3.入学式(1)
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今朝は入学式という事で、京香はいつもより早く起きて、朝食と弟の尊のお弁当の用意をしていた。
「おっ、今日のも美味そう。京香、いつもありがとう」
お味噌汁のいい匂いに釣られて起きてきた尊は、いつものように京香のつむじにキスすると二人分のお茶を入れ、着々と朝食が食べられるように準備していく。
「尊、お待たせ。じゃあ、食べようか」
ようやく朝の支度も終わり、京香はエプロンを外すと、尊の向かいに座った。
高校の真新しい制服を着た京香は、少しお姉さんぽく見える。尊はどきどきしながらも、照れ隠しのようにぶっきら棒な口ぶりで話しながら、朝食を進める。
「京香は今日入学式だろ?何時に出るの?学校まではどうやって行くの?」
「今日は初日だから亮ちゃんが車で送ってくれるって。
明日からは自転車で行くけれど」
「何なのあいつ。やたらと姉ちゃんに自分の学校勧めてくる時からおかしいと思ってたけれど、やっぱりロリコンなんじゃないの?
方角違うのにわざわざ迎えに来て、自分の車で送るなんて!」
尊は、何故か両親が亡くなってからは京香のことを”姉ちゃん”と呼ばなくなり、京香と呼び捨てするようになったが、未だに興奮した時などは、思わず”姉ちゃん”呼びに戻る。
「何言ってるの。亮ちゃんは、私がひどい方向音痴なの知ってるから、いきなり入学式から遅れないようにって親切で送ってくれるんじゃない。
それに明日からは、ちゃんと自分で行くし…」
何もかも完璧に見える京香だが、ときどきとんでもない天然ぶりを披露するタイプで、その最たるものが、ひどい方向音痴だった。
いつも行っている場所なら問題ないが、初めての場所は、まず1時間は余裕を見て出かけないとたどり着けない。
ぶちぶち言いながらも、京香のひどい方向音痴は尊もよく理解しているので、亮の車に乗ることはしぶしぶ認めた。
「でもいいか、絶対助手席なんかに乗るんじゃないぞ。必ず後部座席に乗れよ!」
「了解。亮ちゃん来たみたいだから行くね。尊、鍵の戸締りお願い」
慌ただしくしている間に、幼馴染の車がアパートの前に到着する音がしたので、京香は仏壇の両親に行ってきますと手を合わせ、かばんを持つと急いで玄関のドアを開けた。
ぼろぼろとまではいかないが、築50年以上経つ木造アパートの前に、真っ赤な外車は恐ろしく不似合いで目立っていた。
また、その外車の横に立ち、こちらに手を振る派手なイケメンは、どう見ても古アパートに不釣り合いのリッチマンで、門から家まで車で行かないとたどり着けないような家に住んでいそうな風情を漂わせている。実際、彼の実家はそんな感じの家だ。
「京香、おはよう。制服、よく似合ってるじゃないか」
当然のごとくスマートに助手席のドアを開けて待つ亮に、ちょっと申し訳ないなと眉を寄せて首をすくめながら、京香は自分で後部座席の扉を開けると、さっさと座った。
「ありがとう亮ちゃん。おじ様おば様にも、また今度御礼言いにに行くね」
後部座席から、ミラー越しに微笑みを見せる幼馴染に、亮は気を悪くしたそぶりも見せず、自分も素早く席に座ると車を走らせた。
白藤家と高階家は、両親が存命中からの家族ぐるみの付き合いをしている。
もとは高階家のお屋敷の隣に京香の父の会社の社宅があったことが縁で、共働きで家にいないことが多かった京香達の両親に代わり、一人っこで妹弟が欲しかった亮や高階家の人々が、幼い姉弟の面倒を見てくれていたのがきっかけだ。
新しい制服は、そんな亮の両親から京香への入学祝いとして送られたものだった。
たかが制服、されど制服。有名私立高校のブランド物の制服は、一式揃えるだけで何十万というお金が飛んでいく。
特待生である京香は、入学金や授業料は免除されるが、さすがに制服までは支給されない。
またみんなお金持ちが多いせいか、お下がりなども出回っていなかった。
怪しげなネット販売で買おうものなら、変なプレミアがついて、普通に買うより余計値段が跳ね上がっているし・・・と困っていたところ、入学のお祝いに制服をプレゼントしたいと申し出てくれたのが、高階のおば様だった。
おば様には、子供の頃から着せ替え人形のように様々な服を与えられていた。
おば様曰く、本当は亮のようなやんちゃな男の子でなく、京香のような可愛い女の子を着飾って楽しみたかったそうだ。
でも残念ながら男の子しか生まれなかったので、京香が本当の娘のように可愛いらしい。また京香の容姿がおば様の理想のお人形のように整っていたのも、それに拍車を掛けたようだ。
「そのまま、その制服を着て訪ねてくれたら、すごく喜ぶと思うよ」
「わかった。亮ちゃん、今日はありがとうね」
京香は、いつもの安心できるお兄ちゃんに、甘えるように微笑んだ。
「ところで、なんで後ろに座ったの?」
「だって、新入生が堂々と先生に車で送ってもらってるの見られたら良くないでしょ?
だからばれないように、後ろに大人しく隠れてるの」
「なんだ、そんな気を使わなくてもいいのに。
それに今日だけと言わず、明日からも送ってやるぞ・・・京香、方向音痴だろ?」
「さすがに私でも二回行けば覚えるよ。学校から家までそんなに複雑な道じゃないし。
いくら幼馴染だからって、甘えてばかりいられないしね」
京香が学校まで亮に送ってもらうのは、春休みに学院長に挨拶に行った時と合わせて、これで二回目だった。
前回は春休みという事で、学生に会うことも少ないし、大人しく助手席に座ったが、今回は尊に口を酸っぱく言われたのもあり、目立たない後部座席に座った。
「そうか?京香は俺にとっては妹みたいなものなんだから、いつでも困った時は遠慮するなよ。
本当は尊にも、もっと甘えてほしいんだけど、あいつは中学に入った途端反抗期に入っただろ?」
亮は、なかなか素直に甘えない猫のように可愛い尊の姿を思い浮かべ、思わず苦笑する。
尊は最近でこそ背が伸びてきて口も悪くなったが、見た目は昔と変わらず、お人形さんのように愛らしい姿をしている。
「反抗期かな?」
京香は、自分に対しては、むしろ兄弟というより恋人のように甘々で、未だに何かと理由をつけて一緒の布団で寝ようとするんですけど・・・と思ったけれど、口には出さなかった。
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