落ちる
走ることが大好きな高校生—— 青園空——は今日もいつものように走って学校に登校する。運動全般得意で、何度断っても、陸上部に何度もスカウトされるほどの実力だ。そんな空の習慣は走ること。今日も空は夜の地を駆ける。
——あんなことが起こるとは知らずに——
——この世界には穴がある——
そう言われ始めたのはいつ頃だろうか。
正直私は、それを信じるも信じないもなかった。だって私には関係がないし、興味もないことだから。
でもそれは存在したことを最悪の形で知る。
この日までは——
いつものように髪をセットして、制服を着る。もちろん朝ごはんも忘れずに。
時間通りに家を出る。
出て早々に私は住宅街を走った。
一つに結われた空色の長い髪を揺らしながら、軽々と地を駆ける。
特に急いでいるわけではない。ただ走りたいだけ。それがいつもの習慣なのだ。
周りからは、いつも元気だねと声かけられ、それを返すように手を振る。
私は比較的に、規則正しい生活をしているのではないかと、ほんの少し思っている。
気持ちよく目覚められる朝。慣れた手つきで着こなす制服。美味しいご飯をしっかり食べる。
それは当たり前で、当たり前は最大の幸福なのだとわかっている。
走ってきたからか、早めに学校に着く。だが中には、少数だが生徒が教室に集まっていた。
「おはようー青園」
私が入ってきたことに気づいた生徒が、次々と挨拶を投げかける。
「おはよう!」
青園の呼ばれた私は、それにしっかり答える。机にリュックを置くと、そしてそのまま席に腰掛ける。
この学校は、学校規定のものであれば、バッグとリュックの二つから選べる。
私はリュックだが、この教室の中にバッグを使った者もいる。
リュックからものを出したり、廊下に出たりなどしていると、時間は過ぎていき、あっという間に生徒が集まり、ホームルームが始まる。
「今日は授業変更がある。四限目の英語が体育になった」
先生がそう言うと「えー」という声やそれとは逆に「よっしゃ!」という声も上がる。
「ほらほら静かに、連絡はこれくらいだ。各自授業に遅れるなよ。以上」
先生は教室から出ると、教室内の賑やかさは増す。
いつも通りの光景。別に驚きはない。
(確か、次は移動だったなぁ……)
そして壁にかかった時計をチラッと見る。
(まだちょっと早いけど、行こうかな)
と机の中から必要な物を引っ張り出し、席を立つ。椅子をしまおうとすると、誰かが私の名を呼んだ。
「空ー」
ボブヘアーの明るそうな女の子が、こちらに近づいてくる。
「次移動だよね?一緒に行こう!」
必要な物は全て持っており、準備万端のようだ。
「うん、行こう」
断る理由はないので、一緒に行くことを決める。
廊下を歩きながら、いつものように喋る。
「空ここの髪跳ねてるー」
「え」
そう言うと、彼女は空の髪を整えるように撫でる。
「はい、これでオッケー」
ニコッと笑いかける。
「ありがとう、爽」
「いえいえ」
と尽きない話をしていると、目的の場所へ到着する。
ガラッと開けると、電気はついていなく、先生もまだ来ていない。
「やっぱり早く来すぎちゃったね」
「だね」
爽の言葉に、空は笑ってそう答えた。
タッタッタッタッタッ
素早く静かに靴音を立てながら走る。
「ふっ」
目の前の障害物を避けるため、大きく、そして美しいフォームで飛ぶ。
それを白線の引かれたところまで、走り終わると、大きな歓声が上がる。
「うぉぉぉ!やっぱり青園はフォーム綺麗だなあ」
「なあなあ、やっぱり来いよ!陸上部!」
「そうだぞ、いつでも歓迎だぜ!」
などと次々の言葉が空に浴びせられる。
現在は体育。今回はハードル走ということで、今空はそれを走り終えたところだった。
「えっと、遠慮しようかな」
「またかー!」
「三十六度目の正直だと思ったのにー!」
勧誘した男子は頭を抱え、体育の先生までもが、力が抜けたように落ち込んでいた。
体育が終わり、昼休憩となる。
空はいつも通り、母の作ったお弁当を、その前に椅子を持ってきて座っている爽は、購買で買ったボリューム満点のたまごコッペパンを手に持ちながら話していた。
「ずっと気になってたんだけどさー空って走るの好きなのに、なんで陸上部に入んないの?」
「あーん?」
卵焼きを頬張ると同時に、爽の言葉に反応する。
卵焼きを何度か咀嚼し、ごくんと飲み込むと、空は聞いた。
「なんで?」
爽はそれに身を乗り出しながら、空に答えた。
「だってさ、いつも勧誘されてるじゃん?陸上部入ったらいっぱい走れるよ?」
「うーん」
空はその質問に数秒だけ、唸ると答えた。
「確かに走れるけど、部活って半ば強制的にやらされるってイメージがあってさ、多分違うと思うけど……なんか、人に言われてやるんじゃなくて、自分が好きな時に走りたいんだ。だから部活に打ち込むほどでもないんだよ」
「ふーん」
あまり意味が理解できていないような返事を聞きながら、二人は昼食を進めた。
「さようならー」
帰りのホームルームを終え、皆一斉に教室を出る。
空もさまざまな人と挨拶を交わしながら、それに続いて教室を出た。
下駄箱から靴を取り、トントンッと靴を履く。
校門を出ると、少しずつスピードを上げながら、自宅まで走って帰って行った。
「ただいまー」
自宅へ帰りドアを開けると、リビングから顔を出した母がそれに返してくれる。
「おかえり」
靴を脱ぎ、手を洗うと、二階の自分の部屋にリュックを置く。制服から部屋着として使っている、中学の時の青いジャージと灰色の短パンに着替える。
そして一階に戻ってリビングへ行くと、母が今日の夕飯を作っていた。
「手伝おうか?」
特にやることもなかったので、ジャージの袖をまくりながら言った。
「あら、いいのよ学校で疲れてるでしょ?」
「そんなことないよ、それにやることないから、やらせて」
そう言って母の隣に立つ。母は横にずれながら、餃子を包む娘の姿を見て、微笑んだ。
父も帰ってきて、あっという間に夕飯の時間。学校であったことや友達のことなどを話すと、二人は笑いながら話を聞いてくれる。
そんな風に楽しい時間を過ごすと、時計をチラッと見た空は、ソファから立ち上がった。
「お母さん、じゃあ私行ってくるね」
「あら、もうそんな時間?」
「空もよく毎日続けられるなあー」
「気をつけて行ってらっしゃいね」
「うん」
二人の言葉に返すと、空は玄関で靴を履き、夜の冷たい風に当たりながら外へ出た。
両親は、これが私のいつもの習慣なので、何も言わない。
元々走ることが好きな私だから、二人も納得なのだろう。
「はっ……はっ……はっ……」
うっすらと白い息を立てながら、いつものコースを一定のスピードで走る。
商店街の手前まで来ると、少しずつスピードを緩めながら歩き始める。
ポケットからスマホを取り出すと、画面を見て、ポツリと呟く。
「今日は、いつもよりペース速かったかな?」
そう言って、ポケットにスマホをしまうと、自宅へ引き返すべく、くるりと反転させて再び走り始める。
「はっ……はっ……」
自分にとってちょうど良いペースで走る。
タッタッタッと鳴る靴の音を聞きながら、いつもの景色を視界に映す。
やがて中間地点と思われる場所までたどり着く。すると——
フワッ
体が突然、浮いたような感覚に襲われた。
さっきまで鳴っていた靴音が聞こえない。
やがて、景色が街並みではなく、夜空へと映される。
「え」
そこでようやく声を出した空は、無意識に手を伸ばしたが、届くことはなかった。
どうもこんにちは、まもるです。
第一話を読んでくださったみなさん、立ち寄ってくれたみなさん、本当にありがとうございます!
心配な方がいるかもしれないので一応。
spiritの方もしっかり投稿します、安心してください。
どっちも頑張って書きますが、相変わらず投稿頻度はバラバラだと思うので、そこはご了承ください。
できれば短く終わらせるつもりではあるのですが、自分が考えている感じだと、この作品、長くなりそうな予感がするので、一応連載としておきます。
今後もよろしくお願いします!