにしながら、前に進む。
机や椅子、ベッドなのは綺麗そうだ。
だが、こんな環境下で過ごして行けるのだろうか。
タンッタンッ
そんなことを考えていると、誰かが階段を登る靴音が聞こえた。
「っ……」
(や、やばい!どうしよ……こんなの確実に捕まる案件っ……!)
とキョロキョロ見回していると。
「あ」
ガチャとドアが開く。
「あれ?明かりつけたままだったっけ」
と、男だろうか、不思議そうな声を耳にしながら、いつバレるか震えていた。
そう、空はベッドの毛布の中に隠れていた。できるだけ膨らみがないよう、体をピンとさせて。
カタッと、その男は軽いものを置いて、黒い上着のジッパーを下げた。
(早く……早くぅ……)
空は、その男が少しでも良いので出ていくのを願うと、パタンとドアが閉まるような音が聞こえた。
(出て……た?)
恐る恐る毛布を取ろうとすると——
「なぁにしてんだ」
と、先に毛布を上げられ、その隙間を覗き込むようにして見てきた。
「うわぁ!?」
と勢いよく顔を上げ、後ろに離れる。
ドンッ!
よく見ていなかったので、壁近くにあったベッドということを忘れ、勢いよく頭をぶつける。
「いっ……たぁ……!」
明らかに痛そうな音を上げていたので、その男もそれを見て言う。
「うわぁ痛そー」
「他人事みたいに……言わないでくださいぃ……」
頭を押さえて、痛みと闘いながら言った。
「だって他人事だし」
「全くその通りでぇ……」
と、頭を押さえながらベッドに顔を埋めてへたり込んだ。
第三話お読みいただきありがとうございます!
エピソード名がひょっとこで、意味がわからない人がいたと思いますが、これで少しはお分かりになったと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします!