29.月が綺麗ですね(7)
「ちょうだい…」
思わず尊の口から本能のままに言葉がこぼれ出た…。
「え〜っ、いくら可愛いミコトのお願いでも嫌だよ。
これ非売品ですごい人気だから、お願いしてやっと一枚譲ってもらったんだよ〜。
僕も凄く気に入ってるから、絶対無理!!」
尊の心からの願いは、あっさり断られた。
(まあ良い…京香に直接お願いしよう。
何で京香がこんなのに出ているのかは不明だし…後で問い詰めるとして…
このポスターのモデルをしているくらいだから、一枚くらいどうにかなるだろう…)
尊が心の中で算段していたら…
「あっ…このポスター本当に人気で全然在庫残ってないそうだから、今からお姉ちゃんに頼んでも無理だと思うよ…」
サラッとヘンリーが爆弾発言をした。
「いま…なんて…」
思わず何と返すのが正解か、尊が言葉を選んでいると…
「君達姉弟のことは、もちろん幼い頃から知ってるよ。
だって僕…近所に住んでいたもの…」
そう言って微笑んだ同室者の顔は、今まで爽やかだと思っていた笑顔が作り物のように見えた…。
「近所…?」
「うん、同じプリスクール通ってたんだけど…僕の顔に見覚えない?」
そう言って190cm超えるデカい図体でクビを傾げられても、ちっとも可愛くないし…この姿から幼稚園時代の彼が想像できるわけない…。
(確かに…京香が小学校に上がるまで、家族でアメリカに住んではいたけれど…)
「そんな昔のこと覚えていない…」
本当に、あの頃の尊にとって京香以外はみんな同じように見え、いちいち個々の人間を意識して覚えてなどいなかった…。
「ひどいな〜。僕は、2人のことを忘れたことないのに…。
まあお人形のように対で綺麗な君達は、クラスでも目立っていたからね…」
京香と尊は、1年の年の差があるけれど…プリスクール時代は同じクラスに通っていた。
まさか、こんなところでその頃の同級生に会うとは…
「はっ…もしかして、その頃からの僕達のストーカー!?」
実際、白藤姉弟はその美しい容姿のせいで、子供の頃から度々変な人間に目をつけられることがあった…。
「ストーカーはひどいよ〜。ただ君達が日本に帰ってから、会えなくなって淋しくて…ちょっと日本の親戚に頼んで毎月、写真と動画と…たまに私物をすり替えて送ってもらっていただけで…」
世間一般では、それをストーカーと言います。
「私物って…何?」
尊がヘンリーを見つめる…その眼差しは、犯罪者を見るそれだった。
「ボールペンとか…ファイル…とか…?」
そう言う、ヘンリーの目は泳いでいる…。
「それから…?」
絶対にこいつはヤッている…という鋭い目で、尊が突っ込んで聞くと…
「タ…タオル…とか…ハンカチ…とか?」
その美しい額から冷や汗を流し…忙しなく手を組み替え、目線をそらして、どもりながら話す様子は…明らかに取り調べ室で自供させられる犯人そのもの…
「そう言えば…中学の時、京香が体操服のゼッケンの名前が明らかに自分が書いた字と違う!!って言ってたことがあるんだよね…。
体操服自体も、何だか新品のように綺麗でおかしい…と言ってたな…」
最後のとどめとばかりに尊が告げると…
「…私がやりました…」
ヘンリーも思わず自供してしまった…。
いま尊のベッドの上には、かぐや姫のように美しく微笑む京香のポスターが貼られている。
その横では、ヘンリーが声を押し殺し、さめざめと泣いていた…。
「ひどい…親戚にすごく頼み込んで…代わりにいっぱい仕事させられて…やっと手に入れたポスターだったのに…。ミコトは鬼だ…」
「本当は、警察に突き出されてもおかしくないところを、ポスター1枚で見逃してあげた僕は、随分寛大だと思うけれど…」
尊は嘆くヘンリーを気にすることなく、二つのスマホを操作している。
自分のスマホとヘンリーのスマホを…。
「はい」
そして、全ての白藤姉弟に関する動画、写真を自分のスマホに移し終えてから、ヘンリーにスマホを返した。
「ひどい…僕の癒しを全て奪うなんて…」
データが空になったスマホを放心状態で握りしめながら、ベッドの上に体育座りするヘンリーを放置して、尊は自分のベッドに寝転がった。
(寝る時に、いつも京香の笑顔が見れるこの状態は悪くない…。
これをヘンリーから奪えたことは、僥倖だったな…。けれど…)
尊は、まだベッドの上でいじけているヘンリーの方を見る…。
(スマホのデータを消したところで、どうせ別に保存されているだろうし…小学生の頃から盗まれていた物も、アメリカの実家に置いてあるだろうから、取り上げることが出来ない…。
何よりも、これらの写真…)
尊は自分のスマホに移した写真を見る。
京香も尊も、子供の頃からストーキングされることが多かったため、人の気配にとても敏感だった。
なのに…これらの写真はしっかり視線の合った写真が何枚もあった。
つまり尊達に気づかせることなく、これらの写真を撮ることができた…プロの間者による写真ということだ…。
(こんな子供の頃から、すでに見張られていたなんて…。不本意ながら…二階堂と情報共有する必要があるな…)
尊はスマホに映し出された、笑顔で微笑みかけてくる幼い京香を見つめながら、渋い顔をした…。
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