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十七通目 ただ一つの光

*


 サラサラ……サラサラ……。絶えず何かが流れる音。

 どん……どん……。一定間隔で何かが打ち付けられるような音。

 そのどちらもが、耳を覆うように塞いだ時のような、優しく……くぐもった音をしている。

 穏やかで、暖かな場所。目を瞑っているのか、視界を支配する暗闇すらも心地良い。

「夢……?」

 声は出ない。だが、確かにそう発音した。

 目を開ける。しかし、視界は真っ暗闇のままだ。

 瞬き。変わることはない。

「……?」

 いや、暗闇の中で誰かの喋り声がした。ぼんやり、ぼんやりと周囲が明るくなる。

「晩夏……?」

 ()()は、暗闇で浮かび上がる人物に声をかけた。


「一人で遊んでるの?一緒に遊ぼう。」

 幼い少年が眩しい笑顔を浮かべ、壁際で蹲る少年に声を掛ける。

 ここは、自分のいた孤児院だ。客観的にその光景を見ている三伏は思い出す。

 この孤児院は、ギフトによって両親を失った子供が集まる場所であり、三伏も晩夏もその一人だった。

 お互い、両親の顔を覚えてはおらず、愛され、望まれた記憶も思い出せない。ただ大きな力に、大事なものを引き裂かれてしまったのだと、そのことだけを理解している。

 そして、その大きな力は自分達にも備わっている。その事が、引け目を感じさせ、それを周囲は察知し、疎む。

 愛嬌があり、コミュニケーション能力も高い三伏はまだマシだったが、常に暗い顔をしており、無表情で人との会話を苦手とする晩夏へは、仲間外れの代表と言ってもいいほど顕著だった。

 そんな晩夏を、三伏は見つけ、声をかけた。

 窓から差し込む日に照らされ、キラキラと輝く金髪は。(晩夏)の人生にはじめて差し込んだ光だったことを、三伏は知らない。


「今日は冷える。此方に。」

 寒い冬の日。資源の乏しい孤児院の薄い毛布に包まった幼い三伏を、晩夏が呼ぶ。

 三伏は嬉しそうに晩夏の毛布に入り込み、冬を偲ぶ動物達のように、二人は、互いを抱きしめて眠りにつく。


 懐かしいな。夢とは言え、久々に聞く晩夏の優しい声に、三伏は目を細める。

 自分達の仲は、決して悪くなかったはずだ。なのに何故、晩夏は自分を置いて、何も言わず、無断で、組織を裏切ったのか。

 もし、一言。たった一言でも。自分に理由を告げてくれれば、今も隣で笑い合えていたかもしれないのに。


「貴方達は本当に仲良しね。」

 優しかった学校の先生の声。

 晩夏と三伏には、六の年の差がある。三伏が小学校一年生の時、晩夏は六年生だ。だが、異能者として小中一貫校に通う彼等は。晩夏が中学を卒業する日まで、手を繋ぎ、共に登下校をしていた。周囲から見ても、彼等はそれほど仲が良かった。


「ほら、お前が通ってた高校に受かったんだ。」

 中学の制服に身を包んだ三伏が、合格と書かれた紙を嬉しそうに晩夏へと見せる。

 おめでとう。と晩夏が柔らかな微笑みを見せる。

「制服、くれてもいいぞ。余らせてるだろ。」

 嬉しそうな三伏に、ズボンが余ると、晩夏が冷静に却下する。

「なっ、これから伸びるからな!なんなら、背ぐらい抜いてやる!」

 晩夏に対抗してはしゃぐ自分に、三伏はこんなこともあったなと思い出す。

結局は、百九十センチ近くまで、大きく伸びた晩夏を三伏の背が追い抜かすことはなかった。


「お互い社会人になっただろ。……一緒に住まないか。」

 短大の卒業式の帰り。三伏が座っているのは、晩夏の運転する車の助手席。

 三伏は、おずおずと晩夏に聞いた。三伏はじっと晩夏の返答を待っている。

 何故か緊張している面持ちの三伏に対して、晩夏は随分あっさりと、構わない。と答えた。しかし、その晩夏の表情は、何処か嬉しそうで、三伏も嬉しくなったのを覚えている。


 晩夏に、肯定されれば嬉しい。否定されれば悲しい。晩夏と、兄弟のような強い絆で結ばれていたはずの三伏にとっては、それが全てだった。

 そう、三伏にとっては。晩夏は違った。だから現状がこんなことになっている。同じ気持ちだと信じていたのは、三伏だけだった。

 だが、違うなら、せめて対話で幾らでもわかり合う機会はあったはずだ。違うのだと。ただ一言言ってくれれば。なのに。


 三伏の悲しみに呼応するように、暖かで穏やかな■■(ゆめ)は終わりを告げ、三伏は■■(現実)に目覚めた。

 時計を見れば、朝の四時。

 起きるにはまだまだ早い。だが、二度寝の気分にもなれず、三伏はベッドから起き上がる。

 カーテンのすき間から、登るのが早い夏の太陽が、うっすらと夏空を照らしはじめているのが見える。

 三伏は棚の上に置かれた、伏せられた写真立てを手に取る。

 三伏の高校の卒業式。校門の前。卒業式の看板。先生にカメラを渡し、晩夏と共に写った一枚。

 三伏は、自分以外誰もいない部屋で項垂れる。晩夏が帰ってこなくなった日から、何も変わっていない。何も進んでいない部屋。

「晩夏を知らないのは、俺もか。」

 悔しくて、歯を食いしばる。枯れた涙はもう流れなかった。


*


「晩夏は、俺が殺します。」

 オフィスにつくなり、三伏は宣言する。

 目の前で煙草を吸っていた早々がほう?と煽るように聞き返す。

「他の誰かに奪われ(殺され)たら、許せないと思うので。」

 何度も決意を固めた青い瞳が、鋭く輝く。


「花冷探すぞ!!!」

 三伏の話を聞いていなかった入梅が、向暑の腕を引き走り去る。オフィスのすぐ外でバタバタ!ドン!と大きな音が鳴り、余寒が転んでいませんかね……。と確認のため外に出ていく。

 突然の騒音に、さっきまで真面目すぎる表情をしていた三伏はポカンとしている。

「外で入梅くん達と会いましたが、何かありましたー?」

 オフィスの扉がまたすぐに開き、入れ替わるように拝啓が入ってきた。転んでいませんでした。と報告する余寒も一緒だ。


「拝啓さん。」

 そんな拝啓に春風が近寄る。拝啓が静かに向き直る。

「花くん……花冷の居場所がわかりました。」


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