表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/33

十通目 雷乃発声

「来た。」

 物陰から様子を伺う前略が小声で言う。前略の視線の先には、異常異能者の青年がいる。

 片側の頬が腫れ、痛みを誤魔化すように片腕を押さえる様子は、前略が想像していたよりも満身創痍だ。菊花達四人から逃げ切ったという割には、怪我や服にこべりつく血液が多いように見える。

 菊花もそれを疑問に思ったのか、一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに任務の遂行へと意識を向けた。


「また会ったな。」

 菊花が青年の前に立ち塞がる。

 勿論、視界に収めた対象を自在に操る青年の前にノコノコと顔を出すのは愚策。

 青年の前に現れた菊花は前略の異能『蒙霧升降ふかききりまとう』によって映し出されている幻覚だ。

 現に青年は、菊花を異能で壁に打ち付けようとしたが失敗した。

 感の鋭い青年は、菊花が幻覚だとすぐに気付くと舌打ちをした。

「隠れてないで出てこいよ!」

 イライラとした様子の青年の怒号を機に、幻覚は沢山の菊花を映し出す。

 青年は苛ついた様子で全ての菊花に小石をぶつけていく。幻覚達がかき消える中、一人だけ小石を躱し、曲がり角を曲がって青年の視界から消えた。

 明らかに煽るような行動に怒りをあらわにした青年が、本物の菊花の背中を追いかける。


「対象、まもなく目標地点到達。」

 前略が、インカムで入梅に指示を出す。

「やっちまいな!向暑!」

 入梅の叫びとともに、青年の視界が三百六十度全て変わる。

 目標の採石場。目の前には菊花。青年がすぐに菊花に攻撃を仕掛けようとした、瞬間。


 地鳴りのような唸り声。大地を震わす叫喚。巨大な腕が青年を弾き飛ばす。

 弾き飛んだ先で、青年が採石場の石にぶつかり轟音を立てる。今の腕の主は、間違いなく計画通りに三伏が連れてきたギフトだ。

 しかし様子がおかしい。これは本当にあの愚鈍で脅威のなさそうなギフトなのだろうか。

 毛に覆われた熊のような風貌。俊敏に動き、青年を弾き飛ばした長い鉤爪のついた腕。

 見開かれた目玉は六つ。限界まで血走り、焦点の合っていない瞳は、どれもがギョロギョロと違う方向を向き忙しない。

 外まで飛び出す鋭い牙のせいで閉まらないのか、半開きの口からは絶えずよだれが滴っている。喉奥から響く唸り声によって、その牙は振動し、ガチガチと音を鳴らしていた。


 こんなものに勝てるはず無い。全員が息を呑む。

 このギフトを連れてきた三伏が無事なのかすら考える余裕がない。

 だが、ただ一人。このギフトに立ち向かおうとする人物がいた。

 それは、吹き飛ばされた青年だ。

 辛うじて潰れてないとでも言うべきか。満身創痍の体を起こし、その視界にギフトを収める。

 ギフトの巨体とともに周囲の石が持ちあがる。

 石は何度もギフトの体にぶつけられ、その肉を大きく抉っていく。ギフトから流れ出る黒い液体が、辺り一面に雨のように降り注ぐ。

 ギフトは苦痛により叫び声をあげ、地面に叩きつけられた。

 猛攻により静かになったギフトを他所に、菊花は青年の様子を確認するため、青年に駆け寄る。

 青年は、異常異能者集団への手掛かりであり、死んでしまっては困る存在だ。だがそれがよくなかった。

 突如、菊花の体が宙に浮く。

 そして何度も、何度も何度も何度も壁や地面に打ち付けられた。

 咄嗟のことで菊花も反応できず、ただ傷つく体に呻き声を上げることしかできない。

 横たわる巨大なギフトのせいで視界が悪いためか、共に来た前略達には状況の把握ができない。

 誰も菊花を助けられない。最悪の状態だ。先程のギフト同様、地面に強く叩きつけられた菊花の上に青年が馬乗りになり、その首を強く絞める。

「死に損なって可哀想にな、()()()()が今度はちゃんとぶっ殺してやるよ。」

 意識が朦朧とする中、その言葉で菊花の脳裏に何かがよぎる。


 それは、大いなる光に救われる前の記憶。

 その記憶は、薄く朧げで儚い。幼い菊花が死人のように生きていた日々。

 両親を生きたまま喰らう怪物。軋み崩れる家の中で、座り込む菊花に必死に手を伸ばす一人の少年。

 少年は必死に菊花へ声をかけているが、当時の菊花には何も届かない。彼は、鏡に映った自分のように菊花によく似ていた。

 そうだ。彼は。当時遺体も見つからず、両親と共に亡くなったとされていた人物。

 それは、菊花の実の兄。


 菊花の首から圧迫感が消える。ハッとした菊花の前には巨大なギフトの腕。

 ギフトはまだ死んでおらず、再び青年を弾き飛ばしたらしい。その腕はそのまま菊花の頭蓋を潰そうと降りかかる。


「さ、せ、る、かぁ!」

 叫び声と共に銀色の刃がその腕を吹き飛ばす。

 三伏の刀が、ギフトの腕を斬り落としていた。

 背中や腕、脚からも酷い出血をしている三伏の立ち姿は、明らかに満身創痍だ。ギフトの誘導で、何度か攻撃を食らったらしい。

 だが、三伏はすぐに体勢を変え、ギフトの顔めがけて跳びかかる。

 六つある目の一つに、深く刀を突き刺せば、ギフトが慟哭と共に勢いよく頭を振る。

 ギフトは吹き飛ばした三伏へ、迷わず狙いを定めた。


 このままでは三伏は殺される。菊花は、もう動かないはずの体を無理矢理動かし立ち上がる。

 その腕には、度重なる攻撃で折れたであろうギフトの鉤爪が抱えられている。菊花はその鉤爪を、ギフトにめがけ、勢いよく突き刺した。


 ギフトの、顔が、百八十度、ぐるりと回転する。

 一つ減って五つ。ギョロギョロと動いていたはずのその目玉はただ一点。菊花のみを見つめている。

 菊花が本能的に息を呑む。今度こそ駄目だ。あの日、自分を喰おうとした怪物も、確かこんな顔をしていた。

 菊花の脳裏に、走馬灯(あの日)が駆け巡る。



(かみなり)

 菊花の走馬灯を遮るように。この場に似つかわしく無い、穏やかな声が、菊花の耳に鮮明に届く。

(すなわち)

 その声を知っていた。

 菊花は、誰よりもその声を知っていた。

発声(こえをはっす)。」


 照らすは雷光。鳴り響くは雷鳴。穿つは(ギフト)

 青白い輝きが、声の主により勢いよく放たれる。

 それは神罰にも似た、究極たる天の矛。


 これまでの攻撃に比べればたった一撃。されど一撃。

 ギフトは喘鳴を上げ、ピクリとも動かなくなった。

 やがてそれから、死を告げるように徐々に形が失われていく。

 討伐完了。

 ギフトのいた場所には、ゆっくりと一人の男が歩いてくる。白い髪と長いコートが風に靡いた。


「間に合いましたかねー。」

 穏やかで間延びした声が、男の口から放たれる。

 倒れる菊花を見つけ、男は菊花を抱き上げた。

「はい、けい、さん。」

菊花が安心したように口を動かす。

 そう、この男の名こそが拝啓。

 関東支部のボスであり、雷の異能を持つ、QATが誇る最強の異能者。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ