表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/33

十三通目 虹始見

 己の正面と背後で兄弟の妙なやり取りが行われていると、拝啓は露も知らない。呑気に、立っているのもなんですしー。と藤花達をソファへと誘導しようとする。

 そこへ更に扉が開き、新たな人物がやってきた。


「なんで拝啓が帰ってきてん。」

 その人物は早々だった。その第一声で早速、拝啓に吐き捨てるように文句を放つ。

 それにより、菊花の眉間のシワが更に濃くなった。

 一方、藤花はというと、今まででは考えられないほどの満面の笑みとなり、ボス!と早々に駆け寄った。

 その様子はよく懐いた猫のようだ。だが、早々は即座に寄ってきた藤花の頬を殴りつける。

 そのまま倒れ込んだ藤花を蹴り上げようとした早々の脚を、瞬時に拝啓が横から蹴ることで、その暴行を止める。

「早々くん。ここは関東。おれの管轄です。暴力はやめてくださいねー。」

 穏やかだが有無を言わさない声音。

 拝啓に蹴り飛ばされ痛む自身の脚をチラリと見てから、早々は舌打ちをし、共用のソファにドカリと座る。

「ほんま、帰ってこんでええっちゅうに。」

 早々がグチグチと文句を垂れる。

 それを他所に白露が、早々に殴られた倒れた藤花を手当てしようとした。が、藤花は白露を押し退けるように起き上がると、白露を無視し嬉しそうな表情で早々の座るソファの横に座った。

 菊花は、藤花のその様子を見ながら、どれだけ彼奴(早々)のことが好きなんだ。と呆れた目を向けている。

「キミ達に確認をしたいんですが、今回の件(不審死)。彼は無関係という認識で良いですかー?」

 拝啓の真面目な問い。

 当たり前やろ。と早々は拝啓を煽るように言い放つ。

 お前の慧眼も鈍ったものだと言いたげな声音だが、拝啓は早々の煽りを全く相手にしない。

 極めて冷静に。わかりました。と一言告げる。

「念の為ですが、敬具くん。」

 ムスッとした様子で、名前を呼ばれた敬具が拝啓の元へやってくる。

 彼等が嘘を言っていないか、確認をお願いします。

 拝啓の言葉で、敬具は不服そうに眼鏡を外す。敬具の黄色い目が藤花と早々を射抜く。


 『虹始見(にじはじめてあらわる)』それは人の心を見抜く異能。

 それにより、敬具には如何なる嘘や隠し事も通用しない。

 だが、普段の敬具は眼鏡を着用し、その異能を抑えている。見えすぎることに良いことなどないと、敬具はよく知っているからだ。

 勿論。他の異能と同様にギフトに通用する異能ではない。故にギフトの思考などは読めず、敬具自身はもっと戦闘に特化した異能が欲しかったと常々考えている。


「彼等の言葉に嘘はありません。そもそも、拷問もはじめから俺にやらせればいいんじゃないですか。」

 手柄を立てたい敬具が、眼鏡を着用し直しながらそう零す。

 駄目です。即座に拝啓が拒否する。その言葉に敬具が不機嫌そうに拝啓を睨んだ。

「俺が心配なのかなんなのか知りませんけど、そうやって、中途半端に身内面するのやめていただけますか、叔父さん。」

 叔父。そう、敬具は拝啓の姉の子息であり、幼い頃から拝啓のことは姉から聞いていた。

 正義に生きるが、何処か空っぽな男だと。強い力を持った機械的な善良は冷たく恐ろしい。

 敬具の母は、いつも(拝啓)のいい話をしなかった。

 母の嫌悪と異能を用いても拝啓の心の内が読めないことが相まって、敬具は拝啓を酷く嫌っていた。

 早々が来てからは、拝啓を生温いと称し、より一層嫌悪が深まったように感じる。

「いいえ。敬具くん。キミでは役不足なだけですよー。」

 呑気な顔をした拝啓。敬具の顔が一段と険しくなる。

 こういう歯に衣着せぬところも気に食わない。いいや、歯に衣着せられようが気に食わない。結局、どうしようと敬具は拝啓を嫌っている。

 表情がどんどんと険しくなっていく敬具に対し、歳末だけが自席からわかる……と言いたげな視線を送っている。

 拝啓の元相棒である歳末もまた、拝啓の正義とは相反する()()()をよく知っていた。


「和気藹々としてるとこ悪いんだけどさ。」

 拝啓達のやり取りを静かに聞いていた前略が口を挟む。

 全員の視線が前略へと向く。前略は、周囲の視線を集めたことを理解し、高らかに宣言する。

「結局この話ってさ。晩夏くんを追うしかないってことだよね?」

 オフィス内、特に三伏に緊張が走る。

 前略がそうだよね?と言いたげに三伏を見る。

 三伏は意を決したような顔をして、拝啓に呼びかける……呼びかけようとした、のだが。

 その言葉は、拝啓がパンパン!と手を鳴らしたことにより遮られた。

「おやつ休憩を取りましょうか。」

 拝啓の言葉で菊花が勢いよく動き出す。

 いくら異能で治したとは言え、病み上がりだというのに、その動きには一切の疲労が見えない。

 敬愛する拝啓の為ならば何でもする。それだけが菊花の原動力となっている。

 一方、話を遮られた前略は一瞬だけつまらなそうな表情をする。

 だがしかし、すぐにいつもの笑みに戻ると、今日は早々さん(兄貴)について行っちゃおうかな。と甘い香りから逃げるようにオフィスを出る早々達の後を追った。

「今日はいい時間ですから、これが終わったら帰りましょうかー。報告書は後でください。」

 拝啓が全体に、特に三伏を諭すように優しく声を掛ける。三伏は、静かにわかりました。と頷いた。


 そのタイミングで、苺がふんだんに使われたタルトを二つ持った菊花が戻って来る。

 片方は丁寧に人数分に切り分けられ、もう片方は丸ごと拝啓の分として振る舞われる。その動きに迷いはない。

 極度の甘党で、大食いの拝啓はそれを何の疑問もなく受け取った。

「そう言えば、拝啓。これ…。」

 歳末がこっそりと拝啓に一枚のレシートを差し出す。

 それはいつぞやの高級ケーキ。結局、このケーキを拝啓が食べることはなかった。

 だが、歳末はあの時、向暑と話していたようにこのケーキの代金は絶対に何があろうとも拝啓に請求する気でいた。

 拝啓がレシートを受け取り、その内容を読む。これは?という問いに歳末は菊花に聞こえないように事情を説明する。

「嫌ですよ、おれは食べてないですからー。」

 正論だ。歳末は言葉に詰まる。

 しかしすぐ、でも菊花の自腹になるところだったんだよ!と小声で拝啓の説得を続ける。

 菊花をそんなことをするような子に育てた拝啓にもいくらか責任があるんじゃないかと言いたげなジトッとした視線。だが、拝啓は全く動じない。

「で、このケーキは美味しかったですかー?」

 拝啓はレシートを手放し、のらりくらりと歳末の説得を躱す。

 それどころか。中年になり、体重が気になりはじめてきた歳末のお腹を人差し指でぷにぷにと突いた。

「ちょっと!やめてよ!」

 歳末が跳び上がる。そのやり取りに、流石に向暑や入梅が何をしているんだと言いたげな顔を向ける。

「キミも鍛えたほうがいいですよ。」

 拝啓が楽しげに歳末をからかう。

 ぼくはもう前線で戦わないからいいの!と歳末が逃げるように拝啓から距離をとった。拝啓がどうですかねー?と不敵に笑う。

「またおれの隣で戦ってもらうことがあるかもしれませんよー?」

 愉しげで意地悪な声音。歳末が反射的に無理!と言葉を放つ。


 歳末と組んでいた時の拝啓の戦闘スタイルは、民間人に多くの被害が出かねないほど強烈だった。

 そのため、若かりし頃の拝啓は、歳末の異能『水沢腹堅(さわみずこおりつめる)』に目をつけた。

 拝啓が歳末を相棒としていたのは、自分の異能が民間人を傷つけないようにという理由。

 強力な結界を張るその異能は、力加減が苦手な拝啓にとって、喉から手が出るほど欲しい異能(相棒)だった。


 結果。当時の歳末は、拝啓に散々振り回された。

 そんな過去を思い出し、歳末は身震いする。

「だいたい、もうぼくら四十二なんだから引退しようよ!」

 歳末の悲痛な叫びがオフィスに反響した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ