11 制服潜入大作戦! 女子大で待つのは、あきらくんの“秘密”!?
あきらくんと別れてから、何日か経った。
「二度と会わないほうがいい」――あきらくんの言葉が耳から離れない。
どうしても納得がいかず、あれから研究所の周辺を何度も探した。
けれど、厳重なセキュリティゲートには阻まれ、あきらくんの姿はもちろん、手がかりになりそうなものは何ひとつ見つからない。
(どうして、あきらくんはあんなに淋しそうな目をしていたんだろう? “何にでもなれる”はずなのに、なぜ……)
もどかしい思いばかりが募る。
どうにかしてもう一度話がしたいのに、糸口が見つからない。
カフェを閉めたあと、こっそり研究所の外周を回ってみても収穫ゼロ。
あきらくんはどこにいるのか――。
そんなある日の朝。
ぼくが開店前のカフェで、スマホ片手にため息をついていると、まどかちゃんが声をかけてきた。
「新都女子大学のオープンキャンパスで、新都高度脳科学研究所が“Loom Project”の研究成果を発表するそうですの」
まどかちゃんが微笑みながら言う。
かなたちゃんが 「Loom Project……私たちの体質と関係あるのかな?」 と驚いたように呟いた。
ぼくの心臓がドクンと鳴った。L-LLM――被服駆動大規模言語モデルと呼ばれる、ぼくたちの、謎の体質。
研究所が関わっているなら、“Loom Project”はきっとそれに関連しているに違いない。
思わず身を乗り出す。
あの鉄壁の門を前に門前払いされたぼくにとって、これは大きなチャンスかもしれない。
あきらくんが以前言っていた「契約が切れている」話の真相や、彼の苦しみ。
その手がかりが得られるかもしれない。
そして、心のどこかでもう一つ期待する。
もしかしたら、あきらくん本人が現れるかもしれない……と。
だけど、それはあくまでも“女子大学”内の特別講演だ。
男子であるぼくが気軽に入れるものでもない。
外部者の立ち入りには制限があるはずだ。
「大丈夫ですわ! ちょうどその日は、受験生向けのオープンキャンパスみたいですの。外部からの見学も自由みたい」
「女子大の受験生向けって……ぼく、男……」
そこまで言いかけて、ハッとする。
(制服を着れば……問題ない?)
まどかちゃんがニヤリと微笑んだ。
「そういうことですわ、ひかりさん」
考えているうちに、まどかちゃんの声が再び弾んだ。
「ひかりさん用の女子高生制服、どんなのがいいかしら? ちょっと清楚めがいいかしら、それとも可憐な感じ?」
「わわっ、なんだか面白いことになってきたね!」
かなたちゃんまでもが興奮気味に笑う。
二人とも、まるで新しいコスプレ衣装を考えているかのような目つきだ。
ぼくは苦笑しつつも、どこかで心が弾んでいる自分を感じた。
あきらくんに関する情報をつかみたい――そして、あの研究所の謎を知りたい。
同時に、この“女体化潜入”という響きに、何かコメディみたいなドキドキ感を覚えるのも事実だった。
オープンキャンパス当日。
まどかちゃんとかなたちゃんは、それぞれ可愛らしい私服スタイルで参加することに。
ぼくだけは“まさに女子高生”の制服を着用し、本格的に“受験生”っぽく装う作戦だ。
女子大学の門をくぐると、整然とした花壇とカフェテリア風の建物が目に入った。
近未来的なガラス張りの研究棟が目を引く。
ぼくは胸の前で少しスカートの裾をつまみ、あらためて自分の姿を確認した。
膝丈のプリーツスカート、白ブラウスにエンジのリボン、そしてブレザー――まどかちゃんセレクトの制服だ。
首からはオープンキャンパス参加者用の名札が下がっている。
「やっぱり似合いますわ、ひかりさん。清楚系の美少女って感じ」
まどかちゃんが嬉しそうに笑う。
自分でも、鏡を見たらあっという間に“女子高生”のスタイルに変わっていたことに驚いた。
髪はセミロングになり、ほっそりとした二の腕に華奢な足首。
周囲を見渡すと、同年代の女子学生たちがいっぱい歩いている。そんな中に完全に溶け込めていることに、不思議な感覚を抱く。
ほかの参加者たちに混じって、ぼくたちは校舎の中へ進んだ。
「うわぁ、可愛い子がいる! 見て見て!」
「インタビューしてみようよ! そこの制服のかた! 学内広報用のSNS企画です!」
突然、広報スタッフらしき先輩が声をかけてくる。
カメラを持ち、「オープンキャンパスに来た理由を教えてください」とインタビューが始まってしまった。
戸惑いつつも、ぼくは愛想笑いを浮かべてしまう――が、頭は真っ白だ。
「えっと、最新の脳科学に興味があって……」
うっかり本音を口走ってしまう。するとスタッフたちの目が輝いた。
「へえ、理系志望の方ですか! この大学は女性研究者の育成にも力を入れているんですよ~」
「それにしても、お顔が小さくて可愛い~! 絶対人気出ちゃいますよ! SNSに載せてもいいですか?」
パシャパシャとスマホのカメラが瞬く。
ちょっとした人だかりができてしまい、まどかちゃんとかなたちゃんはおかしそうに笑っている。
SNSではすぐに「謎の美少女がオープンキャンパスに!」「美人リケジョの卵!」と盛り上がり、“#新都女子大学オープンキャンパス”のタグとともに拡散されていく――。
当初の計画とは違う形で目立ってしまったが、追い出される心配はなさそうだ。結果オーライ……と考えることにしよう。
案内に従い、校舎を進んでいくと、ポスターが貼られた講堂が見えてきた。
「新都高度脳科学研究所 × 新都女子大学 特別共同セミナー」
Loom Project最新報告――被服駆動技術と周囲環境への応用可能性
ぼくは思わず唾を飲み込む。……やっぱり、あの体質に関する発表かもしれない。
会場の前には、研究所スタッフらしき人々が準備で慌ただしく動いている。
――と、その視線の先に、ひそかに紛れ込むように立っている人影が目に映った。
長い髪を軽くまとめ、落ち着いた女子大生風のジャケットを着ているが……その横顔は、明らかにあきらくんだ。
(あきらくん……!)
思わずこちらの胸が高鳴る。教室の陰から、まるで様子をうかがっているようだった。
そして、彼……いや、今の見た目は“彼女”というべきだろうか。少しだけこちらへ近づいてくる。
先日、フィギュアスケートの大会で見かけた姿とも違う。
彼、いや、彼女は本当に、自由自在に性別や容姿を操れるのだとあらためて思い知る。
あきらくんは人混みを避けるように、講堂の外へぼくを促した。
「久しぶりだね。まさか、こんなところで会うなんて」
その声は相変わらず低めで、けれど女性らしい柔らかさも帯びている。
表情は険しくないが、どこか警戒しているようにも見える。
ひとつだけ気になるのは、あきらくんが異常なまでに人との距離を気にしていることだ。
まるで、近づくことで、何かが起こってしまう。それを恐れているような。
「そっちこそ……何をしているの? 研究所と関係あるんでしょ?」
問いかけに、あきらくんはため息をつくように視線を逸らす。
「大したことは開示されないよ、こんな“公開セミナー”なんて。研究所に都合のいい範囲でしか話さないさ。…まあ、興味本位の客寄せにはなるだろうけどね」
あきらくんの言葉は冷ややかだ。
少なくとも“Loom Project”について真相の核心は語られない――そんな雰囲気だ。
その言葉尻から、“研究所を完全には信用していない”気持ちが垣間見える。
「でも、ぼくは……あきらくんに会いたかった。前回は色々言われて、よくわからないまま終わったから」
本心を伝える。でも、あきらくんに会いたかったのは、それだけじゃない。
あの淋しげな顔、フィギュアスケートのときの、落胆した表情。まるで、助けを求めているようだった。
「あきらくんは、何かに苦しんでるの……?」
これまで冷静だったあきらくんは、はじめて明らかな反応を見せた。
どうしてそれを、と目が言っている。
「同じ体質を持っているなら、力になれることがあるかもしれないって……」
あきらくんの瞳がわずかに揺れる。
すぐそばにいたまどかちゃんとかなたちゃんも並んで頭を下げる。
「わたしたちも、同じ体質で悩んだり助け合ったりしてます。あきらくんだって、一人で抱え込まなくても……」
それを聞いて、あきらくんは明らかに動揺した様子を見せる。言葉がつかえ、声が震えかける。
「……そっか。そんな風に、心配してくれるんだね。…少し、嬉しいよ」
か細い声でそう言ったあと、あきらくんはすぐに目を伏せ、ふっと笑みを消した。
「でも……ごめん。やっぱり、僕の苦しみは君たちにはわからないと思う。それに、あの研究所と僕の関係はそう単純じゃない」
「関係って……以前、あきらくんが“契約が切れた”って言ってたのは本当なの? どうしてそんなに揉めてるの……?」
思いきってぶつけると、あきらくんはわずかに口元を歪める。
「揉めてる、というか……僕は研究所と契約関係にあったんだ。身体のデータと引き換えに、研究成果を共有してもらうはずだったのに、途中で一方的に打ち切られた。だから、僕はただ一人で体質を調査しているんだよ」
その表情には怒りよりも、深い悲しみと諦念が混じっているように見える。
ぼくの顔色から伝わったのか、あきらくんはほんの一瞬、笑みをこぼした。
「ありがとう、心配してくれるんだ。でも、僕の苦しみは、誰にも理解されないよ」
「苦しみって、どういうことなの? あきらくんが何に苦しんでいるのか、はっきり教えてほしい」
答えを求めるように一歩踏み込むと、あきらくんは視線をかなたちゃんへ向ける。
「かなたくん、だよね。君は“変身”を楽しんでいるみたいだよね。女の子の姿でお店を手伝うことも苦じゃないようだし」
かなたちゃんは少し照れたように「う、うん……」と頷く。
そして、まどかちゃんを見る。
「まどかくんは、自由奔放に見えて、実は“この姿のときだけ”しがらみを忘れられるんだね」
まどかちゃんが驚いたように目を見開く。
あきらくんの言葉は、まるで心の奥を見透かしているかのようだ。
そして、あきらくんの瞳がぼくのほうへ戻る。
「ひかりくん、君は、人に注目されたり、癒やしたりできる」
「君たちは、この体質が救いになっている」と言いたげだ。
「君たちが“元に戻れる”のは素晴らしいことだよ。でも、僕は……そうはいかない」
「服を脱いだら、誰がそこにいると思う? ……僕は、わからないんだ」
その言葉の意味を咀嚼する前に、あきらくんは一息置いて続ける。
「――僕は“完成形”。服を着ればその服の人格に、身体に、完璧になりきってしまう。それ自体は驚異的かもしれないけど……」
そう、完璧になるだけなら、すごい能力なはずなのに。
「服を脱いだあとだって、僕自身がどこにも存在しないんだよ。常に変化し続けるがゆえに、何が“本当の自分”なのか、定まっていない」
ぼくは言葉を失った。
あきらくんの言葉が脳裏を駆け巡る。
ぼくやかなたちゃんは、服を脱げば男の姿に戻り、ある程度“自分”を保っていられる。
でも、“完成形”のあきらくんは違う。
どんな服を脱いでも、別の姿が残る――いや、“自分がない”ということなのか……?
あきらくんは肩を落とし、悲しげに微笑む。
「だから、僕は生きているって言えるのかな? ……わからない。研究所が怖がったのも、わかる気がするよ。――こんな体質、正直言って化け物だと思う」
あまりにも沈痛な面持ちに、胸がえぐられるような痛みが走る。
「それだけなら、まだ耐えられたんだけどね」
自分というものがない――ついに知ったあきらくんの苦しみ。それなのに、さらに何か隠されているのか?
「あきらくん……そんな……」
ぼくが思わず手を伸ばしかけたとき、あきらくんは顔を歪ませ、慌てて後ろにあとずさる。
「もう行くよ。今日はこれ以上話したくない。……ごめんね、せっかく声をかけてくれたのに」
そう言うと、あきらくんは講堂の陰を回り込み、あっという間に姿を消してしまった。
気づけば、Loom Project特別講演はすでに終わっていた。
あきらくんを引きとめる余裕すらなかった。
あれほど圧倒的に多彩な“姿”を手に入れているあきらくんが、こんなにも脆く、苦しんでいるなんて――。
その上、異常なまでに近づかれるのを恐れている……?
フィギュアスケートの時には平気だったのに、今は“触れる”ことを異常なほど避けている
まるで、彼に“近づく”こと自体が、危険だと悟っているみたいに。
この数週間で、何があったんだろう。
去り際にぼくにだけ見せた、最後の顔、まるで、救いを求めているようだった。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
ついに制服潜入大作戦を決行し、女子大であきらくんと再会したひかり。
しかし、明かされたのは「服を脱いでも元に戻れない」という、あきらくんの“完成形”としての苦しみでした。
そして次回、ひかりたちは、再び“あの場所”へ――。
研究所に隠された秘密とは? 物語は新たな局面へ! お楽しみに!




