五通目 鷹乃学習
「近年。異常異能者の不審死が相次いでいる。」
並べられた菓子と共に淹れられた紅茶を手に取りながら、深刻そうな様子で厳冬が口を開く。周りで菓子を食べていた各々の視線が一斉に厳冬に向いた。厳冬は紅茶を一口のみ、それを机に戻すと再び口を開く。
「被害は関東地方に固まっている。よって、QAT関東支部で対処をすることとなった。」
これは、ボスの決定だ。厳冬の言葉に視線を向けていた全員の気が引き締まる。
厳冬の語る事件の詳細こうだ。
関東地方、主に都心で相次ぐQATブラックリストに載っている異常異能者の大量な不審死。その全てに異能で殺された跡があるという。
拝啓はこの事件を異常異能者のネットワークを管理する集団による、自身らに賛同しない異常異能者狩りと考えている。QATに所属せず、組織的に守られていない異常異能者は、当然周囲の脅威になるが、同時に身を守る術も少ない。よって、賛同を得られないことに不満を抱いた集団に狩られているのではないかという。
異常異能者も人間だ。関西支部の早々は納得しないだろうが、拝啓は異常異能者といえ、誰にも殺されてほしくないと願っている。
「ボスが現在、緊急で会議に出席しているのもこの件が原因だ。」
我々のやるべきことは、一日も早く、異常異能者のネットワークを管理する集団を解体し、この問題を解決すること。厳冬の言葉に全員が頷く。
QATの任務は、二人行動が基本。これは、片方の異能が暴走した際、もう片方がその処理をするためだ。厳冬が、調査の為のコンビを読み上げる。
調査メンバー。
菊花、三伏。
入梅、向暑。
敬具、残炎。
前略、新秋。
待機メンバー。
かしこ、花冷。
白露、紅葉。
春風、余寒。
歳末、深緑。
拝啓、厳冬。
以上。
厳冬の読み上げを聞いて、向暑が不思議そうな顔をする。早々さんは?その問いを持った数人が回答を待ち、厳冬に視線を向ける。あの人とは連絡が取れない。淡々という厳冬に周囲にまぁそういうことだろうと思った。と言わんばかりの空気が流れる。三伏がおもむろに立ち上がり、緩んでしまった空気を切り裂く。
「見回りをしてくる。行くぞ、菊花。」
三伏の言葉に、菊花もわかった。と立ち上がる。机の上の菓子を手に取りながら、二人の背中を見送る歳末が、二人揃って真面目だね…。とやや呆れたように呟いた。残ったメンバーは菓子休憩を再会させながら、各々が異常異能者の不審死について思案をはじめる。
「当てはあるのか。」
路地で足元に絡んできた黒い野良猫を撫でる三伏に菊花は問う。三伏は黒猫から視線をそらさずに、原因は晩夏だと思う。と呟く。
晩夏。菊花は思案する。以前早々が三伏を煽る時にも出していた名だ。菊花も面識はあるにはある。だが、あの頃の彼は組んでいた三伏以外と会話を交わすことがなく、菊花としては印象が少ない。拝啓や歳末から、強力な異能者であるということだけは伝え聞いていた。
「晩夏の異能なら、人を殺すことなんて容易い。」
相変わらず、黒猫に視線を落とす三伏の顔は、菊花には見えない。そいつのことで仕事に集中できないなら辞めたらいい。ふと放たれた菊花の言葉に三伏が何…?と怪訝そうに振り向く。菊花は続ける。誰かを傷つけたならもう犯罪者だ。そういう人間だったんだろう。
「黙れッ!」
その言葉を聞き、突然三伏が菊花の胸ぐらに掴み掛かる。三伏の大声に怯え、黒猫が逃げていく。君に晩夏の何がわかる。何も知らないくせに。何も…ッ!三伏が激昂する。菊花はそのまま強く壁に押し付けられ、苦しそうな表情をしながらも、知っていたところでなんだ。と吐き捨てた。菊花が更に続けようと口を開いた、瞬間。
「ヒィィ!やめてくれっ!」
それを遮るかのように、すぐ近くの路地裏から男性の情けない悲鳴が響く。奥からだ。三伏は咄嗟に菊花を離し、声のする方へと走る。解放された菊花は、軽く咳き込んだが、すぐに三伏を追いかける。
「何してる!」
一足早く悲鳴の元へついた三伏の声が、菊花にも聞こえる。辿り着いた菊花の視界に飛び込んできたのは、手に炎を宿らせる若い男が中年のサラリーマンを脅している様子だった。
所謂、オヤジ狩り。カツアゲ現場だ。普通なら一般の警察に任せたいところだが、これが現行犯であることと、オヤジ狩り犯が異常異能者であることから、QATの管轄なのは一目瞭然だ。
オヤジ狩り犯の男は、三伏達に気づくと即座に攻撃を仕掛けてくる。だがしかし、先程の菊花とのことでイライラしていた三伏による腹部への強打、俗に言う腹パンでオヤジ狩り犯は呆気なく壁際へと吹っ飛んだ。
三伏のこの破壊力は、三伏の異能である『鷹乃学習』による身体強化によるものだ。一撃で壁際まで吹っ飛んだ男に自身よりも強い存在に抵抗する気力はなく、ごめんなさい…許してください…。と呻いている。
「ブラックリスト入りだな。留置所に連行する。」
菊花が三伏に捕まるオヤジ狩り犯を見ていると、サラリーマンがひぇ…とこれまた情けない声を上げながら、へっぴり腰で逃げ去っていく。あのサラリーマンからすれば、自身を助けてくれた三伏も、異様な力を使う恐怖の対象に変わりはないようだ。
その様子を見た菊花は自身の幼少期を、また以前拝啓に言われたことを思い出していた。異能者とは、他者とは違う。どんなに正しく使おうとその力が疎まれることは当然ある。
拝啓は、特にそのことを嘆く必要はないと言った。人が人と異なる力を持っていることは、当たり前なんですよ。だからこそ、人は得意不得意を組み合わせ助け合えるんです、と。優しい笑顔で、幼い菊花の頭を撫でた。
「菊花。俺は留置所に行く。君は、向暑達と合流してくれ。」
あと、さっきは悪かった。三伏がそっぽを向きながら菊花にそう声をかけ、拘束したオヤジ狩り犯を小脇に抱える。軽々と担がれ、うっすらと悲鳴を漏らしているオヤジ狩り犯を見ながら、菊花はわかった。と返事をする。
菊花が向暑に今何処にいるかと連絡をする。すぐにこの近くだと周囲の写真とキメ顔の自撮り写真が送られてくる。菊花は、向暑の自撮り写真を連絡用ツールのトーク画面から削除しつつ、周囲の写真を目印に足早に歩を進めた。
*
薄暗い高架下。ガラの悪い屈強な男達が倒れる中心に、一人の青年が立っている。
「ざっこ。もう終わりとか。」
つまらなそうに吐き捨てる青年が、自身のスマートフォンを取り出す。待ち受けには、青年とは違う男を盗撮したであろう横顔の写真。
「待っててね、ボス。」
ニヤニヤと笑う青年が高架下の暗闇へと消えていく。
更新ペースは最低でも二週間に一回です。
高評価、感想などをいただけると励みになります。