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02 清楚猫娘でまさかの万バズ!?レーザーポインターにご用心!


「にゃ……にゃあぁっ!」


 赤い光を追いかける手が空を切り、頭の上の猫耳がピンッと立つ。


 ぼくの顔は真っ赤で、目にはじわりと涙が浮かんでいた。


 店内から「可愛い!」という歓声が飛び交い、スマホのカメラがいっせいにこちらを向いている。


 (男らしくなりたいと思ってたのに……どうしてまた、こうなっちゃうの……!)




 数時間前。ぼく、天川ひかりは病院の小さな診察室にいた。


 「一緒に行く」と言って聞かなかったつむぎさんも隣で座っている。


「検査結果に異常はありません。ホルモンバランスも問題なし。身体的には健康体ですね」


 担当医はモニターを見せながら淡々と言う。


「ただ……服の情報を、脳が直接読み取っている可能性があります。非常に珍しい例ですが、着るものによって身体や意識が変化するというケースですね。」


 モニターからこちらを向き、医師は続ける。


「専門的な意見を集めたいので、一週間後にまた来てください。それまでに変化が強くなったり生活に支障が出たら、すぐ連絡を」


「ぼくの脳が……読み取る、ってどういうことですか?」


 問い返すが、医師は「症例が少ない」と首をかしげるばかり。


「大事には至ってないようなので、様子見ですね。学会でも情報を共有してみます」


 いまいち釈然としないまま診察室を出ると、つむぎさんがぽんっとぼくの肩を叩いた。


「良かったね、ひかりくん。ひとまず健康って言われて。謎は解けてないけど……」


「うん、まあ。原因が分からないのは不安だけど……」


 そう呟きながら駐車場へ向かい、つむぎさんと連れ立ってカフェへ戻る。


 謎は解けないままだが、今はそれしかできない――。




 「Café Catalyst」の扉を開けると、いつものコーヒーの香りが出迎えてくれる。まだ開店前なので客の姿はない。


「ひかりくん、お疲れさま。ちょっとバックヤードに来てくれる?」


 つむぎさんがにこやかに手招きする。


 何だろうと思いながらついていくと、彼女がバッグから取り出したのは白いふわふわの猫耳カチューシャだった。


「これ、ネットで話題になっててさ。脳波で耳が動くかもってレビューがあったの。服じゃないから安心かなって思って……。女性向けって書いてあったけど、どう?」


「女性向け……ってまた微妙なフラグじゃ……」


 昨日のメイド服のことを思い出すと身構えてしまう。でも、これは“服”じゃない。


 まさかこれだけで女の子化はしないだろう、と少し気が楽になる。


「ふふ、まずはひかりくんが付けてみてよ。うまく動けば面白いし、交代で遊ぼう!」


「うーん……まあ、カチューシャくらいなら大丈夫……?」


 そう思って猫耳カチューシャを頭につけた瞬間、首筋にビリッと軽い電流が走ったような感覚があった。


 心臓がドキッとなり、頭がほんのり熱くなる。


「っ……!」


 慌てて胸や腕を確かめる。


 見たところ身体に変化はないけれど、あの「女の子化したとき」と似たピリピリ感がじわじわと広がっていた。


「大丈夫? 変な感じしない?」


 つむぎさんが心配そうに覗き込む。


「いや、平気……だけど、なんか変な感じ。まさかカチューシャでも“あれ”が起こるのかな……」


 ちらりと視線を動かすと、部屋の隅にかかっている純白のワンピースが目に入る。


 つむぎさんが「イベント用に仕入れようか迷ってたやつ」と前に説明していたものだ。


「かわいい……」


 口をついて出た言葉に、自分でハッとする。


 普段のぼくなら女物なんて興味を示さないはずなのに、今はどうにもそれが気になって仕方ない。


「……着てみようかな、これ」


「え? 本気? でも、服を着るとまた女の子になっちゃうかもしれないよ?」


 つむぎさんは半分冗談のつもりらしいが、もう止まらない。


 まるで心が急かされるように、ロッカールームへ向かってしまうのだ。




 ワンピースを頭からかぶった瞬間、身体中がじんわり熱を帯びていく。


 次第に肩が華奢になり、胸元がわずかにふくらみ始める。


 指先もほっそりして、首のラインも女性らしく変わっていく。


 鏡に映る自分は、肩より少し下まで伸びた柔らかな髪に、ガーリーでありながら清楚な雰囲気を併せ持つ白ワンピース姿。


 胸元には大きめの白いリボンが飾られ、スカートの裾や袖口には控えめながら可愛らしいフリルがあしらわれている。


 フリルが主張しすぎないおかげで、派手すぎず落ち着いた印象を残しつつも、充分に女の子らしい華やかさを感じさせる。


 頭には猫耳がちょこんとのっていて、まったく違和感がない……。


「わあ……ひかりくん、また女の子になっちゃったね。しかも今回のコーデ、最強かも……」


 ロッカールームを出たとたん、つむぎさんが目を丸くして感嘆する。


「昨日のメイド服とはまた違う清楚感だね。


 猫耳カチューシャも似合うよ」


「恥ずかしいのに……嫌じゃないのが不思議……」


 そう呟きながら、ふわりと揺れるスカートの感触に戸惑う自分。


 男としてのぼくは頭の隅で「何やってるんだよ」と突っ込んでいるが、今はこの姿が自然としっくりきてしまう。


 そんな複雑な思いを抱えつつも、ちょうど開店時間が迫っていたため、ぼくそのまま接客をすることになった。




 開店してほどなく、お客さんがぽつぽつと入り始める。


「いらっしゃいませ……どうぞこちらへ」


 清楚な猫耳のぼくは、落ち着いた調子で席へ案内する。


 お辞儀をすると猫耳がふわりと動き、それを見たお客さんが「可愛い……!」と笑みをこぼす。


「こちら、甘さ控えめのケーキがおすすめです。紅茶にも合いますよ」


 自然に優しい声色が出て、猫耳が軽く揺れる。


 スマホで写真を撮るお客さんもいて、「これ絶対SNS映えするね!」と楽しそうだ。


 まるでいつもこうやって働いているかのように、店内は穏やかな雰囲気に包まれた。




 そんな空気が一変したのは、親子連れが入店してきたときだった。


 席についた男の子が嬉しそうに取り出したのは、赤い光を放つレーザーポインター。


 (子どもがレーザーポインター……いやな予感がする)


 そう思いながらオーダーを取りに近づいたら、男の子がにっこり笑って床に赤い点を走らせた。


「猫耳のお姉ちゃーん、見て見て!」


 その赤い点を目にした瞬間、頭の中で“猫本能スイッチ”が入ったような感覚が走る。


「にゃ……にゃあ?」


 自分でも驚くほど、その赤い点に視線が釘付けになる。


 身体が勝手に反応し、両手をそっと構えてしまう。


 スマホを構えるお客さんが増えていく中、赤い点を追う動きが止められない!


 両手を軽く曲げて狙いを定めたり、お尻を小さくふりふりして飛びかかろうとするたび、ふわりと広がるワンピースの裾から細い太ももがちらりと覗いてしまう……完全に猫の習性そのものだった。


「ガタンッ!」


 気づけばトレイを落としてしまい、店内のお客さん全員がこちらを注目する。


「わわ、本物の猫みたい……」「清楚猫娘、最高!」


 スマホを構えるお客さんの数がさらに増え、恥ずかしさで顔が熱くなる。でも赤い点を捕らえたい衝動が止まらない。


 (や、やめたいのに……にゃあ……!)


 必死に我慢しようとしても、どうしても赤い点から視線を外せない。


 まるで頭の中まで“猫”になったみたいだ。


 男の子は「すごーい!」と大喜びでレーザーポインターを動かし続ける。


 ぼくはそれを追いかけ、壁際で止まれば飛びかかるように“ぱしっ!”と手を出してしまう。


「猫耳ちゃんがんばれー!」


 誰かの冷やかしとも応援ともつかない声に、さらに恥ずかしさが込み上げるけれど猫モードの衝動が勝り、ついスカートをひるがえしながら飛び跳ねてしまう。


 最終的に男の子のお母さんが「もうやめなさい」とレーザーポインターを取り上げ、ようやく赤い光が消えた瞬間、ぼくはへたり込んだ。


「にゃ……あ……」


 拍手と歓声が店内に広がる。赤面するぼくを見て、つむぎさんは笑いをこらえながら手を差し伸べてくれた。


「すごかったね、ひかりくん……じゃなくて今は“猫娘ちゃん”かな? SNSでめっちゃバズりそう……」


「もう……恥ずかしすぎる……」


 頬を火照らせながら立ち上がると、男の子が「ごめんね。でも楽しかった!」と無邪気に笑う。その笑顔につい憎めない気持ちになる自分もいて、なんとも複雑だった。




 店が落ち着いたタイミングでロッカールームに戻り、ワンピースを脱いでみる。


 すると女の子の身体からじわじわと“男のぼく”へ戻っていく感覚がした。


 猫耳カチューシャも外し、ようやく普通の状態に落ち着くと、まるで熱が冷めたように思考がはっきりする。


「お疲れさま、ひかりくん……いやほんと、大盛り上がりだったね」


 片付けをしながら、つむぎさんが苦笑いする。


「なんか、みんな楽しそうだったし……その点はよかったけど……。ぼくはもう、ただただ恥ずかしいよ……」


 思い出して頭を抱えそうになるけれど、男の子の無邪気な顔を思い出すと、ちょっとだけ悪い気もしないから不思議だ。


「ね、今度はレーザーポインターを見つけたら遠慮なく止めようね」


「それ以前に、また猫耳をつけるのかどうか……」


「ふふ、それはひかりくん次第だね」


 そう言って笑うつむぎさんに合わせ、ぼくもなんとなく苦笑いするしかなかった。




 ――その直後。ふとつむぎさんがスマホを見て、驚いたように息をのむ。


「ちょ、ちょっと……ひかりくん、これ」


「え? どうしたの?」


 画面には“猫耳カフェ店員”の動画が流れ、その再生回数や「いいね」の数がとんでもない勢いで伸びているのがわかる。


「やっぱりバズってたんだ……予想以上に……」


 ぼくはごくりと唾をのみ込み、スワイプして表示されるコメントの嵐を見て目を丸くする。


「数万どころか……万バズどころか……どこまで行くんだ、これ……」


 脳裏に浮かぶのは、あの猫耳姿でスカートをひらひらさせながら必死でレーザーポインターを追いかけていた自分の姿――。


 (こんなに大勢の人に見られるなんて……恥ずかしすぎる!)


 一瞬で顔が熱くなり、天を仰いでしまう。さっきまでの猫本能よりも、今の“男のぼく”としての羞恥心のほうが、はるかに破壊力が大きかった。




 帰り道、病院で言われた「脳が服の情報をダイレクトに読み取る」という言葉を思い出す。


 (メイド服ならメイドさんの性格、猫耳なら猫本能……いったいどういう仕組みなんだ……)


 今まで聞いたこともないような現象に、自分でも戸惑うばかり。


 ふとスマホを取り出しSNSを確認すると、バズった写真のコメントの中に気になるメッセージがあった。


 『#服に着られる系』


 ――見知らぬアカウントからの、意味深なコメントだ。ハッシュタグだけ。


「え、どういうこと……?」


 一見、普通のひとには、なんでもないコメントに見える。


 でも、これがぼくの体質を指しているとしたら?


 プロフィール画像は、小柄でツインテールの可愛らしい少女らしき人物。


 自分と同じような体質の人間が、他にもいるのだろうか。


 だとすれば、何かぼくの知らないことを知っている……?


 夕暮れのオレンジ色の光が街を染めていく中、ぼくは胸の中に生まれた小さな期待と不安を抱え、静かに家路へと歩き出したのだった。

 ひかりくんの体質にはどんな秘密があるのか。


 コメントの送信主は、何かを知っているのか?


 これからもお楽しみに!

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