1.桜の下で(魁皇視点)
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桜の花びらが舞い散る中、二階堂魁皇は白昼夢を見ているのかと思った。
春風にたなびく漆黒の長い髪。花びらを乗せた白魚のような手。桜の木を見上げる黒曜石の瞳には、長く濃い睫毛が影を落とす。
そのあまりにも人間離れした美しさは、知らぬ間に、自分が幽玄な世界に迷い込み桜の精に出会ったのではないかと思わせた。
一陣の強い風が視界を塞ぎ、それが落ち着いて再び桜の下に目を向けた時には、桜の精の姿はもう跡形もなく消えていた。
「桜の精は、天に帰ってしまったか?」
自分でも、馬鹿なことを呟いていると思った。
彼女は自分と同じ学校の制服を着ていた。つまりこの学院の生徒ということだ。
紫明学院は、ほとんどの生徒が中等部からの持ち上がりなので、もし上級生だとしても、あれだけの美人なら中等部にも噂が出回るはずだ。
なのに知らないということは、たぶん今年から編入してきた生徒なのだろう。
この学院は、高等部からの編入生をほとんど受け入れていないので、かなり狭き門となっている。
それを乗り越えて入学してきた彼女は、かなり優秀な生徒と言える。
「彼女なら、その優秀な成績といい、あの容姿といい、俺の生徒会に引き入れることができるな」
魁皇は中等部で、圧倒的な支持を受け生徒会長として務めていたので、高等部でも引き続きその役職を引き受けるつもりでいた。
誰もがひれ伏す王である自分の横に、副会長として公私共に自分を支える桜姫。
「悪くない」
魁皇は自分が思い描く未来図に、にんまりと口角を上げた。
「魁皇様、いかがされました?」
魁皇の機嫌が回復したのを見計らって、今まで気配を消していた時雨が声を掛けてきた。
日下部時雨は、代々二階堂家に仕える日下部家の長男で、時雨の父の清時は、魁皇の父の皇雅の秘書をしている。
いずれ右腕となって働くことになるだろうこの男は、人一倍、魁皇の気分の変化を読むことに長けていた。
「お前が気に掛けるほどのことではない」
「畏まりました」
時雨は、それ以上余計な詮索をすることなく、魁皇の後ろについて歩いた。
「魁皇様、講堂に向かわれないのですか?
もうすぐ式が始まりますが・・・」
分かれ道を中庭の方へと向かおうとしたところで、時雨は再び声を掛けた。
魁皇は、不機嫌そうに眉をしかめて振り返った。
「中等部とほとんどメンバーも変わらないのに、今更、入学式もないだろう?」
「まあ確かに、今回は魁皇様が新入生代表の答辞を読むこともありませんし、行かなくても困りはしませんが」
時雨は、敢えて触れないようにしていた核心をついてきた。
いつもなら大勢の取り巻きを引き連れて、誰よりも人目を引いて歩くこの男が、珍しく朝から人気のない場所を一人で歩いていたのは、まさかの首席を誰かに奪われたからだ。
魁皇はこの学園の初等部に入学してから、一度たりとも首席の座を奪われたことがなかった。
そのため、首席の者に任される、すべての式の答辞、送辞は魁皇が務めてきた。
それが、この春はいつまでも学園からの依頼がなく、不思議に思った時雨が問い合わせたところ、今回は別の者にその役が任されると聞いたのは、昨日の夕方のことだった。
「・・・・・・」
珍しく言い返してこない魁皇に、仕方がないと思いつつも、ここは従者兼教育係として厳しくしなくてはと表情を引き締める。
二階堂家の跡取りが、たかが首席を奪われたくらいでくさって式に出席しないなどという事は許されないのだ。
「でも、良いのですか?
例え一度きりだとしても、魁皇様より優秀な成績を収めたものです。あなたの役に立つ人材になるかもしれませんし、邪魔になるようでしたら潰さなければなりません。
どちらにせよ、ご自身の目で確かめられた方が宜しいのではありませんか?」
「・・・分かった」
どうも時雨の策に乗せられたようで気に食わないが、確かに一理ある。
「俺の席は、どこだ?」
「最前列を抑えてあります」
時雨の中で、魁皇が丸め込まれ式に出席することは確定だったのかと思うと腹立たしい。
しかし、そのぐらいの強かさがなければ魁皇の従者は勤まらない。
魁皇は無言で踵を返すと、講堂へと向かった。
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