03 同じ体質の少女、現る! クラシカルメイドは押しに弱い?
いつものように喫茶店「Café Catalyst」の扉を開ける。
瞬間、カウンターの向こうで手を振るつむぎさんの姿が目に入った。
にこやかな笑顔とは裏腹に、彼女の手には重厚感のあるクラシカルなメイド服が!!
前回もさんざん恥ずかしい思いをしたばかりなのに、またメイド服? しかも今度はさらに華やかで重厚感あふれるデザインだ。
「え、ちょっと待ってください。これ……またぼくが着るんですか?」
「そうそう。今日は“メイド+メガネ”デーなの」
つむぎさんが悪戯っぽく笑う。
「ひかりくんが着てくれるとSNS映えもバッチリだし、お客さんも絶対喜ぶから!」
「いや、ぼく、男なんですけど……。男らしくなりたいって言ってるのに、真逆に進んでません?」
「そこは目をつむって! 前のメイド姿も大好評だったでしょ? 今回のクラシカル仕様、絶対似合うはずだから!」
完全に押し切られる形で、ぼくは大きなため息をつく。
メイド服を抱え、ロッカールームへ向かう。
このカフェに長くお世話になっているし、つむぎさんには逆らいづらい。
仕方ない……今回もやるしかないのか。
ロッカーを開け、改めて眺めてみる。
厚手の生地に繊細なレースが控えめにあしらわれた“クラシカルメイド”の衣装は、大邸宅の格式高い雰囲気をそのまま映し出しているようだ。
「はぁ……着たら絶対また“あれ”が起こるよな……」
覚悟を決めて頭からかぶった瞬間、首筋にビリッとした静電気のようなものが走り、身体がじわじわ熱を帯びていく。
鏡を見ると、そこにはクラシカルなメイド服をまとった華奢な女の子の姿。
胸やウエストラインまでしっかり女性的に変化していて、見慣れない姿なのに、どこか“控えめ”になりそうな雰囲気まで伝わってくる。
ミニスカ気味だった前回のメイド服とは違い、スカートは足首まで届く長さで、動くたびにふんわり揺れる上品なAライン。
髪はきちんとまとめられ、クラシカルな雰囲気を際立たせている。
「……やっぱりだ。今回も完璧に女の子化した……」
ため息まじりに自分の姿を見下ろしていると、ドアの向こうからつむぎさんの声がした。
「ひかりくーん、メガネもあるよ。クラシカルメイドにレトロな丸フレーム、最高でしょ?」
「え、メガネまで……?」
差し出されたのは丸いフレームの可愛らしいメガネ。
まさかこれをかけたら、さらに不思議なイメージに取り込まれちゃうんじゃ……
そう思いつつも、断る間もなくつける羽目に。
するとまた頭がクラクラしてくる。
あぁ……今度は“奥ゆかしさ”がさらに増幅していくような……
と、自分でも表現しにくい感覚が広がった。
(うわぁ……どうしよう、めちゃくちゃ押しに弱いキャラになってる気がします……)
そんな不安を抱えたままホールへ出ると、すでにお客さんがずらりと待っていて、一瞬で注目が集まる。
──と思った矢先、店の奥のテーブル席の一角に、小柄なツインテールの女の子が座っているのが目に入った。
ほかのお客さんと違って、スマホを構えたり写真を撮ろうとする風でもなく、じっとこちらを見つめている。
彼女と目が合うと、わずかに柔らかい笑みを浮かべてから、すっと視線をそらした。
(……誰だろう? なんだか気になるけど、お客さん……なのかな)
そんな疑問も束の間、目の前に集まったお客さんたちから、一斉に「メイドさん、こっち向いて!」「写真いいですか?」と声が飛んできて、対応せざるを得ない状況に。
結局、その女の子のことは気になりつつも、目の前のリクエストに追われるまま、ぼくは次から次へと応じていくしかなかった。
「わぁ、クラシカルメイドさんだ! しかも丸メガネ! めちゃ可愛い!」
「え、あ……ありがとうございます……」
や、やっぱり押しに弱い……断れないオーラがやばい、これ。
開店と同時に撮影リクエストが殺到する。
写真OKを出しただけでも「神対応メガネメイド!」なんて喜ばれる。
いつの間にか「何でもやってくれそう!」という空気になってしまう。
そうして、リクエストが際限なく膨らんでいく。
「動画いいですか? “ご主人様、お疲れさまです♡”ってセリフを言ってほしいんですけど……」
「は、はぁ……ご主人様、お、お疲れさまです……♡」
……こんなの”男のぼく”が言う台詞じゃないのに、身体が勝手に動いてしまう。
どこか頭もフワフワして、断るという選択肢が浮かばない。
さらには「オリジナルドリンクを作って!」「メガネ外したバージョンも撮らせて!」なんて要望まで飛び出す始末。
どう考えても店のメニューにはないのに、なぜか「で、できる範囲で頑張ります……」などと引き受けてしまう自分が恨めしい。
お客さんは大盛り上がりで大喜びだけど、こっちは体力がどんどん削られていく。
(……やばい、完全に“断れないメイド”モードにハマってる)
つむぎさんや厨房のスタッフも手を貸してくれるけど、さばききれない混雑が続いてしまう。
とうとう限界が近づいてきた。顔が青ざめてきたところで、つむぎさんが心配そうに声をかけてくる。
「ひかりくん、ちょっと休憩入って! 倒れちゃうよ!」
「は、はい……すみません……」
何とか店の奥に逃げ込むようにしてバックヤードへ向かう。
少し休んでいると、つむぎさんが女の子を連れてあわてて駆け寄ってきた。
「大丈夫? この子が“メガネ変えたほうがいい”って言うんだけど……」
──えっ……!?
ぼくは目を見開く。
(この子……さっきホールで、じっとぼくを見ていた子だ!)
急に至近距離で対面すると、ますます小柄で、幼い雰囲気が際立って見える。それなのに、どこかしっかりした印象があるというか……。
「は、はじめまして……?」
戸惑うぼくに、彼女はにこっと微笑んだ。
「クラシカルな丸メガネって、優しくて押しに弱いイメージが強いから、服のイメージが影響しているのかもね」
ぼくは一瞬、ぎくりとした。
服の影響だなんて、どうしてそんなことを?
「もっとシャープなフレームにすると、断れる雰囲気に変わるんじゃないかな」
「そ、そうなのかな……たしかに、変えてみる価値はあるかも……」
あれ、この子……なんでこんなにぼくのことが分かるんだろう?
「あ!じゃあ、それならさ!」
つむぎさんは思い当たるところがあるのか、棚をがさごそ漁り始め、細身のメタルフレームのメガネを見つけ出す。
「これかけてみて。クールな感じで、ちょっとスッキリ見えるはず!」
「こ、こうですか……?」
おそるおそるかけ替えた瞬間、視界がパッと開けるような気がした。
さっきまでの“何でもイエスと答えてしまう”謎の拘束感がいくらか緩和される。
(あ……ちょっと気が楽になった)
「いけそう? それなら、もう一度ホールに戻ってみない?」
「は、はい……頑張ってみます」
そう言ってホールへ出る。
相変わらずお客さんが「メガネメイドさーん!」と声をかけてくる。
先ほどまでのぼくなら「は、はい……」と全面OKを出していたけれど、今は自然に“上手に断る”言葉が浮かんでくる。
「特別メニューお願いしたいんだけど!」
「申し訳ありません。お店にある材料の範囲なら可能ですが、ご希望に添えない場合も……」
「あ、そっか、じゃあ普通のメニューでいいや。ありがとう」
それでもカメラを向けられたり動画撮影を頼まれたりするけれど、めちゃくちゃな無茶ぶりはきちんとお断りできる。
周囲から「おぉ、神対応だけどちゃんと線も引く!」なんて声が上がり、逆に好感度が上がっているらしい。
ぼくとしては助かった、という思いしかないが……。
隣で手伝ってくれているさっきの女の子が、楽しそうにホールを回ってくれるおかげもあって、ようやくピークを乗り切ることができた。
小柄ながらテキパキ動くし、お客さんとの会話も自然に盛り上げてくれる。なんだろう、この安心感……。
夕方になり客足が落ち着いたころ、ぼくはホッと一息つきながら女の子に話しかけた。
「ありがとう……あ、そういえば名前聞いてなかった」
「星野かなた、っていいます。ひかりさん、服のせいで女の子に変わっちゃう体質なんだよね?」
「え……な、なんで知ってるの!? そんなこと外で話した覚えないけど……」
驚きと戸惑いが頭の中でぐるぐると渦を巻く。
どうしてこの子がこんなにあっさり言い当てられるんだろう? もしかして、本当に……?
「やっぱり当たりだ。実はわたしも、普段は“男”なんだよ」
「え……えぇ!? 男の子なの?」
頭の中でぐるぐると疑問が駆け巡る。
女の子にしか見えないのに、本当に“男”なの?
それに、どうしてそんなことをさらっと言えるんだろう。
「服を着ると女の子に変わっちゃう体質!ひかりさんを見てたら、もしかして、仲間かなって」
「そ、そうだったんだ……。まさか同じ体質の人がいたなんて」
思わぬ告白に驚きながらも、なんだか心が軽くなった。こんなレアな体質、自分だけだと思っていたから。
「わたしも最初は服のイメージに振り回されて大変だったの」
朗らかに続ける。
「でも慣れると意外と楽しいよ。今日みたいにメガネひとつ変えるだけでも、ずいぶん違うでしょ?」
「うん、本当に助かった……ありがとう、かなたちゃん」
「いえいえ、今度なにかあったら呼んでね、ひかりお姉ちゃん♪」
「お、お姉ちゃん……って、たしかにぼくのほうが年上かもだけど……」
笑いながら帰っていくかなたちゃんの姿を見送っていると、つむぎさんがやってきてジュースを差し入れてくれた。
「お疲れさま、ひかりくん――今日も大変だったけど、全部うまく回ったね。ありがとう!」
「いえ……こちらこそ、ぼくは疲れたけど……。でもかなたちゃんがいなかったら、本当に崩壊してたかも」
「ほんとね。同じ体質だったなんて驚き。仲間がいるなら心強いじゃん。よかったね」
そんな話をしながら、無事閉店。ロッカールームで服を脱ぐと、嘘みたいに身体が男へ戻っていく。
胸元が平らに戻っていく感触に、まだ違和感がある。でも。
「やっぱりぼくはこっちが正しい姿だよな……」
スマホを確認すると、またしてもSNSは大盛り上がりだ。
“丸メガネメイド”が神対応している動画や写真がバズっていて、コメント欄には「今日も最高!」「押しに弱いのか強いのか分からない!」など、さまざまな言葉が溢れている。
前回の猫耳のときよりもさらに勢いがあるようで、思わず画面を閉じたくなるほど恥ずかしい。
「あの時のアイドル風メイドさんと猫耳娘だよね」
というコメントにドキリ。
ま、まずい、ちょっと有名になってきてる。
はぁ……またバズりか。慣れないな……。でも、かなたちゃんみたいに楽しんでいる人もいるわけだし、もう少し割り切る方法もあるのかな……。
不安半分、少しの期待半分で店を出る。
かなたちゃんが言っていた「服や小物をうまくコントロールする」という話……もっと聞きたいことは山ほどある。
彼女がどんなふうに日常を過ごしているかも気になる。
同じ“服に着られる体質”を持つ仲間がいると分かったことで、視界がちょっとだけ開けた気がした。
「この先、どうなるんだろう……」
男らしくなりたいと思って始めた筋トレは、なんだかどんどん遠ざかるばかり。
けれど、新たな出会いがもたらしてくれた安心感とワクワクが、心のなかで静かに混ざり合っている。
次に会うとき、かなたちゃんはどんな服を着ているんだろう? その服が、彼女自身の秘密をどれだけ映し出しているのか……気になることばかりだ。
彼女と話してみれば、ぼくの体質の謎も、もっと解けるのかもしれない。
心の中でそんな期待を抱きながら、ぼくは静かに夜の街を歩き出した。
かなたちゃんは年下ですが、”服に着られる暦”はひかりよりも長いです。
なので、体質に関しては”先輩”となります。年下先輩。
次回もかわいい服が登場します。お楽しみに!




