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21 SNSの誘惑!はじめて“着せられずに着た”日

 約束のカフェに行くと、そこにはもうあきらくんが来ていた。


 窓際の席で、ぼんやりと外の景色を眺めている。


「あきらくん!久しぶりだね」


 声をかけると、ゆっくりとこちらを振り向く。


 その顔は相変わらず中性的で、息をのむほどゾクっとする美しさをたたえている。


「やあ、ひかりくん。また会えて嬉しいよ」


 まっすぐに届けられた言葉に、ぼくの心臓が一瞬高鳴った。


「ぼくも嬉しいよ。最近どう? 忙しいって聞いたけど、研究所とかの仕事?」


「それもあるけど、僕の体質を必要としてる人たちがいるからね」


 それって一体どんなことなんだろう。


 あきらくんの普段の姿は、いまだによく見えないままだ。


「それで、今日は相談があるって聞いたけど」


「あ、そうだった。実は最近、この体質が過敏になってきちゃって。小物とかリップひとつで簡単に女の子になっちゃって……」


 ぼくは少し照れながら、状況を説明する。


「あきらくん、これってまずいかな……」


 彼は少しだけ考えて、穏やかに微笑んだ。


「いや、多分それは、ひかりくんがその体質をうまく乗りこなせるようになったってことだよ」


「乗りこなす?」


「そう。少ない刺激で変化が起きるのは悪いことじゃないと思う」


「そ、そうかな……。でも、このままだと脱いでも元に戻らなくなったりとか……その、あきらくんみたいに……」


 思わず口ごもった。そんなことを本人の前で言うのは、さすがに気が引ける。


「あぁ、それは心配しなくていいよ。体質自体が大きく変わることはないし、僕みたいな完成形にはならないと思う。これは、生まれつきの特異体質だからね」


「そっか、なら安心だね」


 ふっと肩の力が抜けて、思わず安堵の息が漏れた。


「それよりも……」


 あきらくんが何かを言いかけたとき、タイミング悪くぼくのスマホが振動した。


 つい反射的に画面を確認してしまう。


 さっきの「あまりん」としての投稿が、ちょっとバズってしまったらしい。


 思わずSNSを開く。


「ひかりくん、そのアカウント……」


「えっ……!?」


 ぼくはギクッとしてスマホを隠した。


「こ、これは違うからね!」


 あきらくんに知られるのが恥ずかしくて、耳まで熱くなってしまう。


 もしかして、もう全部知られてるのかな?


 変な気持ちが胸の中にむずむずと湧いてくる。


「じ、じゃあ、ぼくそろそろバイトだから!」


 慌てて切り出してしまう。


「今日はありがと! またすぐ会いたいな!」


 あきらくんは少し驚きつつも、穏やかに言う。


「うん、何かあったら、なんでも相談して」


 ぼくは焦って席を立ち、逃げるようにカフェを出た。


 一人になった後の席で、あきらくんは小さく苦笑する。


「体質の過敏化。それよりも、あのアカウントのほうがよっぽど心配かもしれない……」


 その小さなつぶやきは、誰に届くこともなく消えた。




「ありがとうございました。またお待ちしています!」


『Café Catalyst』でぼくは、笑顔でお客さんを見送った。


 今日は特に波乱もなく、男子の制服で普通に勤務できている。


 ホッとしたような、それでいて少し物足りないような、不思議な気持ちだ。


 (うん、今日はこのまま穏やかに過ごせるかな……)


 そう思っていると、ポケットのスマホが小さく震えた。


 (……勤務中だから、できるだけ触らないようにしないと)


 自分に言い聞かせる。


 でも、お客さんが途切れてバックヤードに戻ったとき、つい気になってスマホを取り出してしまった。


 画面には新規フォロワーの通知、先日の投稿への大量のいいねが表示されている。


「……なんで、こんなに気持ちいいんだろう」


 ぼくは元々、こういうSNSにはあまり興味がなかったはずなのに。


 それなのに今は、通知が増えるたびに胸がじんわりと甘く疼いてしまう。


 (休憩時間に、もうちょっとだけ見てみようかな……)


 そして休憩時間が訪れると、ぼくは迷わずスマホを手に取っていた。


 通知を確認していると、自然に指が動き、フォロワーへの返信を打ち始めてしまう。


 (やばい……返信したくなっちゃうよ、これ……)


 まるで別人になったような気分だ。


 その時、かなたちゃんとまどかちゃんが並んで、ぼくに近づいてきた。


 (う……また、何か着せられちゃうのかな……)


 内心身構えつつも、二人の表情がいつもと違うことに気づく。


「ひかりお姉ちゃん、いつもごめんね」


 突然の謝罪に、ぼくは驚いた。


「えっ? どうしたの、急に」


「あれからちょっと、反省というか……いつも振り回しちゃって」


 かなたちゃんの声が、小さく申し訳なさそうに響く。


「あ、大丈夫だよ! ぼくも結局、自分で着てるわけだし……」


 慌ててそう返したけど、かなたちゃんの表情はまだ少し曇ったままだった。


「わたくしも、調子に乗りすぎましたわ。ひかりさんの意思を無視してしまっていたのではと……」


 まどかちゃんまで真面目な顔で謝ってきて、ぼくは胸がじんと熱くなった。


「ふたりとも……そんなにぼくのこと考えてくれてるなんて、嬉しいよ」


 ぼくがそう言うと、二人は少しホッとしたような表情で微笑んだ。


 そんなときだった。


「はーい、ひかりくんお疲れさま!  今日も衣装持ってきたわよ~!」


 明るい声と共につむぎさんが現れ、手には見るからに目立つ、フリルたっぷりのかわいいクラロリ風衣装が抱えられていた。


「あれ? 二人とも、今日、ひかりくんにはクラロリ風衣装着てもらうって言ってなかった?」


「ち、違いますわ! 今日はひかりさんの意思を尊重する日ですのよ!」


 まどかちゃんが焦ってそう言うと、つむぎさんは首を傾げた。


「あら? そうなの?『これ絶対めっちゃバズりますわ!』って、あんなに張り切ってたのに?」


「つ、つむぎさん!それは内緒!」


 ぼくの心臓が、『バズ』という単語にドキリと反応してしまう。


 かわいい衣装を見ていると、いつの間にか気持ちがふわふわと揺れ始める。


(……い、いやいや、今日はダメなんだってば!)


 自分に言い聞かせるように頭を振るぼくに、かなたちゃんが真剣な顔で言った。


「とにかく!今日はひかりさんが自分らしく過ごす日なのですわ!」


「そ、そうだよね……。ありがとう、二人とも」


 ぼくは少し名残惜しさを感じつつも、衣装から目を逸らした。


 ぼくらしく、過ごす日……


 スマホの画面には、まだ『あまりん』宛ての通知が増え続けている。


 つい、想像してしまう。


 ――かわいいクラロリ衣装を着たぼくの姿。


 あの華やかなレースやフリル、細部まで完璧に飾られた服を身にまとえば……。


 きっとまた、バズっちゃうんだろうな。


 スマホが振動しっぱなしになって、止まらない通知。


 画面いっぱいに広がる、ぼく――いや、『あまりん』へのいいねやコメント。


 (わあ、かわいい……)

 (最高に似合ってる!)

 (もっと見たい……!)


 そんな甘い言葉に包まれて、ぼくの脳がじんわりと溶けていくような感覚。


「あっ……!」


 気づけば顔が熱を帯びている。胸がざわめき、鼓動が早くなる。


 (だ、だめだよ、ぼく……! 今日はそんな日じゃない!)


 慌てて頭を振り、必死にその想像を追い払う。


 でも、心の奥底では小さな声が囁き続けていた。


『本当にダメなの? 気持ちいいのに……』


 ぼくは唇をきゅっと噛みしめ、スマホを慌ててポケットにしまい込んだ。




 バイトが終わって休日の街を歩く。


 今日はずっと男子の姿で、なんでもない日常のはず。


 通りかかったパンケーキのお店に目を奪われ、ぼくは思わず立ち止まった。


 (わ……すごくかわいい……映えそう……)


 つい、「あまりん」として考えてしまう。


 ポケットのスマホを取り出して、手が勝手に写真を撮ってしまう。


 気づいたら、自然に指が動き始める。


『かわいいパンケーキ見つけちゃった♡ 絶対おいしいやつ! みんなにも教えてあげたいな♪』


 投稿ボタンを押してから、自分が男子の姿だと気づき、頬が熱くなる。


 (やばっ……ぼく、普通に男の姿で、あまりんとして投稿しちゃった……! しかも、無意識に……)


 動揺しながら歩き出すと、突然、後ろから声をかけられた。


「あの……もしかして、あまりんさんですよね?」


 びくっと振り返ると、そこには若い女性が少し照れたような笑顔を浮かべていた。


「えっ!? あ、いや、違います! ぼ、ぼく、男ですし!」


 慌てて否定するが、彼女は首を横に振り、小さく微笑む。


「いえ、服装とか雰囲気が違ってても……なんとなくわかります。いつも投稿、見てます」


 ぼくは戸惑いながら、彼女の真剣な眼差しを見つめた。


「あまりんさんの投稿を見てると、すごく元気が出るんです。疲れたときとか、本当に救われてて……また配信、楽しみにしてます」


 彼女はそう言って、深くお辞儀をして去っていった。


 ぼくは呆然とその場に立ち尽くした。


 胸が熱い。心臓が高鳴っている。


――かつて巫女さんになった日のことを思い出した。


 あのときも、ぼくの変身で誰かが喜んでくれた。誰かが笑顔になった。


 もしかしたら……このぼくの体質――L-LLMは、人を幸せにする力を持っているのかもしれない。


 (だとしたら……あまりんも、そのために生まれたのかも)


 ぼく自身は元々、こんなふうに目立ったり、人に承認されたりすることに興味なんてなかったはずだ。


 でも、今こうして「気持ちいい」と感じてしまうのは――


 (誰かを幸せにしている、って実感できるからかもしれない……)


 その瞬間、ぼくの中で何かがつながった。


『そう、受け入れていいんだよ』


 甘く、優しい囁き。


 まぎれもない、ぼく自身の声。


 どこか遠くから聞こえるのではなく、ぼくの内側から湧き出した声。


 (……これ、気づいちゃったの、まずかったかも……)


 だって、この気持ちよさは――ぼく自身の、根源的な欲求。


 そしてそれは、悪いことではない。


 「あまりん」として生きることが、誰かを幸せにするのなら。


 (それなら、ぼくは……)


 街中で、ぼくはゆっくりと空を見上げる。


 心の中に、小さな微笑みが生まれていた。




 夜。自分の部屋のクローゼットを開ける。


 あの海の日に、まどかちゃんたち三人から押し付けられた女の子の服。


 あの日、結局持ち帰ってしまい込み、忘れようとしていた服。


 扉の裏に貼られた小さな鏡に、自分の男としての姿が映った。


「……ほんとにいいの?」


 問いかけると、昼間の声が頭の中で再生される。


 『あまりんさんの投稿を見てると、すごく元気が出るんです。疲れたときとか、本当に救われてて』


 その声を聞いた鏡の中の自分は優しく微笑んで、小さくうなずいた気がした。


 ぼくは迷いを振り切るように、女の子の服にゆっくりと袖を通していく。


 心臓がドキドキと高鳴る。


 (はじめて、自分の意思で女の子になっちゃった……)


 その事実が、ぼくを高揚させる。


「今日は、声だけの配信だから……いいよね」


 スマホに向かって、優しくささやいた。


「こんあまりん♡また会えたね」


 “わたし”の身体、心、そのすべてーーそして、”ぼく”の内側までもが歓喜の声をあげている気がした。




 あまりん フォロワー数 2800→5900




 今回も読んでいただきありがとうございます!


 ついに自分の意思で女の子になっちゃったひかりくん。


 あまりんとの境界はこの先どうなるのか!?


 次回もお楽しみに!

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