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二通目 裏切り者

 「そ、それにしても……。」

 談笑していた菊花と春風に、オドオドとした声音で、声がかかった。

 二人が振り返れば、そこには事務員の女性、かしこが立っていた。

 その手には、二人の分らしい珈琲が乗ったお盆を持っている。

「異常異能者……増えてきましたよね。」

 怯えた様子で言うかしこに、そうね。私達も忙しくて大変だわ。と春風が優しく肯定する。

 かしこは、二人へ珈琲を差し出しながら、でも……と続ける。

「わたし、あの人のほうが怖くて……。」

 チラリと、かしこが向けた視線の先には、早々が座っている。

 早々が周囲と揉めだすたびに、逃げるように別室へ移動しているかしこが、早々を恐れているのは周知の事実だ。


 近年。関東地方を中心に異常異能者の勢いが増している。

 一説によると、関東には異常異能者……あるいは実行に移しておらずとも、その異能でいつか他者を害したいと強く思う人々を束ねる、裏のネットワークがあるらしい。

 そのネットワークを束ねているとされている人物は、かつてQATに所属していた裏切り者だという。

 異常異能者から人々を守るというQATの理念、そして裏切り者の存在。

 QATとしても、この集団のことは、放ってはおけない懸念事項となっている。

 だからこそ、態々実力が確かな他の支部の代表を関東支部に招いているのだ。


「腑抜けの関東支部のためにワイが来とるんやろ。感謝せえよ。」

 かしこの視線に気づいていた早々が話に割り込んでくる。

 途端に菊花が眉を顰めたため、一瞬早々と菊花の睨み合いが起きる。

 だが、早々はすぐにかしこへと向き直り、茶。と端的に言い放つ。

 かしこは、は、はい!と返事をし、慌てた様子で給湯室に消えていく。


「そういや、関東支部にも一人裏切り者(うらぎりもん)がおったな。晩夏(ばんか)とかいうたか。彼奴はちゃんと殺したんか?」

 ニタニタと笑う早々の視線の先は、目の前にいる菊花でも春風でもない。少し離れた席で作業をしていた三伏へと向いている。

 三伏は、その言葉が自分に向けられたと気づくや否や、今にも斬りかかると言わんばかりの鋭い目つきで早々を睨みつける。

 憎悪と怒りの籠もるその視線に、早々が身を乗り出したとき、その間に春風が割って入った。

「早々さん。三伏くんが元々晩夏さんと組んでいたのは知っているでしょう?あまり意地悪を言わないでくださいね。」

 春風の言葉に早々は、どいつもこいつも甘っちょろい事を言ぃなや。と嘲笑する。

 早々は、どかりと近くのソファに座ると足を組み、タバコに火をつける。

 先ほどよりも明らかに悪い雰囲気に、給湯室から戻ってきたかしこがオドオドと慌てている。手には早々に命令された緑茶が準備されているが、渡しに行く勇気はまったくないようで、キョロキョロと泳ぐ視線が春風や菊花に助けを求めていた。


「せやけどなぁ!ジブンもようわかっとんやろ。どないしたらええか。」

 空気を読まず、早々が更に三伏に喧嘩を売るように声を荒げる。

 が、そこに、突如バタバタバタ!と大きな足音が鳴り響いた。

「春ちゃん!菊花ぁ!今日のオヤツは!」


 大きな足音で駆け込んできた低身長から放たれる大声が、早々の言葉(嫌味)を吹き飛ばす。

 ピンク色のツインテールをした少女が、ぴょんぴょんと長い髪を揺らしながら春風に抱きついた。

「あらあら、(うめ)ちゃん。もうそんな時間ね?」

 春風はそんな少女を梅ちゃんと呼び、優しく頭を撫でる。

 少女の名は入梅(にゅうばい)。春風の実妹であり、このQAT関東支部に所属する異能者だ。

 おやつを問う入梅に、シュークリーム。と菊花が端的に答える。

 とある事情により、QAT関東支部の菓子休憩事情は、一般の調査員でありながら菊花が握っている。


 「敬具!残炎!出んで。」

 菓子休憩が始まると知り、入梅の乱入で話を遮られていた早々が、途端に不機嫌そうな様子で敬具と残炎を呼び付ける。

 早々は甘いものを嫌っており、普段からこの時間には自身が気に入っている職員である敬具と残炎を引き連れて外食に向かう。


「オレが運転します?」

 アホ抜かせド下手くそ!ハンドル握ったらいてまうで!

 残炎の提案に、早々は、残炎の腹を強めにどつき怒鳴る。


 早々がこんなに怒るのも理由がある。

 以前、何も知らない早々は残炎に車を運転させたことがあるのだが。実のところ残炎は、それはもうとんでもなく車の運転が荒い。これは、関東支部の人間ならば周知の事実だ。


 しかし、当時。関東支部に来たばかりだった早々は、そんなことを知らなかった。

 その為、当たり前のように残炎にハンドルを握らせた早々は、相当酷い目にあったようだ。

 それ以降、早々は絶対に残炎に車のハンドルを握らせようとしない。


 早々の渾身のどつきに悶えながら、残炎は二人に遅れないようにオフィスを出ていった。


 やっと面倒くさい人がいなくなったな……。誰もがそう言いたげ……正確には、手に持った緑茶の行き場を失ったかしこ以外がそう言いたげな雰囲気だ。

 菊花は、菓子休憩のために設置されている冷蔵庫から、シュークリームの箱を取り出す。ブランドのロゴが丁寧に印刷された箱は、ほんの少し角がよれている。

 菊花はすぐに、朝、自分が買ってきたときよりもやけに軽い箱の違和感に首を傾げる。

「これか!美味くてさっき二個も食べちまったよ。」

 菊花の手元を覗き込んだ入梅の言葉に、空気が固まった。

 早々が周囲に喧嘩を売るときとはまた違う固まり方だ。

 それもそのはず。菊花は毎日のおやつをきちんと人数分用意している。真面目で几帳面な菊花が人数分といえば確実に人数分なのだ。入梅がシュークリームを二つもつまみ食いした時点で、誰かの分が足りないということになる。

「数が足りないのか?んじゃあ、拝啓の分もらうぜ!」

 ダメだ。菊花が静かに、しかし間髪入れずに。はっきりと、通る声で言う。

 シュークリームに手を伸ばしていた入梅は、目を丸くして菊花を見上げる。

 そんなに怒んなよ……。叱られた子供のような顔をする入梅に菊花が引くことはない。


 それもそのはず、そもそも菊花がこの菓子休憩を管理しているのは、甘いものに目がない拝啓のためだからだ。

 拝啓は、誰もが認める人格者だ。入梅が菓子を強請れば快く了承してくれるだろう。しかしそれでは、拝啓のために早朝から人気店に並び、休日も有名菓子店のSNSのチェックをかかさない菊花の努力が無駄になる。

 菊花としても、それは納得がいかなかった。


「折角、早々から助けてやったのに。」

 完全に不貞腐れた入梅がそうこぼす。

 どうやら先ほど入梅が早々の話を遮ってやってきたのは、わざとで、入梅なりの気遣いだったらしい。

「頼んでない。」

 だが、そんな入梅を菊花は突っぱねる。二人のその様子に春風が困ったように菊花に言う。

「ごめんなさい、菊くん。でも、お菓子が足りないのは事実でしょう?」

 これから、梅ちゃん達とボスの分のお菓子を買ってきてくれないかしら。勿論、経費で落とすから。

 両手をあわせて菊花に懇願する春風と、ちらちらと菊花を見上げる入梅。姉妹に囲まれた菊花は不服そうに、だが観念し、とても大きなため息とともに言葉を発す。

「わかった……。」


 「というわけで、入梅と菊花とボクでオヤツを買いに行くんだね?」

 陽気な声で男が、入梅と菊花に確認をとる。


更新は遅くても二週間に一話のペースです。筆がのればその限りではありません。

関西弁は変換サイトを使用しています。

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