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25 今度は僕の番だーーひかりくんを取り戻す作戦は!?

 真っ暗な視界。


 孤独。


 絶望。


 どこまでも深く沈んでゆくような感覚を、僕ーー「完成形」としてのあきらは静かに回想する。


 (僕は、誰でもない。今の僕はただ、最後に着た服に支配される存在だ)


 存在しているようで存在していない、そんな曖昧な意識の中に、僕はゆっくりと沈んでいった。


 (もう消えてしまってもいい。もとより存在しないものが消えたところで、誰も気づきもしないだろう?)


 それが真実なのだと思いかけた、そのとき。


 ――あきらくんを救う方法を、絶対に見つけてみせる。


 優しく、けれど確かな力を秘めた声が、闇の中に響いた。


 それはまるで、暗闇に差し込む一筋の光だった。


 その声を聞いたあの時、僕の中で何かが変わった。


 (ああ、僕がいる理由が、わかったかもしれない。)


 ゆっくりと、闇が晴れていく。


 次第に遠ざかっていく孤独と絶望。


 瞼をゆっくりと開けると、淡く揺れるカーテン越しの朝の光が僕を包んでいた。


 静かな朝。


 目覚めた僕は、胸に手を当てながら、小さくつぶやく。


「あの時、ひかりくんが僕を救ってくれた。僕が何者なのか、誰なのかを、教えてくれたのはきみだった」


 そうだ。


 僕に存在する意味をくれた人が、目の前にいたのだ。


『ひかりくんの本質――それは、人を幸せにすること』


 だから今の彼の姿がどんなに変わっても、それは決して失われていないはずだ。


 その本質を守ることが、僕自身の使命になる。


 ゆっくりと立ち上がり、窓辺から朝の光を見つめながら、静かな決意を固めた。


「今度は僕の番だ」


 かつて受け取った希望を、今こそ彼に届けよう。


 ひかりくんを、もう一度取り戻すために――。




 新都高度脳科学研究所、その静かな研究室の一室で、僕は如月さんと向き合っていた。


 重い沈黙の中で、如月さんが資料を静かにテーブルに置く。


「……あきらさん、現在のひかりさん、いや、『あまりん』の状況は極めて深刻です」


 彼女の表情はいつになく固く、目に浮かぶ色は、はっきりと懸念を示していた。


「SNS上での『あまりん』の反響が彼自身を変え、さらにそれがフィードバックされていく……」


 僕は黙って頷く。


「元々、ひかりさんの体質は通常のL-LLMとは比較にならないレベルの精度です」


 そう、彼は特別なのだ。もちろん、僕のような「完成形」ではない、でも。


「興味深いですね。人に愛される。その点に関しては、あなたを凌駕する」


「だからこそ、危うい」


 僕の言葉に、如月さんがうなずく。


「『かわいくなる→SNSでさらに反響を呼ぶ→さらにかわいくなる』……こんな正のフィードバックループ、誰にも予想できなかったでしょう」


 如月さんが「あまりん」のプロフィール画面を開く。


 もはや、フォロワー数は10万を突破していた。更新するたびに、数は増えていく。


「このまま放置すれば、彼自身が世界そのものを飲み込むレベルになりかねません」


 穏やかな如月さんの口から、そのような重い言葉が出ること自体、事態の異常さを物語っていた。


「わかっています。このループを断ち切らない限り、ひかりくんはもう戻れない」


 僕は静かに答え、彼女の目を見つめ返した。


「ええ。これは誰のせいでもありません。ひかりさん自身すら、悪くない」


 そう、このループの中には悪意がひとつも存在しない。ただ、純粋な善意や期待、そして歓喜だけが彼を取り巻き、絡みついているのだ。


 如月さんが、静かに僕を見据える。


「これは、生半可な方法では解決できませんよ」


 その言葉に僕は静かに頷き、深い呼吸を整え、決意を固めた。




 薄暮が迫る神社の境内に、静かな風が吹いていた。


 彼が「あまりん」になるずっと前。


 かつて、ひかりくんが巫女として人々を癒やしたこの場所。


 僕が、はじめて彼を見たこの場所。


 ここに来れば、何かがつかめるかもしれない。


 僕は静かな足取りで鳥居をくぐる。


 (『きみはひかりだ、男の子だ』と告げたところで、きっと彼は戻らない)


 彼の中の「あまりん」は、単純な言葉や説得だけで覆せるほど浅い存在ではない。


 自問を繰り返しながら、僕は参道の奥に進んだ。


 そこに、穏やかに佇む一人の女性の姿が見えた。


 何かを思い出しているような、遠い目。


 その暖かな目の先にあるものが、今の僕が見ているものに重なる気がして、つい声をかけてしまう。


「こんにちは」


 女性は、突然の僕の声に少し驚いた様子だったが、すぐに優しい微笑みを返した。


「あ、こんにちは。こんな時間に珍しいですね」


「ええ。少し考えごとをしていて……」


 女性は神社を見渡し、小さく頷く。


「ここ、落ち着きますよね。わたしも時々来て、あの時のことを思い出すんです」


「あの時?」


 僕が問い返すと、彼女は静かに、しかし確かな口調で語り始めた。


「実は、以前ここで一人の巫女さんに会ったんです。その人、とても優しくて……わたしが悩んでいたことを、まるで自分のことのように聞いてくれて」


 交通安全のお守りをぎゅっと握りしめて、言った。


 そんな彼女の瞳には、その日の光景が鮮やかに蘇っているようだった。


 ーーまさか、その巫女さんは。


 優しく人を癒やす、そんな存在は。


「あの時、運転するのが怖くて、つらくて……。でも、その人はこう言ってくれました。『きっと大丈夫ですよ』って」


 彼女はその言葉を噛みしめるように、ゆっくりと言った。


「その言葉に、わたしは救われたんです。今でも心に強く残っています」


 間違いない、ひかりくんだ。


 あまりんとしてでなく、ひかりくんに救われたことを、今でも人々は確かに覚えているのだ。


 ーーなら、それらの救いは、彼そのものじゃないのか?


 僕はその瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃を感じた。


(そうか……アイデンティティというのは、自分一人で決めるものじゃない。周囲の視線や思いが、僕たちに『自分』を形作る力を与えるんだ)


 僕自身が、ひかりくんの言葉によって救われ、自分が誰なのかを見出したように。


 ひかりくんが今「あまりん」としてしか自分を認識できないのは、彼自身が自分の姿を周囲のフィードバックからしか見られなくなったため。


 ならば――


「ありがとう。あなたに会えてよかった」


「え……?」


 女性が戸惑うなか、僕は静かな決意を胸に、力強く口にした。


「やっと分かった。彼自身にもう一度、彼の本当の姿を『見せる』しかないんだ」


 もう迷いはなかった。


「少し、協力していただきたいことがあります。僕の大切な人が、迷っているんです。あの頃のあなたのように」


 僕は、確かな手応えを胸に、夕闇が包む境内を後にした。




 閉店後のカフェには、深い静寂が漂っていた。


 窓の外からは街灯の淡い光が差し込み、テーブルを囲む僕らの顔をぼんやりと照らし出している。


 僕は深く息を吸い、静かに言葉を切り出した。


「――これが最後の方法だ。もうひかりくんに何度言葉を伝えても、彼自身には届かないだろう」


 かなたくん、まどかくん、つむぎさんが、息を詰めて僕を見つめている。


「だから、僕らが『ひかりくん自身』を演じて見せるしかないんだ」


 かなたくんが戸惑いを隠さず、小さな声で問い返した。


「ひかりお姉ちゃんを……演じる?」


 まどかくんも真剣な眼差しで頷き、疑問を口にする。


「確かに、他人が演じてならひかりさん自身の姿を本人に見せられますわ。でも、男の子から女の子になったり、服に完璧に着られたり……普通の人間には絶対に無理ですわ」


 かなたくんが続ける。


「そうだよ……ひかりお姉ちゃんは特別だもん。服に着られて、誰かを幸せにして……そんなことができる人、他にいるの?」


 その目は、戸惑いと不安に揺れている。


 つむぎさんも静かに彼女たちを見守っている。


 僕はゆっくりと彼女たちの視線を受け止めた。そして、穏やかに、だが確信を持って言う。


「……ひとりだけ、いるだろう?」


 その言葉に、場が一瞬凍りついたようになった。


 まどかくんが目を大きく見開き、呆然と僕を見つめる。


「まさか……そんな……」


 その驚きに、かなたくんがすぐに気づいたようだった。


「あきらさん、そうか、あなたなら……」


 僕は静かに頷く。


 つむぎさんが確信に満ちた表情で言った。


「L-LLMの“完成形”……。あきらくん、あなたなら服に完璧に着られて、『ひかりくん』そのものを再現できる……!」


 かなたくんが息を飲む音が聞こえた。


「でも、あきらさん……それは……」


 彼女は不安げな目で僕を見る。きっと彼女たちには、僕が背負うものの重さがわかるのだろう。


 それに、この体質は、「完成形」には、危うい副作用もある。


 ひかりくんを、他人をトレースしすぎると、またあの頃のように自分を見失うかもしれない。


 しかし、僕の心は既に決まっていた。


 一瞬、目を閉じる。


 瞼の裏に、鮮やかに浮かぶひかりくんの笑顔。


 明るくて、優しくて、照れ屋で――どんな時も周囲を明るく照らしていた、あのひかりくんの姿。


『ぼくは、絶対にあきらくんを救う方法を探す』


 彼がそう言ってくれたあの日の約束が、心の底から僕を強く押し上げる。


 だから、僕は今、躊躇わない。


 僕は目を開き、はっきりと告げた。


「そうだ、僕なんだ」


 自分の言葉に迷いはなかった。


「僕だけにしか、できない」


 静かな確信が、その場の全員の心に染み渡るのを感じた。


 まどかくんが覚悟を決めた瞳で頷いた。


 かなたくんの目にも、力強い希望が浮かび上がった。


 「私の出番もある? ふふ、昔の血がまた騒ぐわね」


 そんな言葉とともに、つむぎさんもまた、僕の決意を支えてくれている。


 やがて僕は、その静かな空気の中で改めて言葉を紡ぐ。


「ひかりくんが僕らを照らしてくれたように、今度は僕らが彼を照らす番だ」


 その言葉に、三人が静かに、しかし確かな意志を込めて頷いた。


 僕らは、今度こそ彼を取り戻すための、一歩を踏み出そうとしていた。




 あまりん フォロワー数 53290→129205




ここまで読んでいただきありがとうございます!


次回、ついにシーズン2最終回です!


みんなの作戦の行方は?


ひかりくんは、日常を取り戻せるのか?


お楽しみに!

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