08 この体質は全てが『完璧』じゃない?バズったのは #ドジっ子巫女!?
(……この体質、万能じゃないの?)
巫女服に“着られ”れば難しい神楽もいけると思ったのに……
でも、この体質は人を幸せにする力があるみたい。
そんなぼくの前に現れたのは、少女?少年?
ーー数時間前
「またですか? 今度は巫女バイトって……勘弁してくださいよ」
ぼく、天川ひかりは、後部座席に揺られていて、隣にはかなたちゃんがいる。
運転席にはつむぎさん。
「だって、神社から『人手が足りなくて困っている』って連絡が来たんだよ?」
つむぎさんがハンドルを握りながら言う。
「でも、なんでぼく達なんですか?」
「神社の宮司さんが『若い人にももっと神社に親しんでほしい』って頑張ってるんだよ。ちょっと手伝ってあげて?」
つむぎさんが申し訳なさそうに言うが、すでに車は神社へ向かう道をひた走っていた。
不満げなぼくとは対照的に、かなたちゃんが言う。
「実はわたし、巫女服を着てみたかったんです!憧れますよね!」
まだ男の子の姿なのに、全く気にしていないという感じだ。
「かなたちゃんは、また楽しそうだねぇ」
つむぎさんがミラー越しに笑顔を投げかける。
それを受けて、かなたちゃんはにっこりと胸を張る。
「だってわたし、“エンジョイ勢”ですから!」
――エンジョイ勢、か。
いつもどこか暢気な感じだけど、そのポジティブさに救われることが多いのも事実だ。
目的地の神社は、歴史を感じさせる立派な社殿がある場所だった。
車を降りると、すでに60代くらいの宮司さんが出迎えてくれた。
柔らかな物腰だが、目にはやる気が宿っている。
「ようこそお越しくださいました。いろいろと話しは聞いています。 天川さん方ですね? 助かります。本当に巫女が足りなくて」
境内へ案内されると、早速渡されたのは白と赤の巫女服――伝統的な衣装だ。
つむぎさんが、さも当然のように手を広げる。
「はいはい、私の分はどれかな?」
すると宮司さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「今回は、ひかりさんとかなたさん、お二人にお願いしたく……。サイズの関係で、今この二着しかないものですから」
「えっ、私の分ないんですか!?」
ちょっと着たかった……と思わず落胆の声をあげるつむぎさん。かなたちゃんは苦笑して言う。
「まあまあ、つむぎさん。わたしたちで頑張りますから、後で手伝ってくださいね」
「うぅ~……仕方ないなぁ。わかったよ」
宮司さんに案内され、ぼくとかなたちゃんは社務所の奥で着替えることに。
「うわぁ、ひかりお姉ちゃん、めちゃくちゃ似合いそうです!」
かなたちゃんが目を輝かせる。
ぼくはハンガーに掛かった白い小袖と赤い袴を少し複雑な想いで見つめた。
(“服に着られる体質”がまた発動しちゃうんだろうな……)
ため息をつきつつも、衣装に袖を通す。
すると、次の瞬間――全身に電流が走るような感覚。
「わ……っ!」
見下ろすと、知らないうちに身体が華奢なラインになり、胸元のふくらみもしっかり感じられる。
“男のぼく”があっという間に女体化してしまったのだ。
鏡に映る姿は、凛とした空気をまといながらもどこか儚げで、まさに“楚々(そそ)とした巫女さん”。
自分とは思えないほどの変身ぶりに、内心で息を呑む。
一方、かなたちゃんも変身はしているが、そこまで大きく姿が変わるわけではないらしい。
もともとほんのり中性的な子なので、“普通に可愛らしい巫女さん”という印象だ。
「わぁ、わたしも巫女服、思ったよりいいかも? ちょっと感動!」
かなたちゃんがスカート部分を揺らしながらはしゃいでいる。
ぼくはごくりと息を飲む。
(……また“女の子”になっちゃった。しかも、こんなに自然体で……。ほんと、まどかちゃんが言ってた「変身する人の中でも特別な体質」ってやつなのかな)
着替えを終えて社務所から出ると、宮司さんが目を丸くして拍手をする。
「こ、これは……お二人とも、まるで神様から授かったような神々しさですよ……!」
特にぼくを見つめる視線が熱い。
思わず頬が熱くなるけれど、“服に着られる体質”の影響か、外見のぼくは動じないように見える。
「せっかくですので、簡単な神楽の舞を覚えてみられませんか? 巫女服もこれだけ似合ってますし、参拝客が喜ぶと思いますよ」
「え、神楽……?」
ぼくとかなたちゃんは思わず顔を見合わせた。
「だ、大丈夫かな? でも、ちょっとやってみてもいいかも」
かなたちゃんが少し楽しそうに答える。
ぼくはおずおずと宮司さんの提案を受け入れるしかなかった。
社務所の横、簡易な舞台のような場所で巫女さんたちに振り付けを教わる。
ぼくは最初こそ戸惑ったが、衣装の力が強く背中を押すように感じられた。
神楽鈴を持ち、足を運ぶたびに体が自然と動きを覚えていく。
「わぁ……ひかりお姉ちゃん、すっごく優雅!」
かなたちゃんが拍手を送ってくれる。
ぼく自身、びっくりするほどスムーズに舞えることに驚いていた。
(これが、まどかちゃんの言う“特別”ってこと?)
胸に引っかかる不安を押し込めながらも、ひとまずは成功に安堵する。
しかし、ちらりと見ると、巫女さんたちがスマホで撮影しているのがわかった。広報用らしい。
(ま、またバズったりしないよね……?)
そんな心配がよぎった瞬間、隣でかなたちゃんが足をもつれさせて、勢いよく転倒!
「わあぁっ!」
両手をバタバタさせた姿がスローモーションのように映り、周囲からも「大丈夫!?」と悲鳴交じりの声があがる。
幸い大怪我はなく、立ち上がる姿が可愛らしいと、思い切り写真を撮られ始めてしまった。
「……なんか、そっちがバズりそうだね……」
ぼくが小声でつぶやくと、かなたちゃんは照れながら笑う。
「えへへ。 ちょっと恥ずかしいけど」
「それだけ上手に舞えるなら、少しだけ高度な神楽も本番で披露できるのでは?」
宮司さんが興奮気味に声をかけてくる。
ぼくは一瞬ためらったが、気分が乗っていたこともあり、「やってみます」と引き受けてしまった。
迎えた本番――週末の特別参拝が予定されていたらしく、境内にはちらほらと人が集まっている。
かなたちゃんと並んで舞台に立ち、巫女姿で神楽を舞い始める。
序盤は簡単な動き。先ほど習った通りに体が勝手に滑らかに動き、拍手がわき上がった。
しかし、後半の高度な部分へ差し掛かると、段違いの複雑さが襲ってくる。
(えっ、足が……さっきと違う……上手く……!)
集中しようとすればするほど、動きがズレてしまい、神楽鈴を持つ手が遅れる。
さらに足の運びも合わず、結局思い切りつまずいてしまった。
「あ、危ない!」
他の巫女さんがサッと駆け寄り、ぼくを支えてくれる形になった。
周囲がなんとか誤魔化して幕を引いたらしく、参拝者たちからは「素晴らしい舞だった!」と拍手だけが飛ぶ。
慌てて奥へ下がったぼくは、どっと恥ずかしさに襲われる。
「……ああ、やっぱりぼく、完璧じゃなかったんだ」
うなだれるぼくの肩を、かなたちゃんがぽんぽんと叩く。
「大丈夫だよ、ひかりお姉ちゃん。わたしたち、本職じゃないし、十分すごかったよ!」
その言葉に少し救われる。でも、この体質の謎はさらに深まった気がする。
メイド服、歌のお姉さん、みたいなイメージはトレースするけど、高度な神楽みたいな専門技能がつくわけじゃないってことなのかな……?
この身体も、万能ではないらしい。
神楽がひとまず終わり、今度はお守りや破魔矢を頒布する時間。
社務所の隣に設けられたテーブルに、ぼくとつむぎさんが並んで立つ。
「つむぎさん、巫女服、どうしたんですか?」
視線を向けると、いつの間にかつむぎさんまで真っ赤な袴姿。しかもものすごく嬉しそうにくるくる回っている。
「ふふふー、宮司さんが探してくれたんだよ。『もう一着だけ余ってました』って! いや~、憧れだったんだよね、巫女服!」
ちょっと前に落胆していたとは思えないテンションで、つむぎさんは舞い上がっていた。
かなたちゃんも隣で応対。
参拝客から「ドジっ子巫女さん可愛い!」なんて言われて照れている。
(……そっか、ぼくもできることを頑張ろう)
そう思い直したタイミングで、1人の参拝客の女性が話しかけてきた。
「すみません、交通安全のお守りをください」
なんだか、不安そうな顔をしている。
「去年ちょっと事故を起こしかけて……それが怖くて、いまだに車を運転するのが怖いんです」
手渡されたお守りを握りしめながら、小さな声でそう告白する彼女。
ぼくは思わず、その手をぎゅっと握った。
「……きっと大丈夫ですよ。神様も、あなたの不安を取り除いてくださると思います」
まるで優しくも神々しい巫女さんのイメージに導かれるように、自然と言葉が出てくる。
驚いた顔をした女性が、次の瞬間ほっとしたように笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。少し安心しました。なんだか、不思議な説得力がありますね」
そう言って、彼女は深々と頭を下げて去っていった。
わずかな時間ではあったけれど、ぼくの言葉で誰かが救われたのだとしたら――それはとても嬉しいことだった。
そんなぼくの表情を見て、宮司さんがそっと近づいてくる。
「先ほどの神楽、失敗させてしまって申し訳ありません。無理をさせてしまいましたね」
「いえ……少し調子に乗ってしまいましたから。でも……ちょっと落ち込んでたんです」
ぼくがうつむくと、宮司さんは穏やかな口調で続ける。
「ひかりさんは、何かを完璧に極めるよりも、人を喜ばせたり幸せにする方向で力を発揮される方なのだと思います」
人を幸せにする……そうだったら嬉しい。
「あの参拝者の方の笑顔を見れば、わかるでしょう?」
「……はい」
その言葉に、先ほどの女性の笑顔が脳裏に蘇る。
ぼくは胸の奥がふっと温かくなるのを感じた。
(そっか……完璧じゃなくても、誰かの役に立てるかもしれない)
ほっとした気持ちでスマホを見ると、そこにはやはりバズの嵐が巻き起こっていた。
でも、今までとは違って、バズっているのは……かなたちゃん!?
ずでーんと、マンガのような効果音とともにずっこけたかなたちゃんが拡散されまくっている
万バズに届きそうな勢いだ……
「え、これ、思ったよりはるかに恥ずかしい!」
流石のかなたちゃんも、今回はエンジョイより恥ずかしさが勝ったみたい。
「ちょっと待って!ねえねえ、投稿元のアカウント名見てみて!」
つむぎさんが何かを見つけて笑っている。発信源は……宮司さん本人!?
「しかもこの動画の編集、妙に上手いよ! BGMもいいし、さりげなく神社の宣伝になってるし!」
しかも、#ドジっ子巫女 #ドジ尊い #お守りコーナーで癒してくれます なんてハッシュタグまで入れてる。
あの宮司さん、ああ見えて、やり手すぎない!?
っていうか、逆にハッシュタグが神社として行き過ぎてる?
#若者向けのハッシュタグ勉強中です なんて入れちゃってるし。
そうこうしてるうちに、日はすっかり傾いた。
夕暮れの境内は人影がまばらで、薄赤い光が長く伸びる影を揺らしている。
そんな中、最後のお守りを求めるように、一人の客が静かに現れる。
地味なグレーのパーカーにパンツルック。
顔立ちがはっきりしないので、男性か女性かわからない。
なぜだろう、視界に入った瞬間からかすかに胸騒ぎがする。
「ご参拝ありがとうございます……」
ぼくが声をかけると、その人は何かを値踏みするような目でぼくと巫女服を見つめ、お守りを一つ手に取る。
「……たしかに、完璧かもしれない……」
ぽつりと漏らした言葉は聞き取りづらかったが、不思議と胸がざわつく響きがあった。
お金を支払い、お守りを受け取ると、その人はさっと踵を返して去っていく。
「あれ……? 今の人、なんなんだろう……」
ぼくが見惚れるように背中を追っていると、すでに人混みに溶け込んでいったのか、その姿はもうなかった。
「ひかりお姉ちゃん、どうしたの?」
かなたちゃんが不思議そうにこちらを見る。
「ううん、なんでもない……」
妙に胸がざわめく。いま、「完璧」という言葉が聞こえたような……
後片付けを終え、男の姿に戻ったぼくたちは神社をあとにする。日はすっかり落ち、風が少し冷たい。
「今日はお疲れ様。ひかりくん、かなたちゃん、ありがとう。参拝客のみんな、楽しんでくれてたよ」
つむぎさんは巫女服が大層気に入っていたのか、名残惜しそうに社務所を振り返る。
ぼく達は歩き出しながら、考える。
思ったよりもぼくの体質は『完璧』じゃなかった。でも、人を喜ばせることはできるらしい。
一方で胸の奥には、小さな疑問が燻っている。あの中性的な人は一体何者だったのか。そして、ぼくの“服に着られる”体質は、どこへ導くのか……。
心地よい達成感と、少しの心のざわつき。何か大きなことが起こりそうな予感がした。