19 #地雷系コーデで黒猫モード!?鈴付きチョーカーの甘い誘惑!
商店街の片隅、猫カフェの看板が見えてきた。
可愛らしい猫のイラストが描かれた扉の前で、ぼくはうろたえるように足を止める。
「ちょ、ちょっと待って……かなたちゃん、これ、どういうこと?」
今日のコーディネートは、かなたちゃんが「今日はまかせて!」と豪語して用意してくれたものだったはず。
だけど――。
パフスリーブのオープンショルダートップスに、ふりっふりのフリルスカート。
手首には、フリルたっぷりの黒のアームカフス。
ふわっと伸びた綺麗な脚は、黒のニーソックスにきゅっと包まれている。
黒一色だから地味かと思いきや、まるで闇夜に映える薔薇のように、ゴシックで目を引く。
背中の大きなリボンが、動くたびにふわふわ踊るみたいに揺れる。
いわゆる、地雷系の服だ。
服に合わせて、髪は伸び、身体も女の子になっている。
前髪は重ためのぱっつん、ふわふわのハーフツイン。リボンがちょこんと揺れて、まるでドールみたいだ。
シルエットはかなり可愛くて、むしろいつものナチュラル可愛い系よりも、視線を引きつける力が強い……。
「ねえ、なんでこの服なの!? なんかいつもより、目立つような!」
かなたちゃんはそんなぼくの困惑を楽しむように、にやりと笑う。
「ふふっ、これはちゃんと理由があるんだよ!」
なんだろう……でも、かなたちゃんは「そのうち分かるよ」と言って教えてくれない。
(なんだか今日はやけに二人とも張り切っている気がするけど、一体なにが始まるんだろう……?)
「今日は、わたくしとかなたさんで、SNSの使い方を教えてさしあげますわ!」
まどかちゃんが意気揚々と宣言する。
「ささ、ひかりさん、この可愛いお店の外観を撮るんですのよ」
促されるままに、ぼくはスマホを取り出して、猫の看板が目印の小さなカフェを撮影する。
――パシャ。
「いいですわ! さあ、それを“かわいい女の子・あまりん”になりきった気持ちで投稿するのですわよ」
「あまりん……になりきって、投稿……」
ぼくは男なのにと、自分の中で照れくささに耐えながら、指を動かしはじめる。
『今日はお友達に連れられて、猫カフェに来てますっ♪ 外観からしてもう可愛すぎて、写真たくさん撮っちゃった! 中にいるにゃんこたちも、早くみんなに見せたいな』
(男なのに、こんな口調で投稿していいの?)
「あ……あまりんとして、こんな感じで……投稿、完了……」
投稿を終えて、スマホの画面を見つめる。なんだか自分が書いた文章じゃないみたいで、むずがゆい。
でも、その違和感が妙にドキドキを呼び起こす。
(これで本当にいいのかな……)
「はい、投稿完了ですわね! うふふ、これであまりんファンはまた増えますわよ」
まどかちゃんが得意そうに微笑む。
「ひかりお姉ちゃん、最初は慣れなくても、こういうの続けていくうちにだんだん楽しくなるから!」
かなたちゃんがスマホを覗き込みながら、にこにこ声を弾ませる。
「な、なんか……ドキドキする」
本名でもない、男としてのぼくでもない。でも、この「あまりん」としての世界が、今まさに広がっていく予感がした。
猫カフェの扉を開けて中に足を踏み入れると、すぐにふわふわの猫が一匹、ぼくの足元にすり寄ってきた。
「わぁ、かわいい……」
視線を落とすと、緑色の瞳がきらきら輝いて、甘えるように鳴いている。思わず膝をつき、そっと撫でてやると、さらに近づいてくる。
しばらく猫たちに癒されていると、かなたちゃんがいそいそとバッグを漁って、何かを取り出した。
「じゃーん! ひかりお姉ちゃん、これ付けてみて!」
手渡されたのは、黒いチョーカー。先端には、小さな鈴がちりんと揺れている。
「こ、こんなの付けて……大丈夫かな……」
戸惑いながらも眺めていると、かなたちゃんがにっこり笑って、さっとぼくの首に手を回した。
「はい、つけちゃった!」
ちりん、と軽い音がして、小さな振動がぼくの肌に伝わる。
その瞬間、ぼくの胸に不思議な感覚が広がった。
ちりん、ちりん、と鳴るたびに、どこか気持ちが弾むようで……。
鈴の音が頭の奥へ響いてくる。まるで脳内をくすぐるように、心臓の鼓動に合わせてリズミカルに揺れる。
そのたびに、身体がじんわり熱を帯びてくるのを感じた。
「……あれ、なんだろう……」
頬が火照ってきて、思わずうわの空になる。
すると、まどかちゃんの驚いた声が聞こえた。
「ひ、ひかりさん、それ……」
「えっ、なに? どうしたの?」
不思議そうに問い返すぼくに、まどかちゃんは指を震わせながら、ぼくの頭を指さす。
「ね、猫耳が……生えてますわ……」
「え……?」
慌てて頭に手を伸ばすと、指先にふわっとした柔らかい感触。心臓が一気に跳ね上がった。
(嘘、これ……本物の耳……!?)
恐る恐る耳をつまんでみると、自分の感覚としてはっきりと伝わってくる。驚いていると、今度は腰のあたりにも奇妙な感触。
ぞわっと背筋が寒くなり、そっと後ろを振り返る。
「うわっ……!?」
視界の端に、黒くてしなやかな『何か』が見えた。動揺して身体を動かすと、その『何か』も自分に連動して揺れる。
「これって……もしかして、尻尾……!? ぼくの!?」
こ、こんな、猫耳と尻尾なんて、今までなかったのに……
ぼくの体質、やっぱり加速してる!?
戸惑っていると、店内の他のお客さんたちの視線が、一斉にぼくへと集中する。
「あれ、見て! あの子、本物の猫耳……!?」
「すっごいリアル! もしかして撮影かな?」
「え、でも動いてるよ! めちゃくちゃ可愛い!」
周囲がざわつきはじめ、何人もの視線とスマホのカメラがぼくに向けられる。
(ど、どうしよう……なんかみんな、ぼくのこと撮ってる……!?)
あまりの注目度に、心臓が耳元で激しく鼓動を打ち始めた。耳と尻尾は、自分の意思とは関係なく、嬉しそうにピクピクと動き続けている。
「やだ、見ないで……恥ずかしい……!」
無意識に漏れ出た甘えた声に、自分でもゾッとするほどの羞恥心がこみ上げる。
「やばい、本物の猫みたい!」
「なにあの子、めっちゃかわいい!」
ひそひそとざわめく店内の声が、さらにぼくの羞恥心を煽っていく。
そんなぼくの姿を、かなたちゃんとまどかちゃんは目を輝かせながら撮影していた。
「ひかりお姉ちゃん、すごい反応だよ! これ絶対バズる!」
「ふふっ、もう大成功ですわね♪」
思わず二人のほうを向くと、ちりん、と鈴の音がする。その音が、心の奥に響いてくる気がして。
「そ、そんな……ぼく、どうしたらいいのにゃ……!」
(えっ……今、ぼく……)
「今の……『にゃ』って言いましたわよね……?」
まどかちゃんが悪戯っぽく微笑みながら近づいてくる。
その視線に耐えきれず、思わずぼくはかなたちゃんに助けを求めるように振り向いた。
けれど、かなたちゃんはむしろ楽しげに手を伸ばし――。
「にゃっ!?」
首元の鈴付きチョーカーを、優しく指で弾いた。
ちりん……。心地よい音が耳の奥を甘く刺激して、まるで全身が溶けてしまいそうな感覚になる。
その途端、頭がくらくらして、腰から生えた猫の尻尾がふわふわと楽しげに揺れる。
「あっ、だめ……っ、もう、猫になっちゃう……」
思わず膝をついてしまったぼくに、カフェの猫たちが一斉に集まりだす。
にゃあ、と一匹の猫がぼくの膝に乗ってきて、甘えるようにすり寄ってくる。
その仕草を見ているうちに、気がつけばぼく自身も無意識に手を丸め、猫のように頬をこすりつけていた。
「ひ、ひかりお姉ちゃん、本物の猫みたい!」
かなたちゃんの声に、ぼくはようやくはっと我に返る。
「えっ、やだ……ぼく、何やってるの!?」
急いで離れようとするけど、手元にいた猫が「にゃあ」と甘えてきて、その可愛さに抵抗できない。
気がつけば、尻尾をピンと立てて、猫とじゃれ合っている自分がいた。
「うにゃあ……もう、どうしたらいいの……」
焦っているのに、ふわふわとした猫耳は嬉しげに動き続けて、背中のリボンも尻尾と一緒にひらひらと揺れる。
それを見ていたまどかちゃんが、にこにこと笑いながらスマホを構えている。
「ひかりさん、猫のように『にゃんっ♪』って言って、上目遣いできますか?」
「えっ……そんなの恥ずかしすぎて――」
「ほら、こうやって……『にゃんっ♪』って!」
まどかちゃんが手本を見せるように軽く首を傾けて、微笑む。そのあざとさ満点の仕草に、思わずつられてしまい――
「にゃんっ……♪」
つい口をついて出てしまった甘え声に、自分でも耳が真っ赤になるほど恥ずかしい。
「きゃあー!完璧ですわ!これ、絶対バズりますわよ!」
かなたちゃんに至っては、動画を最初から撮っている。
「かなたちゃん、これ以上チョーカー鳴らしたらぼく、完全に猫になっちゃうから、もうダメだよ……!」
お願いするぼくを見て、かなたちゃんが優しく微笑んだ。
「え〜、ほんとにイヤ? ひかりお姉ちゃん、猫になってるとき、いつもよりずっと嬉しそうだよ?」
「うっ……そ、それは……」
否定できない。
胸が熱くなり、心臓がどきどきとうるさくなる。そんなぼくの気持ちを見透かすように、かなたちゃんがそっと鈴を指先でつまんで、いたずらに揺らした。
ちりんっ♪
「あっ……にゃん……っ♡」
思わず甘い声が漏れる。
身体がじんわりと熱くなり、尻尾はぴんっとまっすぐ立ち、まるで甘えたいと伝えるようにゆらゆらと揺れる。
「あ、あれ……なんか、止まらないよ……? にゃ、にゃんっ……もっと、撫でてほしいにゃ……」
猫の本能が全開になり、ぼくはまるで飼い主に甘える子猫のように、まどかちゃんとかなたちゃんに擦り寄ってしまう。
「はあ……ひかりさん、そんな甘え方されたらわたくしまで変な気持ちになっちゃいますわ……」
「ひかりお姉ちゃん、これ超ヤバいよ……あまりんのファン、絶対に爆増する!」
二人の興奮する声を聞きながら、ぼくはもう抵抗できなかった。
心は完全に猫のように甘えて、甘い鈴の音色に溶けてしまったように……。
「にゃあん……もう、知らないんだから……!」
地雷系のフリルがひらひら揺れる中、恥じらいと高揚感が限界まで高まったぼくは、とうとう本能のまま、二人に甘えることしかできなくなっていた――。
「うん、準備完了! 黒猫あまりんの超かわいい動画、できちゃった♪」
「か、かなたちゃん……まさか、その動画……」
ぼくがおそるおそる問いかけると、かなたちゃんは満面の笑みで頷いた。
「うん、もちろん投稿するね!」
そんなぁ……!
ぼくは顔を真っ赤にして頭を抱える。
「……かなたちゃん、まさか、この衣装って……」
「うん! 最初からこの服とチョーカーを見た時、絶対ひかりお姉ちゃん、かわいい黒猫ちゃんになるって思ってたの!」
無邪気に笑うかなたちゃんに、抵抗する気力もなくなってくる。
もう完全に手のひらで転がされている気分だ。
「こ、こんなの絶対バズるにゃん……」
思わず口に出てしまった自分の言葉にハッとして、ぼくは再び力なくうなだれる。
完全に猫の本能に支配されている気がする。もう抵抗しても無駄だ……。
――それでもなんとか気を取り直し、かなたちゃんに手伝ってもらってチョーカーを外してみる。
「あ、猫耳は消えたみたい」
頭を触ってみると、ふわふわの猫耳はなくなっていて、尻尾も消えていた。
ホッとしたけど、どこか少しだけ寂しいような気持ちもしてしまう。
「でも、またチョーカーつければいつでも黒猫ちゃんになれるね!」
猫カフェを後にして、三人で商店街の夕暮れを歩く。
その道すがら、ぼくのスマホがビービーッと鳴り止まない。
確認してみると――先ほどかなたちゃんが投稿した“黒猫あまりん”の動画が大爆発しているようだった。
「え……これ、10万いいね!?」
「すっごい! さすがひかりお姉ちゃん!」
かなたちゃんが嬉しそうに跳ね、まどかちゃんまでも目を見開きながらスマホの画面を覗き込んでいる。
ハッシュタグに並ぶのは、「#黒猫あまりん」「#美少女黒猫降臨」「#合成!?かわいすぎる」など、見るからに大盛り上がりの言葉ばかり。
コメント欄も「かわいい」「やばい」「好き」「推せる」の嵐。
「こ、こんなの……恥ずかしいのに……でも……」
湧き上がる恥ずかしさと高揚感が、胸の奥でせめぎ合う。
あまりに急激に伸びていくフォロワー数に、頭がついていかないほどだ。
「フォロワー数、倍増どころか……それ以上!?」
カチカチと数字が増えていく画面を眺めながら、心臓が高鳴るのを感じる。
先ほどまでの猫耳&尻尾姿を思い出すたび、顔が熱くなる。
そして、なぜかその“注目されている”という実感に、ゾクリとした快感が混じっていた。
(やばい……これって、すごく気持ちいい……。どうして……? 自分でもわからない……)
思わず、商店街の街頭を背景に、自分のスマホで自撮りを撮る。
半分無意識のまま、かわいい仕草を作り、目をぱちくりさせて――。
(ぼく……男なのに……)
「……あ、あまりんとしての口調で……もし、投稿、しちゃったら……」
自然と指が動いて、先ほどとは違う軽やかな文章を打ち込む。
――『みんな、さっきの動画見てくれたかな?
ありがとう! これからも、あまりんをよろしくねっ♪』
投稿ボタンを押すと同時に、胃の奥がきゅっと縮まるような感覚になる。
「投稿……しちゃった……。男なのに、ぼく自ら、あまりんとして……も、もう戻れないかもしれない……」
この爆発的な反応、そして味わってしまった承認欲求――。
心の奥底で何かが弾け、走り出してしまったようだ。
しかもこの、服に加えて小物にも”着られる”L-LLMの体質。
猫耳や尻尾すら生えてくるくらい、過敏になってきてしまったのだろうか。
(もう、この先どうなるんだろう……)
暗くなってきた空を見上げながら、ぼくは胸のざわめきを押さえきれないまま、二人の笑顔に囲まれて帰路を歩く。
けれど、ひとつだけはっきり言えるのは、何か新しい扉が開いてしまったということ。
戻れないかもしれない――そう思いつつも、その先にあるものを見てみたいという気持ちがふくらんでいくのを、ぼくは止められなかった。
あまりん フォロワー数 155→370
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
地雷系黒猫娘のひかりくんの破壊力、いかがでしたか?
ひかりくんはSNSの誘惑に勝てるのか!加速する体質のその先は?
次回もお楽しみに!




