表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/28

20 二次元を超えたVTuber!?あまりんの『目覚め』

「わぁ、ここがまどかちゃんのゲーム部屋?」


 白一色のかわいい空間に、シンプルでおしゃれなPCとモニターが並んでいる。


 ぼく、天川ひかりは、かなたちゃんと、まどかちゃんの家に遊びに来ている。


「ゲーム部屋というより、配信部屋ですわね」


「配信? YouTubeのゲーム実況者みたいな?」


「そうですわね。わたくしの場合はVTuberですけど」


「えっ! まどかちゃん、VTuberなの!? すごい!」


 驚くぼくに、まどかちゃんは上品に微笑んだ。


「あら、ひかりさん、知らなかったのですか? 意外と簡単にできますのよ」


 そう言うと、まどかちゃんはモニターの前に座ってみる。画面には、かわいらしい縦ロールのお嬢様アバターが映っていた。


 「わー、本物だ!」とかなたちゃんが目を輝かせる。


「ふふっ、ちょうど良かった! ひかりさんも、ゲスト出演しませんか?」


「えっ!? ぼくが……? でも、アカウントとかないし……」


「そんなのいりませんわ。わたくしのチャンネルにゲストでちょっと出ていただければいいだけですの!」


 ぼくもよくゲーム配信を見たりする。興味が全くないと言えば嘘になる。


「それなら……ちょっとだけなら」


 それに、ぼく自体が映るわけじゃないし、かっこいい衣装とかも、少し楽しみかも。


「やったぁ! 今日は特別な衣装モデルを用意してますのよ♪ 狐耳ヘッドホン付き!」


 き、狐耳? あ、狐耳男子とかなのかな……


「えーっ、かわいいっ!」とかなたちゃんがまた声を弾ませる。


 ……かわいい?

 

 すると、まどかちゃんはにこにこしながら白いフリルの狐衣装を手渡してきた。


「……って、これ女の子の衣装だよ!?」


「当たり前でしょう? ひかりさんの魅力を極限まで上げるには、これしかありませんわ」


「でも、衣装まで着なくても……女の子になっちゃうし……」


「まあまあ、ひかりさんも『その気』になったほうが緊張しませんでしょう?」


 それはそうかもだけど……最近、体質が過敏化しているし、また何か起こるような……


 ぼくは渋々と服を受け取る。


「わかったよ……でも、今回はあのチョーカーはなしだからね!」


 先日の黒猫化を思い出すと、いまだに顔が熱くなる。


「はいはい、そう来なくっちゃ!」


「あ、リップがありますわね。じゃあ、着替える前にひかりさんに塗ってさしあげますわね」


 そう言うと、まどかちゃんはぼくの唇にそっとリップを塗ってきた。


 途端に、ゾクっとした感触が全身を駆け抜ける。


 (えっ!? もう!? 髪が伸びてる!? 胸も膨らんで……!)


 リップだけで、女の子に”着られ”て変身が始まってしまった。


 こんなこと、今まではなかったのに!


「た、確かに、これはわたしたちの体質とはちょっと違うかも……」


 とかなたちゃんが心配そうにつぶやく。


「まあ、とにかく、どちらにしろ変身するんですから。ささ、衣装も着ちゃいましょう!」


 まどかちゃんは強引に服を押しつけてくる。


「だ、大丈夫なのかな……。ぼくの体質、ちょっと過敏になりすぎてるんじゃ……」


 不安を抱きつつも、ぼくは仕方なく狐衣装に袖を通す。


「着替え終わったけど……」


 純白の狐耳ヘッドホンをつけ、衣装に袖を通したぼくは、鏡に映った姿を見て思わず息を飲んだ。


 ぴったりと身体にフィットした白いブラウスは、胸元から腰にかけてのシルエットをきれいに浮かび上がらせている。


 ふわっと広がるフリルスカートは真っ白で、裾に重ねられた繊細なレースが揺れるたび可憐な印象を強調する。


 狐耳付きヘッドホンが頭でぴょこんと揺れて、耳の内側がほんのりピンク色なのがまた愛らしい。


 かなたちゃんが目を大きく見開き、口元を手で覆いながら悶絶している。


「えっ、やばっ……ひ、ひかりお姉ちゃん、かわいすぎる……!なにこれ、尊い……!」


 感激でふらふらしながら、今にも倒れそうなくらい圧倒されている。


 まどかちゃんも頬を赤く染め、目を潤ませながら震えている。


「ここまでとは思いませんでしたわ……! ひかりさん、これは反則級の可愛さですわ……!」


 思わず胸元を押さえ、息も絶え絶えに悶絶している。


 ぼくは鏡に映る自分を見つめながら思う。


 (は、恥ずかしい……でも、これは配信用の衣装なんだ。)


 ぼくの体質のせいだろうか。


 服や体だけじゃなく、声も仕草も、全てがVTuberとしての配信に最適化されていくような不思議な感覚がある。


 (いけそうだけど……ぼく、このまま流されちゃったりしないよね……?)


「ささ、ひかりさん、デスクの前へどうぞ。Live2Dモデルを設定しますわね」


 まどかちゃんに促されるまま、ぼくは緊張しながらモニターの前に座る。


 画面に表示されたのは、まさに今のぼくが着ている衣装そのままの、VTuberモデルだ。


 (す、すごい、これが動くんだ……!)


 思わず感心していると、かなたちゃんが戸惑うように言った。


「ひ、ひかりお姉ちゃん、モデルもすっごくかわいいけど……リアルも負けてないというか……ううん、リアルのほうが可愛い!?」


 (ぼ、ぼく、男なのに……女の子になって、こんな衣装着て、VTuberになっちゃってる……)


 戸惑っているぼくに、まどかちゃんが楽しげにささやく。


「うふふ、ひかりさん、クセになっちゃったら、いつでも機材について教えますわよ?」


「あ、配信枠がはじまりますわよ!」


 まどかちゃんが慌てずに声を整える。


「お屋敷の窓からごきげんよう! 姫乃まどかですわ!」


 まどかちゃんは手慣れた様子で挨拶をしている。


 同時接続数も結構いるみたい。流石だ……。


「今回は、皆様――まどらーにぜひご紹介したいスペシャルなゲストがいらっしゃいますの!」


 (ささ、ひかりさん、自己紹介するんですのよ!)


 まどかちゃんが小声で促してくる。


 (えっ!? 自己紹介!? 本名はさすがに言えないよ……!)


 焦って戸惑っていると、かなたちゃんが助け舟を出してくれた。


「あまりんでいいんじゃない?」


 急いでいたぼくは、ついそれを使ってしまう。


 すると、まるで本物のVTuberのように自然な声で挨拶してしまった。


「はじめまして〜、こんあまりん♡ あまりんですっ!」


(こ、これがぼくの声……!?)


 透き通った甘い声。まるで画面の中のアバターが本当に存在しているかのような自然な声が、無意識に出てしまっている。


「まどかちゃんに誘われて初参加してみたけど、わたし初めてで……自信ないけど、いろいろ教えてください」


 不安げで、それでいて愛らしくて、思わず守ってあげたくなるような“完璧”なつかみ。


 かなたちゃんが小声で震えながらつぶやく。


「ひ、ひかりお姉ちゃん、あざとすぎるよぉ……!」


 (ぼ、ぼく、どうしちゃったんだろう……! でも、もう止まらない……!)


 コメント欄は一気に爆発していく。


『えっ、声かわいくない!?』

『やばい、推し確定!』

『ねえ、誰? 有名Vじゃなくて!?』


 『あまりんは俺が守る!』というコメントと共に、なぜかスパチャが飛び交っている。


 (ええっ、どうしてスパチャ!? ぼく、まだ自己紹介しただけなのに!?)


「うふふ、本日はあまりんが主役なんですのよ。なんといってもわたくしの推しですから♡」


 まどかちゃんが微笑んでそう言うと、コメント欄が一瞬で沸騰した。


『百合展開きたー!!』

『尊すぎて呼吸止まりそう』

『まどあまてぇてぇ……』


(ほ、本当は男同士なのに……!)


 ぼくは焦りつつも、止められない配信の勢いに飲み込まれていく。


 Vとしての最適化が、衣装に着られることで完全に発動してしまう。


 気がつくと、ぼくはコメントに自然に答えてしまっている。


『こんあまりん!』

「はいっ、こんあまりん♡」


『服かわいい!』

「ありがとー、に、似合うかな?」


『声優さん?声好きすぎる』

「ち、ちがうよっ! でも……ありがとう……♡」


 (や、やばい……今回、本当にまずい……!)


 あまりんだから?


 体質のせい?


 最適化されすぎてる!


 そ、それに……これを認めちゃったら……ぼくは……。


 (気持ちいい……!)


 ――そんなもんじゃない。


 「あまりん」として愛されることは、脳が焼き切れそうなほど、気持ちいい。


 (……な、なんだ!?)


 その瞬間、何かが裏返るような――いや、内側から何かが湧き出すような、不思議な感覚。


 コメント欄は相変わらず大爆発中だ。


 スパチャが飛び交い、まどかちゃんは嬉しそうに笑いを隠せないでいる。


『あまりんって誰?』

『新人V? ネットアイドル?』

『特定班まだ?』


 その時、決定的な何かが訪れた――いや、訪れてしまった。


『Good morning』

『あまりん、遠距離の彼女になりきってみて』


 コメントを読み上げるだけだったはず、なのに。


「あ、海外のひと! おはよう♡」

「遠距離恋愛の、か、彼女のふり? 恥ずかしいけど……や、やっと会えたね♡」


 ……あれ? この声は……


「え? ひかりお姉ちゃん……?」


 かなたちゃんも小声で驚いている。


 ぼくも、はっきり気づいてしまった。


 今の台詞の中に、違う何かがいた。


『おはよう』

『やっと会えたね♡』


 まるで、目覚めの挨拶。


 あまりにも甘く、心まで吸い込まれるようなその声は――。


 (こ、これ……服に着られてるぼくの声ですらない……!?)


 ぼくの中から湧き出てきた、もうひとつの甘い声に戸惑っている間にも、コメント欄の熱狂は止まらない。


『やばい、この声で目が覚めた!』

『あまりんに恋しちゃったかも』

『この子、絶対すぐに有名になるやつだ』


「ゆ、有名!? ただ……みんなが喜んでくれるなら……わたし、嬉しいから……♡」


 『尊い』の弾幕が画面いっぱいに流れる。


 スパチャの勢いもさらに加速して、まどかちゃんの目も驚きで丸くなっている。


 (えっ……! ぼく、なんて言ってるの!?)


 しかしそれでも、甘い快感に頭がぼんやりと溶かされていくのが止められない。


 そんな時――つい、マウスに手が当たり、画面設定を変更してしまう。


「あっ!」


 突然、まどかちゃんが焦ったような声を上げた。


「ま、まずいですわ!」


 画面上に表示されたのは、Live2Dではなく『ぼく自身』の映像だった。


 狐耳をつけたリアルな美少女の姿が、視聴者たちの前に晒されてしまっている。


『リアル美少女!?』

『これは……ガチ恋不可避』

『3次元のほうがLive2D超えてるって、どういうこと!?』


 ぼくは完全に混乱し、焦りで頭が真っ白になった。


 (ど、どうしよう……! ぼくの姿、世界中に配信されちゃってる……!)


 けれど、それ以上に気づいてしまう。


 『あまりん』として、ぼく自身が愛されているという事実に。


「じ、じゃあ、おつあまりんっ! また、遊びにくるね!」


 ぼくは動揺を隠しきれないまま、慌てて配信を終了した。


 画面がオフになった瞬間、一気に緊張がほどけ、胸の奥がズキズキとうずきだす。


 (配信、終わった……よね?)


 あの時の声を思い出す。


「おはよう、やっと会えたね♡」


 まるで、『あまりん』が本当に目覚めてしまったみたいで。


 思わず背筋がゾクリと寒くなる。


 ――ブーッ!ブーッ!ブーッ!


 その瞬間、スマホが振動する。その間隔が、まるで心臓の鼓動みたいで、思わず背中が冷たくなる。


(えっ!? 配信では『あまりん』って名乗っただけで、アカウントはバレてないはずなのに!)


 恐る恐るスマホを見ると、通知が鳴り止まないほどにフォロワー数が爆増している。


『#あまりん伝説の始まり』

『#もはや2次元』

『#美少女V?アイドル?』


 ぼくが以前SNSに投稿した『あまりん』アカウントの写真と、狐耳のV衣装で配信していたぼくの切り抜き動画が凄まじい勢いで拡散されている。


 (ど、どうしよう……もう止められない……!)


 ぼくの心臓は、恐怖と喜びが入り混じった快感に、狂ったように打ち鳴らされていた。


 しかも、リップだけで女の子に変身しちゃったし……。


 (このままじゃまずいよ……とにかく、体質の過敏化だけでも調べないと。)


 震えが止まらない手でスマホを握り、メッセージを送る。


『あきらくん、明日会う時、体質のことで相談したいんだけど』


 送信ボタンを押すと同時に、目に入る大きく増えたフォロワー数。


 そして、スマホの画面に映った、『あまりん』としてのぼく。


 ――違う。


 いつもより遥かに綺麗で、甘く、蠱惑的な表情。


『本当に人間?』『リアル二次元』『もう現実には戻れない』


 コメントの嵐が脳内で響く。


 (これ……ぼくじゃない……でも……)


 胸がズキズキ痛んで、身体が熱を帯びる。


 その時、頭の奥で甘い声が響いた気がした。


 『もう、止められないよ♡』




 あまりん フォロワー数 370→2800




 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ひかりくんは、踏みとどまれるのか?


 次回をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ