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05 大和撫子爆誕! 浴衣×お点前×花火の夏!

 ドーン! 夜空を割る花火の下、ぼくは朝顔の浴衣を纏って注目を集めていた。


 人々の視線が集中して、「あんな綺麗な人、初めて見た……」という声さえ聞こえる。


 まさか”男のぼく”が、花火の夜にこんなにも注目されるなんて――しかも“お点前”まで披露して万バズだなんて……。


 (ほんの少し前までは、服に着られる体質なんて嫌で仕方なかったのに。どうしてこうなった?)




 数時間前、病院の白い壁を背に、担当医がモニターを指し示しながら淡々と語る。


「……検査データを分析した結果、ひかりさんの脳は服や小物から“イメージ”を読む際、いわゆる大規模言語モデルに近い働きを示す傾向があるようです」


「だ、大規模……モデル? すみません、最近ニュースで聞いたことあるような気もするけど……AIの話でしたっけ? でも、それとぼくがどう関係するんですか?」


「あくまでイメージですが、AIがテキストを読み込んで意味を解析するように、あなたの脳は“服のデザインやコンセプト”を瞬時に解釈し、身体に反映させている可能性がある――ということです」


「えぇ……? そもそも、そんなことが人間の脳で起こるんですか?」


「確証はありません。ただ、ここ最近のAI研究――大規模言語モデルの進歩を例に挙げるなら、似たような仕組みがひかりさんの脳内にもあるのかもしれない。もちろん、まだまだ仮説の段階ですが……」


 ぼくは困惑してしまう。専門的すぎて話についていけない。


「はぁ……服を“読み込む”って、想像もつかないけど……ぼくの脳の一部がAIみたい、ってことですか?」


「そう言いきれるものではありません。あくまで“似たメカニズムが働いているかも”という程度ですから」


 なんか、全く実感がわかない。


「最先端の研究所で詳しく調べることもできます。ただ、まだ症例数が少なく、解明できていない部分も多い。大掛かりになる可能性はありますが、詳しく知りたければ紹介状を書きますよ」


 ぼくは唇をかみながら黙り込んだ。研究所に行くかどうか――その選択を迫られているようで、正直怖かった。


 結局、ぐるぐると考え込んだまま、病院からバイト先へ向かう。




 夕暮れの街を抜け、バイト先の「Café Catalyst」へ到着する。相変わらず、医師から言われた説明が頭にこびりついて離れない。普通じゃないってことだよな、やっぱり……。


 扉を開けると、カウンターの向こうでつむぎさんが「お帰り」と微笑み、近くにいたかなたちゃんもこちらに気づいて顔を上げた。


「ひかりくん、お疲れ。病院、どうだった? 前回から一週間後の、フォローアップの日だよね」


 そう聞かれて、ぼくははあ、と小さくため息をつきながらカウンター席に腰を下ろす。


「なんか……脳の構造が普通じゃないらしくて。先生曰く、ぼくは“服に着られる”体質は、脳が最近話題のAIに関連するとか。研究所に行くなら紹介するとか言われた」


 言葉を選びつつ話していると、かなたちゃんーーぼくと同じで、服を着ると男→女になってしまう体質仲間だーーがそっと目を丸くする。


「前に私達の体質は”進化系”って言われたし、進化すると、それになるってことなのかな」


「ぼくにはさっぱりわからないけど……」


 思わず頭を抱えると、つむぎさんがマグカップを差し出しながら、いつもの軽やかな声で返す。


「研究所って、なんか大袈裟だけど……でもひかりくん、一人で抱え込まなくてもいいんだよ? 私もかなたちゃんもいるし、まずは話を聞いてみるだけでもいいんじゃない?」


「そう、無理に行く必要はないけど、もし気になるなら行ってみるのもアリだと思う」


 かなたちゃんも小さく頷く。


「なんか話だけ聞くとすごそうだけど、実際やってることって女の子の服を着てるだけなんだけどな……」




「さ!悩むのはあとあと。今日は花火大会だよ。浴衣着てパーッと楽しも!」


 つむぎさんが取り出したのは三着の女物浴衣。青・紫・ピンク。


「まさか、またぼくに女物……」


「だってひかりくん、顔かわいいし、青い朝顔柄が似合うと思うんだよね!」




 結局、いつもの調子で押し切られてしまい、ロッカールームへ。


 浴衣を羽織った瞬間、首筋にじわっと軽い電撃のような感覚が走るけど、メイド服のときほどじゃない。


 (うわ……ちょっと気になるけど、まあ大丈夫かも……?)


 やがて完全に身体が服に着られていく。いつものように、胸が膨らみ、手足がすらっとしていく。それに加えて今回は、背筋が伸びた気がする。


 髪はツインテールの三つ編みになっており、かわいらしさと上品さが溢れている。


 帯を締めようとすると、かなたちゃんが「私がやるよ、ひかりお姉ちゃん」と器用に仕上げてくれた。


「ありがと……」




 そして店を閉めて外に出た瞬間、街の雰囲気に溶け込むようにして、ぼくの所作が自然と整い始めた。


 まだ日は落ちきっていない薄暗い空、提灯が揺れる商店街の中を歩き出したそのとき――。


 浴衣の裾がふわりと揺れるたびに、足運びが妙に小さくなり、袖を押さえる指先までもが優雅に感じられる。


「……あれ? なんかぼく、歩きにくい……っていうか、歩き方まで変わっちゃってる?」


 思わず立ち止まると、つむぎさんが振り返りざまに今の姿を見て息をのむ。


「……うわぁ、ひかりくん、その動き、めっちゃ大和撫子じゃん」


 見ると、周りを歩いていた人たちまで「え、すごい綺麗……」と目を向けてきている。


 短い距離を移動しただけなのに、まるで和風の舞台女優みたいな上品な所作――自分でも信じられない。


「へ、変じゃないですか……?」


「変とかじゃなくて、なんか……完璧すぎて見惚れるレベルだよ。メイド服のときも可愛かったけど、今回の浴衣はしとやかさがヤバい……」


 つむぎさんがぽかんと口を開けている横で、かなたちゃんが「ほんとだ、ひかりお姉ちゃん、すっごく絵になる!」と興奮気味に笑う。


 (歩くだけで人目を引くなんて、こんなの……完全に“服に着られてる”……)


 そんな注目を集めつつ、三人で商店街を進んでいく。


 賑やかな屋台や提灯の光の中、つむぎさんは「焼きそば! たこ焼き! りんご飴!」と次々買い込むし、かなたちゃんはそれを見て「つむぎさん、さすがに食べすぎじゃ……」と呆れている。


 ぼくは隣で、自然と小さなステップしか踏めず、胸の前でそっと袖を揃えるような仕草が勝手に出てしまう。


 (自分じゃないみたいだけど……なんだろう、この高揚感。悪くないかも)




 途中、かなたちゃんが興味深そうに指をさす。


 「お手前コンテスト」――浴衣姿で抹茶を点てて、美しくできれば賞がもらえるらしい。


「ひかりお姉ちゃん、ちょうど大和撫子モードだし、やってみれば?」


「ぼ、ぼく? でも、お茶とか全然知らないんだけど……」


「大丈夫だよ、ひかりくん」と、つむぎさんまで楽しそうに背中を押す。


 簡易的な茶席スペースで案内されたとおりに抹茶を点ててみる。


 すると、さらに“浴衣の魔力”が加速したように、お茶碗を回す指先や一礼の所作が完璧なほど綺麗に決まる。


 畳に正座して、袖をそっと押さえる動きも様になりすぎて、スタッフが感嘆の声を上げるほどだ。


 (うわ、完全に“服に導かれてる”……恥ずかしいけど、どこか心地いい……)


 スタッフさんに「お写真撮りますね」と言われて、パシャリ。


 (まあ……こんなのSNSに載っても、バズらないよね。小さいイベントだし……)


 コンテストの結果は特別賞。しかも「大和撫子すぎる!」とまで言われて、さらに赤面してしまう。


 「やっぱりね!」と得意げなつむぎさんと、「ひかりお姉ちゃん、すごいよ!」と嬉しそうなかなたちゃん。


 ぼくは「いや、そんなつもりじゃ……」と縮こまるだけだ。


 ふと、先ほど医師に言われた言葉が頭に浮かんでくる。


 AIがテキストを読み込んで意味を解析するように、あなたの脳は“服のデザインやコンセプト”を瞬時に解釈し、身体に反映させているーーまさか、浴衣+お茶のイメージが出ていたのかな。


 そう考えていると日がすっかり落ち、夜空に花火が打ち上がり始めた。


 人混みを避けて川沿いに向かうと、大きな光の花が炸裂して空を彩る。


 「うわー、やっぱ花火って夏の醍醐味だよねぇ」


 つむぎさんが眩しそうに空を見上げる。その手にはイカ焼きが。


 つむぎさん、こんな細い体型なのに、どれだけ食欲あるんだろう……


 かなたちゃんはぼくの袖を掴んだまま「ひかりお姉ちゃん、あれ大きい!」と指さしてはしゃぐ。


 (研究所に行くかはまだ決めてないけど、こうしてみんなと夏を楽しめる時間があるなら、そんなに急がなくてもいいかも……)


 大きな花火が連続して打ち上がり、一気に夜空が明るくなる。ぼくは朝顔の浴衣の裾を握りしめながら、つむぎさんに目を向けた。


「ねえ、もし本当にぼくが普通じゃなくて困ったら……相談してもいいですか?」


「もちろん。ひかりくんはひとりじゃないんだから」


 かなたちゃんも「うん、私にできることがあったら言ってね、ひかりお姉ちゃん」と頷いてくれる。




 花火が終わり、祭りの賑わいも少し落ち着いてきた通りを戻る道すがら。


 スマホを何気なく確認すると、SNSのおすすめ投稿欄にぼくの写真が。


 タイムラインを覗けば――「大和撫子がいた……」「浴衣姿でお手前してた子ヤバい」「万バズ確定」――そんな言葉が並んでいる。


 「ちょ、またバズってる!? しかも“万バズ”って……」


 思わず悲鳴じみた声を上げると、つむぎさんが「うわ、ほんとだ。ひかりくん、大人気じゃん」と面白がり、かなたちゃんは「すごーい!」と大喜び。


 (う、嬉しいような、恥ずかしいような……でも、誰かが喜んでくれるなら、これはこれでいいのかも)


 そんな複雑な想いを抱えながら、下駄を鳴らしてぼくは二人と並んで歩く。浴衣はまだぼくの所作を優雅に縛りつけるようで、背筋も自然と伸びるままだ。


 研究所の話は、今は保留。今この瞬間だけは、大和撫子の自分を楽しんでも――いいよね。


 ひかりくんの体質の謎が、また少し明かされました。

 次回以降も、かわいい服に”着られ”ます。お楽しみに!

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