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23 越えてしまった「わたし」の境界線――『ぼく』が甘く溶ける瞬間

「二人ともごめんねっ、お待たせ〜!」


 駅前のショッピングモールは、週末らしい賑やかさに満ちていた。


 ちょっと息を切らしながら駆け寄ると、まどかちゃんとかなたちゃんがこちらを振り向いた。


「いえいえ、わたくしたちもさっき来たところですわ」


「でも、ひかりお姉ちゃんが最後に来るなんて、少し珍しいね」


「うん、ちょっとね、髪がまとまらなくて……」


 さっき気づけば、鏡の前で前髪を整えるのに10分以上かかってた。


 ちょっと女の子っぽすぎるかなって思いつつ、なぜか今日は気になっちゃって。


 “ぼく”なら、絶対そんなことしないのに。


「うふふ、今日のひかりさん、完全に女の子って感じですわね」


 まどかちゃんは嬉しそうだ。


 いつもなら照れてしまうところなのに、今日のぼくはなぜか自然に言葉が出る。


「えへへ、髪、どうかなぁ」


「……っ! ひ、ひかりさん、なんかいつもより破壊力がある気がしますわ」


「うん、なんか、既に全力で女の子してる……」


 かなたちゃんも目を丸くしている。



「それじゃ、せっかくだし、早速お洋服を見に行きますわよ!」


 まどかちゃんがうきうきした表情で歩き出す。


「今日はとことん可愛い服を買っちゃおうね!」


 かなたちゃんも目を輝かせて、ぼくの手をぎゅっと掴んでくる。


「うん、楽しみだね!」


 ぼくの口から自然とそんな言葉が飛び出した。


 (あれ、ぼく、いつもならもうちょっと恥ずかしがるはずなのに……)


 でも、その違和感はすぐに消えた。


 だって、目の前にはキラキラしたお洋服が並んでいて、まるで宝箱みたいだから。


 思わず瞳が輝き、心が浮き立ってしまう。


「あ、このワンピース可愛い!」


 気づけば、ぼくは真っ先にお店に駆け込んでいた。


「ひかりお姉ちゃん、今日は積極的だね〜?」


 かなたちゃんが少し驚いたように笑う。


「ふふっ、でもそれがいいですわ。さ、試着しましょう!」


 試着室で、淡いピンクのワンピースに袖を通す。


 鏡の前に立つと、そこに映るぼくは完全に『あまりん』だった。


「わぁ……可愛い……」


 自然に口から言葉が溢れる。


 胸の高鳴りが止まらない。指先が震える。


 早くみんなに見て欲しい。スマホを取り出し、試着室の鏡越しに写真を撮った。


 すぐにSNSに投稿する。


『新しいワンピース、どうかな?♡』


 投稿した瞬間、甘い快感が背筋を駆け抜ける。みんなからの反応が待ちきれない。


 外に出ると、まどかちゃんとかなたちゃんが待っていた。


「どうかな?似合ってる?」


 二人は、ぼくを見て一瞬息を呑んだ。


「ええっ、ひかりさん、ほんとにかわいいですわ!」


「うん、すっごく女の子……!」


 二人の言葉に、心がとろけそうになる。


 でも――


 まどかちゃんがふと眉をひそめる。


「あの……ひかりさん、今日はなんだか迷いがありませんわね?」


「え?どういうこと?」


 かなたちゃんも続く。


「うん、いつもより全然照れないし……その、すごく嬉しいけど……」


 二人の瞳に、ほんの少しだけ違和感が混じる。


 ぼくは一瞬胸がドキリとした。


「そ、そうかな?えへへ、でも今日はなんだか気分が良くて……」


 二人の視線がぼくを探るように注がれる。


 でも、すぐに笑顔に戻った。


「まぁ、ひかりさんが楽しんでるならそれでいいですわ!」


「そうだね、今日は思い切り楽しもう!」


 二人が笑顔になると、ぼくの中の小さな違和感もすぐに消えていった。


 次の瞬間には、また新しい服を探していた――。


 その時、ポケットのスマホが震える。


『かわいすぎるよ!』『本当に天使みたい』『あまりんしか勝たん!!』


 通知の嵐に、心臓が甘く震えた。


 (あぁ、もっと見られたい。もっと可愛くなりたい)


 小さな違和感なんて、もうどうでもよくなってしまっていた。




 かわいいお洋服に始まり、下着に靴下、リボンやアクセサリー、雑貨にいたるまで、紙袋が両手いっぱいになるほど買ってしまった。


「ひ、ひかりお姉ちゃん、そんなに買っちゃうの?」


 かなたちゃんが驚きながらぼくを見つめる。


「そ、そうですわよ? ひかりさん、まるで新生活を始めるみたいに……」


 まどかちゃんも戸惑い気味だ。


「えっ……?」


 二人に言われて初めて、自分がどれだけ買い物をしてしまったのかに気づく。


「ほ、本当だ……なんでこんなに買っちゃったんだろ……」


 手元にある大量の紙袋を見下ろす。


 自分のものを全部、女の子用に置き換えるみたいに――。


「なんだか……今日はどれも欲しくて……」


 言葉が自然と出てくるけど、どこかふわふわして、自分のものとは思えない。


「ひかりさん、大丈夫ですの?」


 まどかちゃんの優しい声に、ぼくははっとする。


「あ、うん!大丈夫……だと思うけど……」


 でも、心臓がドキドキして、胸の奥で何かがうずいている。


 こんな感覚は初めてだ。


「もしかして、何かあった?」


 かなたちゃんが心配そうに顔を覗き込む。


「ううん、全然! ただ、なんとなく……」


 誤魔化そうとするけれど、自分でもよくわからない。


「うーん……」


 二人は少し不安そうな顔を見せつつも、それ以上は深く追求しなかった。


 紙袋を抱えて歩きながら、ふと胸に手を当てる。


 大量に買い込んだ女の子の服や小物たち。


 それらはまるで、「ぼく」を捨て去り、「わたし」に生まれ変わるための準備のようだった。


(……本当にどうなっちゃうんだろ……)


 そんな不安が心をかすめたけど、ふわっとした幸福感にすぐに消されてしまった。




 モールを歩いていると、イベント会場でスタッフさんたちが慌ただしく何やら困っている様子が見えた。


「どうしたのかな……?」


 不思議に思って眺めていると、スタッフさんの会話が耳に入ってきた。


「どうしよう、まさか急にキャンセルになるなんて……」


「ファンの方たちも待ってるのに、このまま中止じゃ申し訳ないよ」


 それを聞いて、胸がきゅっと痛んだ。


「あら、あの時のヒノモトモールの出来事に似てますわね」


 まどかちゃんが懐かしむように口にする。


 あの日、歌のお姉さんが急に来られなくなって、悲しむ子どもたちを見ていられなくなってしまったことを思い出した。


 (そうだ、あの時も……)


 まどかちゃんに背中を押されるまま、ぼくは服に「着られて」歌のお姉さんになった。


 でも今日は子どもたちの姿もないし、そのままイベントが中止になっても、問題はないはず。


 なのに――


「あのー、わたしに何かできること、ありますか?」


 自然と、身体が動いていた。


 (えっ、今、自然に『わたし』って……)


 まどかちゃんも、驚いたようにぼくを見る。


 スタッフさんが振り向き、ぼくの姿を見た瞬間、ぱあっと顔を輝かせる。


「あ、あまりんちゃん!? 本物ですか? わたし、大ファンなんです!」


 思わぬ言葉に胸がときめき、頬が自然と熱を帯びてしまう。


「わー、嬉しい!」


 気づけば、ぼくはもう完全に『あまりん』として笑顔を浮かべていた。心の奥底から湧き上がる、言いようのない幸福感。


 (ぼくなら、できるかも――)


 小さな予感が、確信に変わり始める。


 スタッフさんが目を潤ませながら言った。


「実は今日、ここでアイドルさんの握手会が予定されてたんですけど、急に来られなくなってしまって……」


 握手会――ファンのみんなと直接会えるイベント。


 胸の奥で、何かが弾けそうなほど喜んでいるのが分かる。


「じゃあ……わたしが、その代わりになれるかな、なんて?」


 自分でも信じられないほど、自然に言葉が出てきた。


 ちょ、ちょっと自意識過剰かな、でも……


 なぜか、根拠のない自信があった。


 スタッフさんたちが喜びに湧き、まどかちゃんとかなたちゃんも目を丸くしてぼくを見つめる。


「あ、あまりんちゃんが握手会……! すごい!」


 その瞬間、もう迷いはなかった。


 かなたちゃんが少し戸惑った様子で、声をかけてくる。


「ひかりお姉ちゃん……すごいね。でも、自分から声をかけるなんて、はじめてかも……」


 その言葉に、胸が一瞬だけざわつく。


「そうかな? でも、これでまたバズっちゃったら、楽しそうじゃない?」


 自分でも驚くほど自然に言葉が出る。心が躍ってしまっているのがわかる。


 まどかちゃんが少し真剣な表情でぼくを見つめた。


「ひかりさん……やっぱり、何か変わったような気がしますわ」


 その言葉が、胸に小さく刺さる。二人の表情には、はじめてはっきりとした戸惑いが浮かんでいた。


 何か言い返そうとしたその瞬間、スタッフの明るい声が響いてきた。


「あまりんさん、準備できましたー!」


 心臓が跳ねる。振り返った瞬間、ぼくの顔には自然と満面の笑顔が浮かんでいた。




 握手会。それはもう、圧巻だった。


 最初は戸惑い気味だったファンも、目の前に立つあまりんを見た瞬間、その瞳は驚きと喜びに揺れ始める。


「う、嘘……本当にあまりんちゃんがいる……!」

「あまりんさん、画面よりずっと可愛い!」


 そんな言葉に胸が熱くなり、鼓動が高鳴る。


「あ、ありがとう!でも、実物はがっかりされないかなって、ちょっと不安だったんだよ?」


 そっと手を握ると、相手の頬がぱっと赤く染まった。


「そ、そんな……本当に、本当にあまりんちゃんがここにいるなんて、夢みたいで……!」


 その言葉に、心の奥で何かが甘く弾けた。胸の中で熱がじわりと広がっていく。


「うん……夢じゃないよ。ほら、ちゃんと触れられるでしょ?」


 やわらかく微笑んで伝えると、ファンの目は潤み、さらに頬を赤く染める。


 (ああ、本当にいるんだ。『あまりん』が、「わたし」が、ここにいるんだ……)


 その瞬間、『ぼく』の境界線が甘く溶けて消えていくのを感じた。


 次に並んだ男性は、最初は少し不満げだった。


「まぁ、アイドルが来られなくなったって聞いて、仕方なく寄っただけだから」


「あ……そっか、ごめんなさい。わたしなんかで、期待に応えられなくて……」


 悲しそうに俯いてみせると、その男性は慌てて手を振った。


「あ、いや、そういう意味じゃなくて……!その、ごめん……」


 そっと手を握り、瞳を潤ませながら見上げる。


「今日がいい日になりますように。わたしが、応援してるからね……?」


 するとその男性の表情が一気に蕩ける。


「え……いや、うん、すごく嬉しいかも……。ありがとう……」


(わぁ……「わたし」の言葉で、みんなが笑顔になってる……)


 次々と続く握手会。気づけば、長蛇の列ができていた。


 カメラに向かって微笑むと、フラッシュが焚かれる。SNSにもどんどん拡散されているようだった。


 会場がどんどん熱気に包まれる。ぼくの胸の奥で、何かがじんわりと熱く溶けていくのを感じた。


 (もっと、もっとみんなに見られたい……!)


 すべてが甘く心地よく、ファンの視線ひとつひとつが心に染み込んでいく。




 握手会が終わると、まどかちゃんとかなたちゃんが駆け寄ってきた。


「さすがひかりお姉ちゃん! 本当にすごかったよ!」


 かなたちゃんは笑顔だけど、どこか少し浮かない表情をしている。


「えへへ……ありがとう。でも、こんなに盛り上がっちゃうなんて、わたし……」


 その言葉に、まどかちゃんが一瞬眉をひそめる。


「あれ? ひかりさん、いま『わたし』って……?」


「あ……え?」


 まどかちゃんに指摘されて、はっとする。


 話す時、いつの間にか、わたしになっていた。


 あれ? いつからだろう。


 もしかして、今日ははじめから……


 でも――なぜか違和感はなく、むしろそれが自然に思えてしまう。


「うん、でも、女の子だし……いいよね?」


 ぼくはそう言って微笑んだ。


 まどかちゃんとかなたちゃんは、少しだけ戸惑いながらも頷いた。


「そ、そうですわね。ひかりさんがそれでいいなら……」


「うん。ひかりお姉ちゃんが嬉しいなら、わたしも嬉しいよ」


 ふたりの表情に小さな影があるのを感じたけど、ぼくの胸の高鳴りがそれをかき消してしまう。


 いま、心の中では「ぼく」って確かに考えてるけど、それが「わたし」になったら……?


 何か重大なことな気がするけど、モールの出口が見えてきて、つい忘れてしまう。


「ふたりとも、ありがとっ!また遊ぼ!」


 別れ際、不安を振り切るように、ぼくは明るく手を振った。




 紙袋を両手いっぱいに抱えて家に帰り、クローゼットの前に立つ。


 新しく買った服を丁寧に取り出して、一つひとつハンガーに掛けていく。


 ふわふわのワンピース、淡い色のスカート、可愛いリボンにブラウス。


 クローゼットの中がどんどん女の子らしい色合いに染まっていく。


「ふふっ……やっぱり、女の子って楽しい……」


 ふと視界の隅に入ったのは、今まで着ていた男の子の服。


 それを見た瞬間、胸がきゅっと痛むような、懐かしいような感覚が走った。


 でも、それはほんの一瞬だけ。


 無意識に、男の子の服を奥の見えないところに押し込んでしまった。


 そのとき、スマホがブルッと振動した。


 握手会でファンになった人たちからのメッセージや、SNSの通知が止まらない。


 『あまりんちゃん、今日は本当にありがとう!』

 『絶対また会いに行きます!』

 『あまりんしか勝たん』


 そのひとつひとつが、胸を熱く甘く満たしていく。


「ふふっ、”わたし”……愛されてる」


 自然と口元に笑みが浮かぶ。


(きっと、明日も明後日も、女の子としての楽しい毎日が待ってる……)


 クローゼットの中の新しい服を見つめながら、幸せな予感に包まれる。


 かわいいパジャマに着替え、ベッドに入ると、ふわりと柔らかな布団に包まれる。


 でも……


 心の中に残った「ぼく」は、なぜか胸が強く痛んでしまう。


 あのときの、まどかちゃんとかなたちゃんの顔。


 いつでもここに戻ってきてねと言ってくれるつむぎさん。


 静かに見守るあきらくんの目。


 なにか、大切なものが消えてしまうような。


 でも、そんなぼくを、今はなぜか少し遠く感じてしまって。


「おやすみなさい……♡」


 全てを塗りつぶすように甘く微笑んだぼくは、女の子として、幸せいっぱいのまま眠りについたのだった。




 あまりん フォロワー数 10500→22100




 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 とうとう女の子であることを受け入れてしまったひかりくん。


 かすかに残る胸の痛みの行方は? 


 周りの仲間はどう思うのか?


 次回をお楽しみに!

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