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14 ゴスロリ美少女、降臨!?ひかりくんの“完璧”な女の子アカウント『あまりん』爆誕!

 例の結婚式からしばらく経ち、「Café Catalyst」には穏やかな日常が戻っていた。


 ぼく、天川あまかわひかりは、いつものようにカフェのホールでバイト中だ。


「ひかりくん、ドリンクお願いね!」


 出来上がった飲み物を渡してくれるのは、店長のつむぎさん。


 ぼくのことを弟分みたいに扱ってくるけど、悩み相談にも乗ってくれたり、信頼している大人の女性だ。


 ただ、たまに悪ノリが過ぎるのが気になる。それでも、ぼくはいつもなんだかんだで許してしまう。


 そして、目の前にいる小柄な女の子。


「5番席、注文入りました〜!」


 元気な声でオーダーを読み上げるのは、かなたちゃん。


 ぼくと同じ、L-LLM――服に”着られて”男の子から女の子になってしまう体質。


 今は女の子の姿でカフェを手伝っている。


「そういえば、あきらさんは大丈夫ですの?」


 カフェがひと段落して休憩していると、カウンターにいたまどかちゃんが尋ねてくる。


 彼女も同じ体質仲間。今日もお嬢様風の装いで、カフェに遊びに来ている。


「うん、とりあえず落ち着いてるって。でも、少し忙しいみたいで。また遊びに来るって言ってたよ」


 ぼくたちを大きく変えた、例の事件。


 あれから、研究所からの呼び出しもなく、平和そのものだ。


 「それはそうとして」と、まどかちゃんは声を弾ませる。


「今回、と〜っても素敵なお洋服を手に入れまして。ぜひとも、ひかりさんに着ていただきたいの」


 満面の笑み。嫌な予感がする。絶対に女性向けの衣装だろう。


「わぁ、それって、ゴスロリ衣装だよね! かわいい!」


 かなたちゃんが楽しそうに声を弾ませる。


「す、すごく本格的じゃない? それ」


 つむぎさんが驚いたように声を上げた。


「そう。いわゆるゴシック&ロリータの衣装で、黒をベースに赤のリボンやレースがアクセントですの」


 まどかちゃんが上機嫌に説明を始める。


「胸元の細かいフリルとリボンが、可愛らしさをいっそう強調していましてよ」


「で、でも、今日はこんな服で接客できないし、それに、なんで理由もなく着せられなきゃいけないの?」


 当然、異議を申し立てる。あきらくんの件で、ぼくだって少しは成長したつもりだ。


 自分で選んで行動する。流されっぱなしなんて、もうごめんだ。


「あら、今日はちゃんと理由がありますのよ。ひかりさん、ご自分の体質のこと、きちんと理解していますの?」


 突然そう聞かれ、考え込んでしまう。


 ぼくたちの体質、L-LLM。


 被服駆動大規模言語モデル――脳が服の情報を“プロンプト”として読み込み、性別、体つきや精神まで変化してしまう不思議な体質。


 要するに、服に”着られて”女の子になってしまう体質だ。


「ひかりさんは、性別が変わるだけの私たちより、少しだけ変化が強い気がしますわ。精神面はもちろん、身体の変化も」


 身体の変化……?


「たしかに、ひかりくんが変身した時は、髪の毛とかも大きく変わるよね。それって、かなたちゃんたちとは違うの?」


 つむぎさんが首をかしげると、かなたちゃんが答える。


「私もまどかちゃんも、多少は髪や肌が変わるけど、そこまで劇的じゃないかも」


 あらためて言われて、はじめて気づいたような表情を浮かべる。


「ひかりお姉ちゃんの変身って、体型以外もけっこう変化してるよね」


 言われるまま考えてみると、確かに髪型なども毎回大きく変わっていた気がする。


 例の事件の”結婚式”の時はスタイリストさん任せだったから実感しなかったけど……。


「この本格的なゴスロリ衣装なら、検証にうってつけというわけですわ。ひかりさん、これは体質を知るため。必要な過程ですわよ」


 なんだか言いくるめられてる気はするけど、冷静に体質を知るのも大切かもしれない。


「わかったよ。でも、今回は着るだけだからね。検証したら、すぐ戻るってことで」


「そうこなくては」


 まどかちゃんが満足そうに頷く。かなたちゃんもつむぎさんも、嬉しそうな表情を浮かべていた。




「で、なんで二人ともついてくるの?」


 ロッカールームへ移動したぼくを、かなたちゃんとまどかちゃんが当たり前のように追いかけてくる。


「まあまあ、わたくしたちも同じ(?)性別同士ですし、いいじゃありませんか」


「それに、ひかりお姉ちゃんになるところ、ちゃんと見ないと!」


 な、なんだかいつにも増して恥ずかしい……。


 広げてみた衣装は、一体型のドレスでウエスト部分がコルセット風に引き締まるデザイン。


 上半身からスカートまで繋がっていて、ブラウスがいらないタイプ。こ、これを着るのか……。


「じゃ、じゃあ着てみるね」


 思い切って頭からゴスロリドレスをかぶる。


 すると、首筋から静電気のようなピリッとした衝撃が走り、全身がじわじわと熱を帯び始めた。




(……来た。やっぱり、この感覚……!でも……)




 視界が一瞬暗転し、わずかなめまいが襲う。


 ひとつだけ以前と違うのは、この感覚を乗りこなしている感覚。


 そして、すぐに鏡の中の自分が変化していくのを、冷静に観察できる――。


 今までは、そんな余裕なかったのに。


 身体の変化が終わる。


「わわっ、ひかりお姉ちゃんに変わるところ、ちゃんと見るの初めてかも」


 かなたちゃんが驚きの声を上げる。


「まずはこの指……細くてしなやかですわね。そしてウエストもコルセットに合わせるようにキュッと締まって、スカートの広がりを一層引き立たせてますわ」


 あらためて解説されると、思ったよりも恥ずかしい。でも、体型が変化するのは分かっていた。


「そしてこの髪。ひかりさんの場合は肩までふわりと伸びるだけじゃなく、軽くウェーブがかかってますわね。まつげも長くなっていますし……」


 まどかちゃんが感嘆しつつも冷静に語る。


「私たちも髪はそれなりに変わるけど、ひかりお姉ちゃんみたいにスタイリングされるみたいに変化するのは珍しいかも」


 かなたちゃんの言葉を聞いて、あらためて思い出す。体型と髪型以外にも、いろいろ変わってるんだよな、ぼくは。


「でも、私たちの変化って、あくまで身体の一部だけだよね。メイクやネイルみたいな“外部”までは変わらないから」


「ええ。基本的に、この体質は“身体の一部以外は変化しない”のですわ」


 しかし、とまどかちゃんが続ける。


「頬がほんのりピンク色に染まり、唇も自然なツヤを帯びていますわ。指の爪もピカピカ。ひかりさんは、身体そのものがメイク済みの状態にまで変わってしまうということですの」


 まるでメイクが要らないくらい……。


 今まで無意識だったけど、変身後のぼくは、こんなに細部までかわいくなっていたんだ。


 鏡に映るぼくが着るのは、黒を基調に、赤のリボンやレースをアクセントにしたゴシック&ロリータのドレス。


 幾重にも重なったフリル、優雅に広がる袖のフレア。胸元に結ばれたリボンが、少女らしさと気品を兼ね備えたシルエットを際立たせている。


「相変わらず、完璧ですわ。いえ、前よりもさらに馴染んでいますわね」


 まどかちゃんがため息まじりに言う。


 ぼくは鏡に映る自分を見つめる。


 もしかしたら、これは成長の証かもしれない。


 かすかに胸の奥が熱くなる。その感覚と共に、ふと脳裏に浮かぶのは――


 L-LLMの“完成形”。何にでもなれる存在。


 ――あきらくん。


 もしかしたら、あきらくんも、こんな気持ちだったのかな。


 そんなことを考えているうちに、まどかちゃんがぼくの頭にヘッドドレスをそっと載せる。


 足元には、レースアップブーツ。


 身支度が整った瞬間、ゴスロリのイメージがぼくを一気に包み込んだ。


 お人形さんとしての、新たな自分に、自然に導かれる感覚。


「……なんだか、夢を見てるみたい……」


 思わず漏れた言葉に、自分自身が驚く。


 レースアップブーツの少し硬い感触を確かめながらも、足先まですんなり動くし、フリルの袖がふわりと揺れてレースが舞う。

 

 そんな優雅な姿のまま、ロッカールームを出た。




「うわあ、こりゃ完全にお人形さんだ」


 つむぎさんが目を丸くする。


 ふと、可愛い女の子の”わたし”なら、こうするのでは?というイメージが生まれてくる。


 ぼくは、自然に従ってみることにする。


「わ、わたし、こんなの初めてで……恥ずかしい……」


 長いまつ毛を伏せ、指先をそっと唇に添えてしまう。


 ――あれ?


 違和感がない。


 体質を乗りこなしたからだろうか。


 ぼくでない、”わたし”が、ふと影のように浮かんで消えた。


「し、心臓が持ちませんわ……こ、これは……まるで秘密の扉を開けたような気分ですの」


「ドキドキしてきた……これが、ひかりお姉ちゃん?」


 3人は最初の目的も忘れて、ぼくに見惚れている。


「写真を撮りましょう! こんなひかりさん、永久保存ですわ!」


 まどかちゃんが勢いよくスマホを取り出す。


 ぼくは慌てて顔を上げるけど――


「え、ええっ!? ちょっと待って……!」


 その抗議も空しく、無情にもシャッター音だけが響いた。


「か、かわいい……」


 スマホを覗き込んで呆然とするまどかちゃん。かなたちゃんとつむぎさんも横から画面を覗き込んで――


「うわぁ……ほんとにお人形さんみたい……!」


「や、やばい、これ……反則級……」


 ぼくの心臓が大きく跳ねる。


 どんな写真なのか気になって、思わずスマホを覗くと、そこにはまるでアンティークドールのようなぼくが映し出されていた。


 儚げな表情でスカートの裾をふわりとつまみ、ほんの少し膝を折っている。


 長いまつ毛を伏せ、レースの袖口にそっと指先を添えて。

 

 うっすらと色づく頬、上気した唇……。


 ――これが、本当にぼく?


「ひかりお姉ちゃん……可愛すぎる……」


 かなたちゃんが、じわりと涙目になっている。


「で、でも……! 勝手に撮るのはずるいよっ」


 慌ててスマホを奪おうとするけれど、まどかちゃんはひらりとかわして微笑む。


「うふふ。ひかりさん、そんなに恥ずかしがらなくてよろしいのに」


「だ、だって……こんなの、恥ずかしすぎて……」


 胸の前で思わず両手をぎゅっと重ねた。その瞬間、再びシャッター音が響く。


「はい、いただきましたわ」


「えええっ!?」


「ひかりさんの自然な仕草、あまりにも可愛らしくて……これはもう、至高の一枚ですわ」


「こ、こんなの、見せられない……!」


 まどかちゃんは嬉しそうにスマホを抱きしめ、まったく渡そうとしない。




 ロッカールームで服を脱いで、ほっと一息。身体も自然と男のぼくに戻っていく。


 ああ、恥ずかしかった……。


 いつもの戸惑ってばかりの変身とは全く違う。


 体質を乗りこなしている感覚。はじめて、服のイメージに自然に身を委ねられた。


 でもその時、心の奥に、自分ではない自分が見えたような。


 あの自分は、誰なんだろう?


「ひかりさーん! そういえば、聞きたいことがありまして」


 まどかちゃんの声で、ぼんやりとしていた思考が中断される。


「ひかりさんって、SNSアカウントはありますの?」


「うーん、ほぼ無いに等しいかな。カフェの公式アカウントをフォローしてるくらい」


 今まで何度か予期せずバズったことはあるけど、それもカフェ関連ばかりだ。


 個人用のアカウントは作っていない。


「そうですわね。ひかりさん、天川ひかり……“あまかわ、ひかり”……あまりん? なんていかがかしら」


「あまりん、かわいいかも!」


 かなたちゃんが拍手する。


 な、なんの話……? 確かにあまりんって響きは可愛いけど。


「こうして……できましたわ! ひかりさんの“女の子”としてのアカウント、“あまりん”が爆誕ですわ!」


 まどかちゃんがSNSのアカウント作成ボタンを押した瞬間、何かが、決定的に変わった気がした。


「ま、待って!? そんな、急に……!」


 ぼくの女の子バージョンのアカウント……!?


「へーっ! フォローさせてよ! ふふっ、私、古参ファンになっちゃう!」


 つむぎさんが楽しそうに言う。


「ひかりさんのゴスロリお宝写真を上げて……はい、このアカウントはひかりさんのものですわ!」


「そんな! マズいよ、バレたり特定されたら……」


「フォロワーはわたくしたち3人だけ。それに、女の子になったひかりさんだけのアカウントなら、きっと大丈夫ですわよ」


 スマホの画面には、”あまりん”という名前が表示されている。ま、まるで、さっき感じた”もう一人のわたし”じゃないか。


 そんなことを考えていると、ピコンピコンと、スマホから通知音。


 ぼくはびくっとして、慌てて画面を覗き込む。


「え、もうどこからともなく“いいね”が……だ、大丈夫なのかな……」


 不安の中に、かすかにある、違う感覚。少しの……高揚感?




 こうして、いつもの日常の中で、今日は改めてぼくの体質をみんなで再確認することになった。


 あのとき気づいた、自分じゃない“わたし”の存在。そして、作ってしまった“あまりん”のアカウント。


 フォロワー3人と表示されている画面を眺めながら、胸の奥がかすかに高鳴る。


 それが不安なのか、それとも――


 ただ、何かが変わり始めたことだけは、はっきりとわかっていた。




 あまりん フォロワー数 3(つむぎさん、かなたちゃん、まどかちゃん)


 


 読んでいただき、本当にありがとうございます!


 ついに生まれてしまった、"女の子"としてのアカウント――『あまりん』。


 しかし、このアカウントが、思わぬ波乱を巻き起こすことに……!?



 これからも、かわいい服が続々登場!


 さらにパワーアップしたシーズン2、ぜひお楽しみください!


 毎週火曜、金曜に更新予定! 評価、感想、励みになります!

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