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07 この体質、さらに“特別”だった!? 完璧歌のお姉さんでモールを救う!

「はい、みんなでジャンプ、せーのっ!」


 週末のショッピングモール。 ぼくは『歌のお姉さん』として子どもたちを沸かせていた。


 しかも、まどかちゃんが言うに、「ひかりさんはわたくし達よりさらに”特別な体質”かもしれませんわ」


(普通の”男”だったはずなのに、この体質、一体この先どうなっちゃうんだろう!)




 ーー数時間前。


 今日はお休み。ぼく、天川ひかりはかなたちゃんと一緒に「ヒノモトモール」へ遊びに来ている。


 白のビッグカラーシャツにベージュのフレアスカートを合わせたコーデは、控えめだけどおしゃれで、ちょっとのお出かけにぴったり。


 (と、とうとう家から”服に着られて”女の子で来ちゃった……男のはずなのに)


 ふたりで似たような装いなのが少し照れくさいけど、そんな“姉妹コーデ”も悪くないと思ってしまう。


「わぁ~! ひかりお姉ちゃん、これ全部回るの大変そう!」


「うん、ほんとに。まどかちゃんから“ぜひお礼をしたいから来て”って連絡があったけど……何をするつもりなんだろう?」


 じつは数日前、まどかちゃんからメッセージが届いた。


「以前いろいろと助けていただいたお礼を、きちんとさせてくださいませ。今週末、ヒノモトモールに来てくださる?」


 カフェの撮影会やロッカールームを使わせてあげたことへのお礼かもしれないけど、わざわざ呼び出すなんていったい……?




 疑問を抱えつつモールのエントランスへ到着すると、すでにまどかちゃんが待っていた。


 今日はピンクのワンピース姿。


 スカートを軽やかに揺らして、お嬢様らしい優雅な身のこなしで手を振っている。


「ようこそお越しくださいましたわ、ひかりさん、かなたさん! おふたりともお忙しいところ恐れ入りますわ」


「わ、わざわざお迎えありがとう。……でも、ずいぶん気合い入ってるね?」


「うふふ、せっかくお礼をするのですから。ささ、ファッションフロアにご案内いたしますわよ!」


 まどかちゃんに誘われるまま、ぼくたちはモールの深い方へ。


 通りすがりの店員さんが、まどかちゃんを見つけると深々と頭を下げている。


 気になるけど、彼女は「お気になさらず♪」とあっさりスルーして先を急いでいく。




「いらっしゃいませ~! 本日は特別なお客様と伺っております!」


「まどか様、お連れ様をコーディネートさせていただけるんですね?」


 モール内のファッションブランドショップに着くなり、店員さんたちが一斉にまどかちゃんに挨拶をする。


 「まどか様」って……本当にどういう立場なんだろう?


「さあ、おふたりを“最高に可愛く”したいのですわ。このショップの全力でサポートしてちょうだい!」


「はい、承知いたしました!」


 店員さんが次々と魅力的な服を持ってきてくれる。


 大きなリボンとふんわりボリュームのあるスカートで、まるでお人形みたい。

 

 鏡を見て恥ずかしさに赤面しつつも、気づくとスカートをくるくるさせて写真を撮られている。


 かなたちゃんが「わぁ、ひかりお姉ちゃん可愛い!」とぱちぱち拍手。


 次の服は、ノーカラージャケット&タイトなフレアスカートで大人可愛い印象。


 ジャケットを羽織った瞬間、背筋がピンと伸びてキャリアウーマン風に。


 まどかちゃんや店員さんが「素敵!」と盛り上がり、公開ファッションショー状態だ。


(もう完全に“女の子モード”だよ、これ……)


 かなたちゃんもノリノリで「ひかりお姉ちゃん、ほんと似合う!」と写真を撮りまくり。


 ぼくは少し恥ずかしいけど、みんなが喜んでくれると悪い気はしない。




 そんな盛り上がりの最中、ショップの外がにわかに騒がしくなる。


 子どもたちが集まっているイベントステージのあたりで、スタッフが慌てているのが見えた。


「どうしたんだろう?」


 かなたちゃんと一緒に様子を見に行くと、ステージ前には涙目の子どもたち。


 スタッフが頭を抱えていた。


「どうしよう……今日の“歌のお姉さんショー”の出演者が体調不良で来られないって連絡があって。急な代役なんていないし……」


「え~? お姉さん来ないの?」


「やだー!」


 困った顔の親子連れを見て、まどかちゃんが顔色を変える。


「これはまずいですわ……、わたくしのヒノモトモールの評判が……いえ、それよりも子どもたちが可哀想ですわ!」


「え、”わたくしの”……?」


 ぼくが首を傾げると、まどかちゃんは意を決したように告白する。


「……言ってなかったかもしれませんけど、わたくし――もと財閥の者なのですわ。このモールはうちの系列なんですの」


「えええっ!? 日ノ本財閥って、あの超大企業の……? え、待って、そういえばまどかちゃんの苗字、聞いてなかった……」


 まどかちゃんが胸を張って改めて名乗る。


もと まどかと申しますわ。名字に日本、名前に円、にほんえん、なんて思われるかもしれませんけれど……」


「に、にほんえん……? お、お金ありそう……」


 かなたちゃんが小声でつぶやくと、まどかちゃんは「うふふ」と苦笑い。


「名字からして、いかにも“お金持ち”と誤解されがちで困りますの。でも、このモールも日ノ本財閥グループのひとつ」


 真剣な顔になって言う。


 「だからこそ、子どもたちを失望させたくないんですわ……!」


 まどかちゃんはスタッフに「あれこれ手はないか」と話しかけるが、代わりの出演者なんてすぐには見つからない。


 そこで、ふとまどかちゃんがぼくの方をじっと見る。


「……そうですわ。ひかりさん、あなたならこういうステージも得意ではなくて?」


 え、ぼく?


 急な展開に、心が追いつかない。


「えっ、まどかちゃん、何言って……! 確かに”着られ”慣れはしてるけど、“歌のお姉さん”なんて全然別物でしょ……」


「あら、前に魔法少女の衣装であれだけ堂々と振舞ってたじゃありませんの。子どもたちを楽しませる才能があるんですわ、あなたには!」


 まどかちゃんがズイッと詰め寄ってくる。確かに、カフェのイベントで人前に出ることは多かったけど。


 さらに「歌のお姉さん」という、まさに子ども向けのステージ……。


 ぼくはまごまごしてしまうが、子どもたちが泣きそうな顔でこちらを見ているのを見たら……もう断れなかった。


「……わかった。やってみる。少しでも子どもたちが笑顔になるなら」


「ありがとうございますわ! すぐスタッフに伝えますわね。衣装も用意いたしましょう!」


 すると、慌てた様子で奥から店員さんが駆け寄ってきて、ブルーのワンピースを差し出してくる。


 清潔感があって上品ながら、子ども受けしそうなかわいらしさもある。


「これが“歌のお姉さん”用のコスチュームですか?」


「ええ。まさにイメージ通りですわね。さあ、すぐにお着替えを!」




 夕方のステージ、親子連れが詰めかけている前で、ぼくは青いワンピース姿でマイクを握る。


 (”男のぼく”のはずなのに、”歌のお姉さん”……なんか、またカオスなことに……)


 緊張で胸が高鳴るけど、子どもたちに元気に手を振って笑ってみせる。


「みんな~、今日は集まってくれてありがとうっ♪ 一緒に歌って踊ろうね~!」


「わーい! お姉ちゃーん!」


 いざ始まると、普段の“人前苦手意識”が吹き飛ぶ。


 かわいい子どもたちの眼差しが純粋で、一生懸命楽しんでくれるからだ。


 (でも、少し楽しんでる自分がいる……!)


 音楽に合わせて簡単な振り付けで踊ると、子どもたちも真似して手を叩いてくれる。


 掛け声を入れると大喜びだ。


 小さな靴が弾むたびに、ステージの下から楽しそうな笑い声が響く。


 大盛りあがりの中、いよいよ大詰め。ステージの上で、ぼくは子どもたちに向かって手を振る。


 眩しいスポットライトの中、青いワンピースを揺らしながら、笑顔で声をかけた。


「はい、みんなでジャンプ、せーのっ!」


 ぼくが手を高く上げると、子どもたちも元気よくジャンプ!


 キラキラした瞳がこちらをまっすぐ見つめていて、胸がじんと熱くなった。


「いぇーい!」


 曲が終わると、盛大な拍手がおこる。客席から「可愛い~!」という大人の声も混ざるのが少し照れくさい。


 でも不思議とぼくの心には誇らしさが湧いていた。


 子どもたちがあんなに喜んでくれたのなら、やった甲斐があったってものだ。




「お疲れさまでした、ひかりさん。子どもたち、もう大はしゃぎでしたわね!」


 ステージ裏に戻ると、まどかちゃんが駆け寄ってきて満面の笑み。


「いやー……緊張したけど、何とかなってよかったよ……」


「ばっちりでした! さすがですわね! かなたさんもすごく感動してましたわよ?」


 そこへかなたちゃんがスマホを手に小走りでやってくる。


「ひかりお姉ちゃん、これ見て! TikTokで“歌のお姉さん”の動画が一気に拡散されてるみたい!」


「え……ほんとだ。トレンド欄に“#ヒノモトモールお姉さん”って……“踊ってみた”がもう大量に上がってる!」


 タイムラインを流してみると、いろんなユーザーがステージでぼくが踊った動きを真似している短い動画がずらり。


 子どもだけじゃなく、若い大人までもノリノリで踊っている。


 どうやら“新しいショート動画のテーマ”としてバズってしまい、大ブームのきっかけになってしまったようだ。


「またこんなに注目されちゃった……前は“うわ~、どうしよう”って気持ちが先だったんだけど……」


 今回は不思議と、誇らしい気持ちが胸に湧いてくる。子どもたちを笑顔にできたこと、それをみんなが楽しんでくれていることが、嬉しくて仕方ない。


 まどかちゃんがぼくの方を向く。


「ひかりさんにお礼をするはずが、またお世話になってしまいましたわね」


 かなたちゃんがふと首をかしげる


「でも、まどかちゃんこそ、ステージに立てそうな仕草をしてるけど? 舞台でありそうなお辞儀とか、声の出し方とか、すごいもん」


 たしかに、まどかちゃんが代打をできたのでは?


 「いいえ」とまどかちゃんは否定する。


「おほほ、これはいわば“百合作品から学んだお嬢様キャラ”を真似しているだけ。いってみれば養殖なのですわ」


 まどかちゃんが続ける


「わたくしは日ノ本財閥の跡取りのひとり。ヒノモトモールを含め、いろいろ責任がある立場でして……」

 

 遠くを見るような目。 


「この姿になった時だけが、わたくしが開放される瞬間ですの」


 伏し目がちに告白する。


 そういえば、まどかちゃんが男子の姿で初めて喫茶店に来た時のことを思い出す。


 無口で神経質な印象の男の子だった。もしかしたら、御曹司としてのまどかちゃんはぼくたちの想像以上に大変な立場なのかもしれない。


 「それにしても」とまどかちゃん。


 「ひかりさんは最初からスッと自然体でこなせてしまうでしょう? 魔法少女でもメイドでも、今日は歌のお姉さんまでも……」


 まどかちゃんが、まるで羨むようにぼくを見つめる。


「ひかりさん、あなたの体質はわたくしたちとは少し違うわ。ここまで完璧に変身してしまうなんて……。もしかすると、さらに特別な体質かもしれませんわ」


「……え?」


 突然の指摘にどきりとする。


 言われてみると、かなたちゃんやまどかちゃんに比べて、ぼくだけ妙に衣装への“なじみ方”が深い気がする。


 浴衣を着たときの大和撫子っぷり、メイド服や魔法少女のときの完成度……確かに、どれも自然に身についてしまう。


(考えたことなかったけど……そういえば、ぼくの体質って、他の人より“服にトレースされている”度合いがずっと強い……?)


 ぼくは胸がざわつく感覚をおぼえながら、唇を噛んだ。


「そんなひかりさんを、わたくし、全力で推していきますわ!ああ、尊いですわ!」


 なんだかまどかちゃん、喫茶店のときの「全開」モードに戻ってる気がする……でも、少し不安がまぎれたかも。




 子どもたちを楽しませたステージショーは大成功。SNSでは“歌のお姉さんチャレンジ”が大盛り上がり。


 まどかちゃんがモール入口で華麗なお辞儀をして、ぼくたちを見送ってくれる。


「あらためて、今日は本当にありがとうございましたわ。おかげで大助かりです。

 また何かありましたら、お声がけするかもしれませんわ。お許しくださいましね?」


「うん、もちろん。まどかちゃんも、カフェに遊びに来てね!」


「ええ、楽しみにしてますわ! では、ごきげんよう!」


 遠ざかる彼女を見ながら、ぼくは先ほどの言葉を思い返す。


 “ひかりさん、あなたの体質はさらに特別な存在かもしれませんわ”――。


(確かに、ぼくは他のふたりよりも服に“なりきって”しまう度合いが高いかも……)


 ぼうっと考えながら、かなたちゃんと並んで帰路につく。


 誇らしさと、少しだけの不安、そしてぼくの“体質”への謎が、胸の中で複雑に渦を巻いていた。


(……もし本当に“さらに特別な”存在なんだとしたら? これからどんなことが起きるんだろう……)


 そんな思いを抱きながら、フレアスカートの裾をそっと直してモールを後にする。


 この先、ぼくの“服に着られる”人生がさらにどう変わっていくのか――その答えは、まだ見つからないまま。

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