七通目 異常異能者
「最近の、異常異能者の活動についてですが。」
プロジェクターで映し出される資料を指差しながら敬具が説明する。異常異能者の活動は活発になり、死者数も増えている。我々は完全に後手に回ってしまっている。敬具は、険しい顔で棒グラフを説明する。会議室の隅で居眠りをする残炎を除けば、皆が真面目に敬具の話を聞いている。
「早々さんは、どうお考えですか。」
敬具はおもむろに居眠りする残炎に近づき、残炎の耳を引っ張り起こしながら、自身の敬愛する早々へ問う。目が覚めた残炎がいたたた!と騒いでいる。会議中に寝ないでください。敬具は、小声だがしかし苛立った様子で残炎に言う。残炎は引っ張られた耳を押さえながら軽薄そうにごめんって。と小さく零す。
早々が退屈そうに背もたれに寄りかかり、ギシリと椅子が音を立てる。
「ちゃっちゃと全員殺したらええ。せやけどそれが嫌なんやろ?じゃまくさい。」
早々の言葉を聞き、当てにならないと言いたげに数人が首を横に振る。敬具は、俺もそう思います。と従順に早々を肯定する。その言葉を皮切りに菊花が勢いよく立ち上がる。退屈な会議から菊花が出ていくのに続き、入梅や向暑も会議室を後にする。所謂、拝啓側である彼等は、早々側とは意見が合わない。ほとんどが退出した会議室に残る影が四人。
「なんや三伏。自分が出ていかへんなんて珍しい。気でも変わったんか。」
つまらなそうにタバコに火を付ける早々が、敬具、残炎の他に会議室に残った三伏へ声をかける。三伏は返事をしない。だが、早々を見るその目は。
「ハッ。」
早々が嘲笑うように、しかし愉しげに嗤った。
数日後。
「そういえば、拝啓ってまだ帰ってないんだよね?」
これ…消費期限きれちゃうから、いいよね?歳末は周囲に同意を求めるように問いかける。
歳末の手の中にあるそれは。いつぞや菊花が拝啓のためにと選んだ高級なケーキだ。入梅が真っ先にいいと思う!と立ち上がる。ワクワクと人数分の皿を持ってくる入梅に、菊花は複雑な心境を抱きながらも、ケーキを無駄にするわけにはいかないのは事実だ。拝啓にはまた相応しい菓子を用意すればいいという気持ちで、給湯室へ向かう。
給湯室では、ケーキにあうお茶を見極めるためか、両手に茶葉の入った缶を持つかしこが缶とにらめっこしている。むむむ…と音が出そうなその様子に右。と言い放ち、菊花は人数分のカトラリーを取り出す。
「拝啓ってさ。結局どこまで行ったの?メールも返事ないんだよね。彼奴のことだから、充電切れてるだけかもしれないけど。」
あ、美味しい。ケーキを口に運びながら歳末が問う。本部に行ったって、厳冬さんが仰っていましたよ。歳末の問いに春風が返答する。本部かぁ。歳末が嫌なものを思い出す顔でしみじみという。
QAT北欧本部。QATのはじまりである、自警団があった場所。そうして祖と契約した異能の蛇が降り立った地。日本からでは移動に半日以上を要する場所。そんなところに拝啓がいるのなら、中々戻ってこないのも納得だと歳末は納得する。
「何か悪い思い出でもありました?」
歳末の表情を見て、春風が問う。歳末は、いやぁ…まぁ…と歯切れが悪そうにモゴモゴと口を動かす。歳末の反応に痺れを切らし、その肩に巻き付いていた深緑が口を開いた、その時。
「出動命令です。現在、南地区に異常異能者の通報が入りました。担当者は至急現場に向かってください。」
鳴り響くアナウンス。三伏が弾かれたように立ち上がり、オフィスを出ていく。歳末の、南は敬具達の担当じゃない!?という声は勢いよく開かれた扉の音でかき消される。三伏が向かってしまったため、菊花も立ち上がりその後を追う。歳末は、バタバタと嵐のように去ってしまった三伏と菊花に呆然とする。そうして、拝啓が一日も早く戻り、悪い意味で仕事熱心な彼等を諭してくれることを祈った。
「晩夏!」
異能で荒らされた工事現場。飛んできた鉄骨を躱し、三伏は土煙の奥に叫ぶ。三伏は、次に現れる異常異能者は晩夏であると決めつけていた。そうして、次のこそは、自分の手で。そう決意し、自分の担当ではない地区に急行した。
「はぁ?何?あぁ、QAT?」
晩夏のものではない、飄々とした青年の声がする。晩夏ではない!そう認識し、一瞬たじろぐ。その隙に飛んできた鉄骨が三伏を壁に叩きつけた。どうやら青年は、工事現場に積み上げられていた鉄骨を異能で操っているようだ。叩きつけられた三伏が鉄骨を押し返し、大きく息を吸う。続けて飛んできたコンクリートを、強化された拳で粉砕する。
「戦況は!」
菊花が工事現場へと駆けつける。異能による激しい衝撃で視界が悪い中。三伏の奥に立つ異常異能者の青年と菊花は、しっかりと目が合った。
その瞬間だった。菊花が何か思考するよりも先に、その体が前方に勢いよく引っ張られる。異能の影響を受けている!気づくよりも早く、青年が菊花の顔を殴りつける。青年は再度、菊花を殴りつけようと胸倉を掴み、ジロリと菊花の顔を見る。そうしてもう一発殴ろうと手をあげた時、三伏が青年の腹を蹴り飛ばした。青年は後方に吹き飛んだが、すぐ体勢を立て直し、異能で菊花を攻撃しようとする。
「させるか!」
三伏が叫び、一部の破れた土砂袋を投げつける。土砂袋から撒き散らされた土砂が砂塵を撒き散らし全員の視界を悪くする。青年の大きな舌打ちが響く。ビンゴだ。三伏が言う。三伏は、この一瞬の戦いの中で、青年の異能の発動条件に視界が大きく関わっていると気がついた。だからこそ、土砂を撒き散らし青年の視界を妨害することで、こちらを襲う異能の発動を食い止めた。だが、問題がある。視界がなければこちらも相手の居場所は判断できない。これは刹那の休戦。砂塵が晴れる前に次の手を考えなくてはいけない。三伏には、次の手が浮かんでいた。
「菊花、俺も巻き込んでいい!」
三伏の合図で二人は走り出す。菊花より三伏のほうが足が速い。砂塵の中から、先に青年の前に姿を現すのは三伏だ。青年は反射的に三伏を攻撃しようと動く。その隙を狙い、菊花が最大出力で一夜新霜、著瓦輕を発動させる。そうして、この青年を無効化する。それが三伏の作戦だった。
「ハッ、ばーか。」
青年が嘲笑うように、しかし愉しげに嗤った。
高速回転する鉄の棒が扇風機が巻き起こす風のように霧を吹き飛ばす。それが巻き起こす強風により菊花の異能は、青年に全く届かない。霧を吸い込まなければ効果のない菊花の異能では、このままでは為すすべがない。しかも、強風により良好になった視界と青年の異能の相性は抜群だ。三伏は青年が操る鉄骨や瓦礫を躱し粉砕することで菊花の援護にまで手が回らない。青年の殺意は菊花へと突き刺さる。菊花の身体能力では、青年の攻撃は避けられない。
「オラァ!」
三伏!菊花!無事か!?菊花が守りの姿勢をとった時、聞こえた叫び声の主は青年ではない。声の主は青年の頭上。青年の異能効果範囲外である死角から降ってきた男。炎を帯びたナイフを持つその異能者は、残炎だ。
「チッ新手かよ。」
炎を帯びたナイフが肩に掠ったのか、青年が肩を押さえ舌打ちをする。
「南地区は俺達の担当です。勝手なことをしないでいただけますか。」
更に頭上から声がする。残炎が降りてきたらしい場所に立つ敬具が、二回眼鏡を直しながら不愉快そうに言い放つ。
QATの異能者が四人。異常異能者が一人。どう見ても形勢逆転だ。
「舐めんなッ!」
だが、青年が叫ぶ。瞬間。四人が全員とも壁に打ち付けられる。いつ視界に収めたのか。驚くほどの早業に、全員が体勢を立て直す頃には、青年はもうその場にはいなかった。青年にとっても相当な異能酷使。だが、青年が彼等から逃げるには十分だった。
「取り逃がした!」
悔しそうに三伏が言う。待ってくれ、やばい。オレ肋骨折れてるかも。残炎が打ち付けた胸を押さえながら軽薄そうに言う。敬具は、不機嫌そうにそうですか。と言い放つが足からは鮮血が垂れている。菊花はというと、一番の重傷であり、痛む全身を庇いながら先ほどまで青年がいた場所をじっと見つめていた。
*
「くっそ!」
青年が蹴り飛ばした空き缶がゴミ箱にぶつかりゴミ箱を倒す。溢れ出た空き缶が転がっていき、一人の男の靴にぶつかりとまった。
2025/2/23 誤字を修正しました。