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17 お兄ちゃんなのにお姉ちゃん!?かなたちゃんの自然体の秘密に迫る!

 カフェの昼時。店内はいつもと変わらず、大勢の客でにぎわっていた。


 ぼく――天川ひかりは、ホールを駆け回り、オーダーを運ぶのに大忙しだ。


「ひかりくん、3番テーブルにカフェラテお願いね!」


 声をかけてくるのは、店長のつむぎさん。


 その隣では、明るい声でオーダーを読み上げる男の子がいた。


「5番席、オーダー入りました〜!」


 男子なのに、ほわほわした可愛らしい雰囲気をまとったその子は、かなたちゃん。


 ぼくと同じく “L-LLM” という体質を持っていて、服装によって性別が変わる。


 それなのに、いつも自然体で、元気いっぱいだ。


 ぼくなんて、未だにこの体質に翻弄されっぱなしなのに……。


 そう思っていた矢先、ビリッという音が聞こえた。


「わっ!」


 振り返ると、かなたちゃんが驚いた顔でエプロンの紐を手にしている。


 忙しく動き回っているうちに、誤って引っ張ってしまったようだ。


「つ、ついに寿命が来たか……! 大丈夫?」


 つむぎさんが駆け寄る。


「大丈夫大丈夫! エプロンの替え、ありますか?」


「あるけど……女性用しかないわよ?」


 そう言ったつむぎさんに、かなたちゃんはにっこり微笑んだ。


「じゃあ、ちょっと着替えてきますね!」


「え、そんなにあっさり決めちゃうの!?」


 ぼくが驚く間もなく、かなたちゃんはロッカールームへと消えていく。


 そして、しばらくして戻ってきたときには、すでに女の子の姿になっていた。


「お待たせ〜! はい、オーダー伺います!」


 あまりにも自然で、ひるむ様子すらない。


 年下なのに、どうしてこんなに切り替えがうまいのか、不思議だ。


「……ねぇ、なんでそんなに普通にできるの?」


 思わず尋ねると、かなたちゃんは「うーん」と少し考えた後、


「それならさ、今日仕事が終わったあと、うち来る?」


「え? どうして?」


「うちに来れば、なんで私がこういうの気にしないか、わかるかも!」


 そんなふうに言われたら、興味が湧かないわけがない。


 少しだけ不安を感じながらも、ぼくは頷いた。




 バイトを終えてから、かなたちゃんの家に向かったぼく。


 玄関のドアが開くなり、わらわらと小さな子どもたちが飛び出してきた。


「おかえりー!」


「かなたちゃん!」


 その勢いに、思わずたじろぐ。


 かなたちゃんは苦笑いしながら言う。


「うん、家だといつもこんな感じなんだ」


 かなたちゃんには、五人の弟と妹がいる。


 ぼくの姿を見つけるやいなや、「こんにちは!」と礼儀正しく挨拶してくれた。


 男の子が二人、女の子が三人。全員まだ幼い子どもたちだ。


「そっか、かなたちゃんって、大家族だったんだ……」


「そうだよー。お父さんもお母さんも共働きで忙しいから、私が面倒見てるの」


「え、毎日こんなに?」


 と聞こうとした矢先、弟たちが「ねえねえ、スマブラやろー!」と騒ぎ出し、妹たちは「結んでー!」と髪留めを渡してくる。


 かなたちゃんは慌てることなく、一人ひとりの要望にテキパキ応えていく。


 その様子を眺めていると、まるで“お兄ちゃん”と“お姉ちゃん”を兼任しているみたいだ。


「ずっと、どっちもしてたから」


 そう言って微笑むかなたちゃんは、育児に慣れた優しいお兄ちゃんでもあり、頼りになるお姉ちゃんでもある。


 だからこそ、L-LLM体質での変身だって平気なんだろう。


「やっぱり、自然に受け止められるもんなの?」


 ぼくの問いに、かなたちゃんは少しだけ真剣な顔をした。


「最初はビックリしたけど……この子たちの前で、いつまでも“どうしよう”って悩む時間はないからね」


 弟妹たちの頭を撫でながら、楽しそうに話す。


 けれどその言葉には、どこか芯の強さを感じた。


「あとは、楽しくやらなきゃやってられないしね!」


「……そっか」


 かなたちゃんが明るいのは、ただの天性じゃなくて、必要に迫られて身についた強さでもあるんだ。


 そう知って、ぼくは改めてそれを、すごいと思った。


「子どもたち、かなたちゃんって呼んでるけど……」


「性別がどっちでも呼びやすいようにって、お父さんとお母さんが決めてくれたんだ。だからどっちの時でも“かなたちゃん”なの」


「なるほど。だからどっちの性別でも、かなたちゃんでしっくりくるんだね」


「それじゃあ、そろそろごはん作ろっか」


 ぼくも一緒に台所へ移動し、にぎやかな子どもたちに囲まれながら、夕食の手伝いを始める。


 どこまでも温かい雰囲気で、ぼくまでほっとしてしまいそうだ。




「かなたちゃーん、これ見てー!」


 弟の一人が弾むように走ってきて、ぼくに軽くぶつかった。


 よろけた拍子に、持っていたソースをぼくの服にこぼしてしまう。


「あちゃ……ごめんね! 服、汚れちゃったね。着替えは……これしかないけど」


 かなたちゃんが取り出したのは、妹用のフリルがついた可愛らしいブラウスと、淡い色合いのスカート。


 サスペンダーもセットになっていて、いかにも“元気いっぱい女子”というデザインだ。


「こ、これ……ぼくに?」


「他に着替えがなくて。大丈夫だよ、きっと似合うから!」


「それが問題なんだけど……!」


 抵抗したい気持ちはあるけれど、汚れた服のままで過ごすわけにもいかない。


 仕方なく、その女の子っぽい服を借りることにした。


 袖を通した瞬間、体がふわっと軽くなる。


 鏡で見ると、いつもより少し幼くなったような……髪型までセミロング程度に伸びている。


「わ、わわ……? 身長、縮んでる? え、この体質、こんな機能まで……?」


 まさか、服によって年齢まで下がったように感じるなんて。


 戸惑うぼくに、かなたちゃんがきらきらした眼差しを向ける。


「おお〜! ひかりお姉ちゃん、いや、今は”ひかりちゃん”かな? すごく似合ってる!!」


「ちょ、似合うとかやめてよ……」


「ひかりちゃん、髪質すっごくいいね。ちょっと、セットしてあげるね!」


 かなたちゃんは妹にするように手際よく、髪をツインテールにまとめていく。


 指先の動きが優しくて、不思議と安心してしまう。


「ほら、かわいくできた!」


 鏡を見ると、自分とは思えないほど愛らしい姿が映っている。


 なんか、気分まで妹になったみたい。


 そのとき、リビングにいた子どもたちがこっちに気づいて声をあげた。


「わ〜、ひかりちゃんだ〜!」


「かわいいー!」


「こっち来てー! 一緒に遊ぼー!」


 気づけば腕を引っ張られ、料理そっちのけでリビングに連行されてしまう。


「ちょ、ちょっと待って! 料理が――」


「大丈夫、大丈夫! ひかりちゃん、遊ぼ!」


 子どもたちのパワーに抗えず、部屋の真ん中に囲まれてしまう。


「な、何して遊ぶの? おままごと、とか?」


 すると、かなたちゃんからのツッコミが入る。


「ひかりちゃん、今どきの女の子はおままごとだけじゃ満足しないよ」


「ねーねー、TikTokとか推し活もいいけど、やっぱ恋バナが一番盛り上がるよね~!」


 え……最近の小さい子って、そんなに大人びてるの……?


 一番下の妹が、さらにとんでもないことを聞いてきた。


「ねー、ひかりちゃん。キスとかしたことあるの?」


「えっ!?」


 慌てて逃げ道を探すけど、両側にはさまれ、逃げられない。


 無邪気に迫られ、頭が真っ白に。慌てながらも、本当のことを口走ってしまう。


「さ、されそうになったことなら……ある……けど」


 あの、あきらくんに顎クイされたときの記憶がよみがえる。


 思わず顔が熱くなるぼくを見て、子どもたちは目を輝かせて騒ぎ立てた。


「え〜! 誰と誰と!? どうだったの?」


 どんどん詰め寄られ、視線が集中する。


 そんな中、どこからかシャッター音が響いた。


「……ひかりちゃん、意外とノリノリじゃん」


「え?」


 振り返ると、スマホを構えたかなたちゃんがパシャリと写真を撮っていた。


「ちょ、撮らないでよ!」


「こんなに楽しそうな姿、撮らないわけないでしょ。はい、保存っと」


「や、やめてってば! 恥ずかしいの消して!」


「えー、このままじゃもったいない。あまりんアカウントにアップしちゃおうっと」


「ちょ、ま、待って!! どこに載せたの……!?」


 かなたちゃんはくすくす笑いながら、投稿を終えてしまったようだ。


 こういう瞬間を、絶対に見逃さないんだから……。




 料理を終え、食卓の準備が整うまでの間、弟妹たちはリビングに集まってゲーム機を取り出し始めた。


「ひかりちゃん、スマブラやったことある?」


 弟たちがコントローラーをぼくに差し出す。


「まぁ、多少は……」


 すると、子どもたちが一斉ににやっと笑った。


「じゃあ、かなたちゃんと勝負してみてよ!」


「え、かなたちゃん?」


 不思議に思いながら、かなたちゃんを見る。


 するとかなたちゃんは、余裕の表情で笑いながらコントローラーを手にした。


「わたし、こう見えて結構強いんだよ?」


 そう言われても、正直なところ油断していた。


 ――結果は惨敗だった。


「な、なんでこんな強いの!?」


 完璧なコンボ、的確な回避、そして恐ろしいほどの読み。


 ぼくは一方的に押し切られ、子どもたちも大盛り上がりだ。


「かなたちゃんすごーい!」


「お姉ちゃん最強!」


 かなたちゃんは少し照れながら言った。


「普段から弟たちと遊んでるうちにね。ゲームもコスメも、なんでも得意になっちゃった!」


 その言葉を聞いて、ぼくははっとした。


 かなたちゃんは、いつでも全力だ。弟妹たちと楽しみながら、どんな遊びでも自然体でこなす姿。


 性別や年齢に振り回されず、楽しみながら自分を受け入れている姿が、眩しかった。


「かなたちゃん、ほんとすごいよ……」


 思わずつぶやくと、かなたちゃんは少しだけ照れながら微笑んだ。


「えへへ。ひかりちゃんも、一緒に楽しんじゃえばいいんだよ!」


 その瞬間、ぼくはかなたちゃんに憧れに近い気持ちを抱き始めていることに気づいた。




 その日の帰り道、


 夜になって家路に着く頃、改めて考える。


(かなたちゃんって、本当にすごいな……)


 性別が変わっても、年齢までも変わっちゃっても、どこか楽しそうで、自分らしさを失わない。


 きっと、その裏にはいろいろな大変さや葛藤だってあるはずなのに。


 それでも、弟妹たちのために笑顔でいられる。


 ――自然体でありながらも強い、その姿にぼくは少し尊敬の念を抱いた。




 その日の夜、自宅に戻ったぼくはなんとなくスマホを開いて驚いた。


「あれ……通知がこんなに?」


 スマホの画面を見ると、あまりんアカウントへの通知が止まらなくなっていた。


 慌ててアプリを開くと、さっきかなたちゃんが投稿した写真が爆発的に拡散されている。


 すごい数のいいねがついており、フォロワー数も、一気に倍以上に増えている。


「……え、なにこれ?」


 写真に写ったぼくは、確かにとても楽しそうに笑っていた。


 女の子らしいブラウスとスカートを身にまとったその姿は、自分でも恥ずかしいくらい自然で、まるで最初から女の子だったかのように見える。


 そして、リプライが目に止まる。


 『めっちゃ可愛いですね!』


 あまりんに向けられた、直接のコメント。


 胸がどきどきと高鳴る。恥ずかしい気持ちはもちろんあるけど、それ以上に、たくさんの人に認められた気持ちよさに戸惑ってしまう。


 フォロワーの数がどんどん増えていく。嬉しさと戸惑いが入り混じり、思わず息をのむ。


「これ、どうしよう……」


 でも、悪い気はしなかった。いや、むしろ――。


「……こんなに受け入れてもらえるんだ」


 かなたちゃんは言った。「楽しんじゃえばいいんだよ!」


 でも、これを楽しんじゃった先に、何があるんだろう。


 そして、ぼくの体質。服に着られて、幼くまでなってしまうなんて。


 体質が、過敏になっているのかな。でも、その先は?


 また、スマホの通知音が鳴る。それが、ぼくの心に響いた。




 あまりん フォロワー数 40→90




 お読みいただき、ありがとうございます!


 かなたちゃんのいつでも明るい自然体には、実はこんな秘密があったんですね。


 次回はついに、あの人物の内面に迫ります。お楽しみに!


※次回は火曜日更新です!

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