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六通目 大雨時行

「菊花!こっちこっち。」

 集合場所で、向暑が菊花の名前を呼び手を振る。菊花は、向暑と入梅に気付くと早足で近づく。向暑は、ボクの自撮り写真よく撮れてただろう?と近づいてきた菊花へ問う。菊花は無表情のまま微かに首を傾げ、そして先程消した写真を思い出した。

「消した。」

無慈悲な菊花の一言に、向暑がえぇ!と驚嘆の悲鳴を上げる。周囲の人の視線を集めるその大きな声に入梅がアホくさーと間延びした声で呟く。向暑の折角よく撮れたんだよ!と言う抗議を菊花が完全に無視している。

「ん?」

 ふと入梅が振動した自身の携帯電話を取り出す。メッセージの通知を知らせ、携帯電話のライトがピカピカと点滅している。ロックのかかっていない入梅の携帯電話はすぐに開き、そこには春風からのメッセージが映し出された。

「なぁ。情報なかったら今日は直帰でいいって。菊花は三伏と何かなかったのかよ。」

 入梅の言葉に、向暑に文句を言われ続けていた菊花が、向暑を押しのけて返事をする。

 内容としては、オヤジ狩りをする異常異能者がいたこと。被害者は非異能者であり、異常異能者の不審死との関連性はないと判断したこと。異常異能者は三伏がさっさと捕らえ、留置所へと連行途中なこと。その間、自分が一人になるため、菊花は向暑達と合流しに来たこと。等を簡潔に話した。

 それを聞いた入梅は、情報なし。と判断し、春風へ直帰をすると報告をした。


*


「全く。オヤジ狩りなんてつまらないことをするからだ。」

 三伏が留置所へ連行途中の異常異能者へと小言を言っている。三伏の強さに恐れ慄いている男は従順で、大人しく三伏の後をついて歩く。三伏は続ける。そもそも、なんでこんなことをしようと思ったんだ。ただ純粋に金に困っているのなら、

「QATにくればいい。」


 そう、三伏が振り返った時だった。眼前の男の身体は踊るようにひしゃげた。それだけではない。折れ、曲がり、まるで巨人の手に握り潰されたかのように、ただの肉塊へと変わった。目を見開く。破裂した肉から噴き出した血が、三伏の頬や周囲にこびりついた。放心する三伏はすぐにこの惨劇を引き起こした犯人を捜すため、周囲を見渡した。これはどう見ても異常異能者の不審死だ。犯人は、まだ近くにいるはず。


「QATは、二人一組が基本だ。僕は、それをお前に教えたはずだが。」

 それを、一人で。異常異能者とウロウロと…危ないだろう。三伏。

 名を呼ばれ、ハッとした三伏が声のした方を見上げる。頭上に、宙に浮かぶように立っているのは。禍々しく渦巻いた赤い瞳を持つ男。

「晩夏!」

 三伏が怒号を放つ。脳が判断するよりも早く、身体強化をした体で壁を蹴り、異能によって宙に浮かぶ晩夏に斬りかかる。三伏の刀を素手で受け止める晩夏の手には三伏の重さ(ちから)も、刀の鋭利さも届いてはいない。

 重力操作。それは、晩夏の持つ異能『大雨時行(たいうときどきふる)』の力。地球上の重力を意のままに操る最強の異能。その力を持つ晩夏に、当然三伏の刃は届かない。三伏はそのまま、重力操作によって地面に打ち付けられる。

「何故殺した!」

 地に伏そうとも即座果敢に立ち上がり、叫ぶ三伏。

 異常異能者の不審死は、異常異能者集団による意にそぐわない異能者への粛清だと考えられていた。だが実際、晩夏は今殺した異常異能者と一切の会話をしていない。目的は別にある。三伏はそう確信した。晩夏は感情の読めない表情のまま、目をそらし答えようとしない。まるで三伏の言葉が聞こえていないかのように振る舞う晩夏に、三伏は怒りを募らせる。

「質問に答えろ!」

怒り、いまだ立ち向かってくる三伏に晩夏は一つ大きなため息をつく。巨大な生物の呼吸とも思えるようなそのため息は、重力となってのしかかり、三伏の体に立ち上がれないほどの負荷をかける。こんなもの、常人ならば諦めるだろう。人が決して敵うことのない異能(ちから)に身を委ねるだろう。だが、三伏は、強化したその身体で抗い立ち上がる。その青い瞳は、怒りで燃えている。

「お前は何も知らなくていい…。」

 だが、三伏の怒り虚しく、晩夏がさらなる重力で三伏を地に押さえつける。三伏のうめき声。何故か悲痛に歪めたような表情をする晩夏。三伏がもう立ち上がらないことを視認すると踵を返し、晩夏は、その場を立ち去る。

「待て!晩夏ッ。」


 三伏はすぐに、晩夏の重力圏から解放されたが、それは同時に晩夏が三伏の追えないほど遠くへ立ち去ったことを意味している。

 怒り、失望、悲痛。三伏の中に様々な感情が渦巻く。眼前には、無残に殺された男の死体。異常異能者の不審死の原因は晩夏だった。三伏は改めてそう理解する。

 晩夏が理由も告げずQATを裏切って以降、三伏は長い事その足取りを掴めなかった。だが、親を亡くした子供達の住む場所で出会い。兄のように慕い、師のように憧れてきた晩夏が今、異常異能者として人を殺した。この事実はもう二度と変えることはできない。

 頬を伝う雫を三伏は乱暴に拭う。思い出に縋りたくなる弱さを捨て去る。枯れた瞳には、一つの決意だけが残った。


 三伏が勢いよくオフィスの扉を開く。みんな帰ってしまったのか。オフィスに残る人影は厳冬のみだった。厳冬は手に持っていた過去の事件が管理されたファイルから視線を上げ、ゆっくりと三伏へ振り返る。三伏は一直線に厳冬へと歩み寄り声を上げる。

「犯人は晩夏です。」

決意と確信のこもった言葉。厳冬の眉がピクリと動く。厳冬はファイルを棚に戻し、棚の鍵を閉める。三伏は厳冬の返事を待ち、その一連の動作を凝視する。

「それは違う。」

 否定。三伏は驚愕する。三伏には、厳冬が三伏の言葉を否定する根拠がわからない。三伏は、確かにこの目で晩夏が異常異能者を殺すところを見たのだと熱弁する。それは会話のない無意味な殺人で、犯人は集団ではなく晩夏だと。異常異能者の遺体も、QATの研究所に回収してもらった。証拠は十分にある。三伏が何をどう言おうと、厳冬は険しい表情で三伏の主張を否定する。

「その理由は!」

 苛立った様子で三伏が厳冬に詰め寄る。正当な理由がなければ納得できない。三伏のその様子に厳冬は静かに口を開いた。

「晩夏だけでは、()()()()()()。」

何?三伏は眉間にシワを寄せる。厳冬の発言は明らかにおかしい。数が合わない?それではまるで晩夏が殺した人の数を厳冬が把握しているようだ。三伏は再度、厳冬の顔を見る。その瞳孔は蛇のように細く、三伏を捕らえる。その目と見つめ合った瞬間。背筋に悪寒が走った。まるで蛇に睨まれた蛙だ。三伏は必死に、厳冬へ何か抗議をしようと口を開くが、その喉はひゅーひゅーと風を通すばかりで(こえ)にならない。

「今日はもう帰れ。顔色が悪い。体調が悪いなら、明日は来なくていい。」

 厳冬が労うように三伏の肩に手を置き、そして立ち去る。やっと動けるようになった三伏が振り返っても、当然のように厳冬はいなかった。三伏はギュッと強く目を瞑り、そうして深く深呼吸をする。

 厳冬も、信頼できない。俺は俺で晩夏について調べる必要がある。そう決意をし、三伏は帰路へとついた。


「最近の、異常異能者(ブラックリスト)の活動についてですが。」

更新は最低二週間に一回ペースです。

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