32.月が綺麗ですね(10)
『あれは丁度20年前のことだった…』
アクラムは第三夫人の息子で4男のマフムードが、日本文化に興味を持ち、留学していたため、彼に会うために来日していた。
アクラ厶には三人の妻がいる。
第一夫人アイーシャは父の弟の娘、つまり従兄妹同士の婚姻で、彼女とは幼い頃からの許嫁だった。長男と次男はアイーシャの息子である。
第二夫人ヤスミンは政略結婚で、有力な資産家の娘を娶った。彼女との間には三男と長女がいる。
そして4男の母である第三夫人サラは、フランス人画家の女性だ。
彼女とは、慈善活動の一環として積極的に芸術家の支援も行っていた際に知り合い、結婚した。
二十年前といえば…アクラムは60歳を過ぎ、長男と次男の家族にはすでに孫達もいた。
そんな彼が、たまたま仕事で関わりのあった鬼瓦家の主催する【観月の宴】に呼ばれ、そこで出会ってしまったのだ…運命の人、鬼瓦雅に…。
主催者である鬼瓦家の惣領娘として、雅はVIPであるアクラムの世話役を任されていた。
娘らしい緋色の美しい着物を着た彼女は、瑞々しい若さと、大人の女性のような知性を併せ持ち、流暢な英語で語られる話題は機知に富んで、少しも退屈することがなかった。
そんな彼女が空を見上げ、思わずつぶやいた美しい調べの日本語がどういう意味なのかが気にかかり、息子のマフムードに尋ねたら…
〜・〜・〜・〜・〜
「え〜ッ!?勘違い?」
「そう、アクラム氏の4男のマフムード氏は当時日本文化を勉強するために留学していたのですけどね…日本近代文学を専攻していて、その中でも特に彼が好んだのが近代文学の巨匠と言われた夏目漱石だったんです…。
だから…父親に『月が綺麗ですね』という日本語はどういう意味かと聞かれた彼は、漱石の有名な『I love you』の和訳を思い浮かべてしまい『あなたを愛している』という意味だと教えてしまったのです…」
京香は、アクラム氏が母に婚姻を申し込んだ原因が、彼の息子マフムードの誤った日本語解釈のためだったことを天馬くんに聞き、思い切り脱力してしまった…。
観月の宴の席だったので、たぶん本当に月が綺麗だったのだろう…。
〜・〜・〜・〜・〜
『雅が自分から愛の告白をしてくれたから、年の差も乗り越え、勇気を出して婚姻を申し込んだのに…
深窓の令嬢である彼女が、どうして他の男と駆け落ちなどしたのだろう…』
アクラムは美しい満月を見るたび、あの日のことを思い出した…。
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