10 明かされる体質の真実!? L-LLMが織り上げる「完璧」メイドリバイバル!
(ぼく――天川ひかりは、服を着ると身体が変化してしまう特異な体質を持っている。
その原因を探るためにやって来た研究所だったけれど――どうやら、一筋縄ではいかなかったみたいだ。)
新都高度脳科学研究所。
高い塀と厳重なゲート、そして無数の監視カメラ。
敷地の外観だけでも、ここがただ者ではない施設だとわかる。
紹介状を見せても、『アポイントなしでは受け付けられません』と冷たくあしらわれた。
研究所というより、まるで秘密機関みたいな扱いだ。
こんなところに本当に入れる日が来るんだろうか?
ぼくは肩を落とし、敷地外へ出て途方に暮れた。
いつの間にか空は夕暮れの色に染まり、寂しい路地を歩いていると、ふと視線を感じる。
見慣れた人影が静かにこちらを見つめていた。
「やっぱり来たんだね、君」
そこにいたのは、氷上の王子様として輝いたあきらくん。
今は普段着の姿だが、その雰囲気はどこか変わらない。
「……あきらくん? どうしてここに?」
ぼくが戸惑うより先に、あきらくんはさらりと言葉を続ける。
「きみも“あの体質”のことで研究所を? ――でも、そこはそう簡単には入れないよ。 僕も、もう契約は切れているしね」
「契約……? 研究所と何か関係があったの?」
あきらくんは一瞬だけ視線を落とし、塀の向こうを見やる。
すぐに、胸の奥に何か秘めたような声で話し始めた。
「君は服を着て変わる。でも、僕は生まれたときから、服を着れば"何にでもなれる"存在だった。……最初から、そういうふうにできていた」
その言葉に、背筋がざわりとする。
「研究所は昔から僕に興味を持ち、さまざまなデータを取っていたよ。 彼らは僕を“完成形”と呼んでいた」
「完成形……?」
「あの施設は、人類の進化を追い求める場所だからね。服による変化を自在に操れる僕の体質を、彼らは『進化の到達点』とみなしていたんだ」
進化の到達点。
まるで、ぼくたちの体質が “人間の進化” の一環であるかのような言い方に、思わず息をのむ。
あの圧倒的なフィギュアスケートの演技も、あきらくんが“フィギュアスケーターの服”のイメージを完全にトレースしたから。
そう考えると、腑に落ちる。
だけど、“何にでもなれる”なんて、常人には想像もつかない世界だ。
同じ体質を持つぼくだからこそ、どこか心がざわつく。
「でも、今日は僕のことなんてどうでもいいんだろう? きみは自分のことを知りたいんだよね?」
あきらくんはまっすぐぼくを見据える。その瞳はまるで、ぼくの思考をすべて見透かしているかのようだ。
「……知りたい。正直、怖いけど……でも、自分の体質をちゃんと理解したい」
そう口にするだけで、心臓がどくん、と大きく鳴った。
「君とは少し違うみたいだけど、同じ“根っこ”を持った存在だと思う」
あきらくんの口から、体質の真実が明かされる。
「脳の“L-LLM”――被服駆動大規模言語モデルと呼ばれる部分が強く作用している」
「L-LLM……?」
はじめて聞く単語、それがぼくの体質の秘密だという。
「服を着ると、その情報を脳が“プロンプト”として取り込み、自由にイメージを体現できるんだろう? 君も、そうなんじゃないの?」
ドキリとする。思い返せば、メイド服でも巫女服でも、驚くほど“なりきって”しまった。
それが無自覚で、今まで混乱していたんだけど……。
「前に医師から、『ぼくたちの脳はAIに関係する』って説明されかけたことがあるけど……あきらくん、詳しく知ってるの……?」
怖い。だけど、知らないでいるのももっと怖い。
そう思い、意を決して訊ねてみる。
「被服駆動大規模言語モデル。英語表記にすると Loom-driven Large Language Model――略称は L-LLM だ。それが君の、そして僕の体質の本質だよ」
「いわゆる AI の “LLM” と同じように、服という プロンプト を読み込んで、脳が身体ごと“最適解”を出してしまう仕組みなんだ」
その言葉を聞いた瞬間、ぼくの中でいくつもの点がつながる。
「つまり……ぼくたちの脳は、服を“指示”として受け取って、その服に合った自分を作り上げてしまうってこと?」
「そうだね。例えば、君がメイド服を着れば、“メイド”という概念に最適な肉体、声、仕草までもが自動的に生成される」
服を着るだけで、自分が「変わる」。
それは単なるコスプレじゃなく、脳が完全に「最適解」として別の自分を作り上げてしまう……。
「服という “機織物(Loom)” から得た情報を、脳がまるで糸を紡ぐように身体を“織り上げる”。……理屈としては美しいけれど、実際にはすごく厄介な体質だよ」
”美しい”という言葉とは裏腹に、あきらくんの表情はどこか曇っていた。
「でも、完成形ってことは……何にでもなれるってことでしょ? それって、すごいことなんじゃ?」
おそらく、男性の服を着れば完璧な男性に。もしかしたら、女性の服を着たら完璧な女性に。なんだって、なり放題ってことだから。
ごく素朴な疑問をぶつけると、あきらくんは視線を落とし、わずかに息を吐いた。
「“何にでもなれる”ってことが、どれだけ残酷か……僕にしかわからないよ」
目を伏せるあきらくんは、まるで遠い世界を見つめているみたいだ。
だけどぼくにはまだ、何が”残酷”なのかはわからない。
「……まあ、いい。僕は“完成形”、そして君はそうではない。それが事実だ」
「だから、二度と会わないほうがいい」
静かに、夕暮れの風に吹かれながら、あきらくんは踵を返す。
急に突き放されたような気がして、思わず声をかけようとするけれど――。
「……これ以上近づいても、多分君のためにはならない。同じ根っこを持ってるからって、似ているようで違うんだ」
そう言い残すあきらくんの横顔は、ほんの一瞬だけ淋しげだった。
そして、あきらくんは夕暮れの中に溶け込むように去っていく。
(何にでもなれるのに、どうしてそんなに淋しそうなんだろう……?)
あきらくんが何かを抱えているような気がするが、理解しきれない。もどかしい……。
結局、研究所には入れずじまい。
あきらくんから明かされた体質の秘密。あきらくんの寂しそうな顔。
ぐるぐると考えながら、ぼくはその足でカフェのバイトへ向かった。
カフェにつくと、店長のつむぎさんから思わぬ企画を提案される。
「また“メイド”イベントをやってみようと思うの! 前回のがSNSでかなり好評だったから、リバイバルしたいのよ~」
「また、あのメイド服……?」
かつての記憶が蘇る。初めて“女体化”を体験した、あのフリフリの服。
当時は何もわからず、つむぎさんの勢いに押されるまま着た。今回はどうする?
つむぎさんは「無理にやらなくてもいいと思うけど……どう? ひかりくん」と気遣ってくれる。
あきらくんの言葉を思い返す。
(ぼくはぼく、あきらくんはあきらくん――でも同じ根を持っているらしい。
なら、もう一度、自分の意思で服を着て、この体質を確かめてみたい)
「……うん。自分で選んで、試してみるよ」
数日後、「Café Catalyst」でメイドイベントが再び開催される。
SNSの前宣伝が効き、前回の“メイドさん”を求めるお客さんが大勢集まっていた。
ロッカールームで、以前着たメイド服を手に取る。
「この服からぼくの“女体化”が始まったんだな……。でも、あのときと違うのは、今は正体不明の感覚を少しでも理解しようとしてること」
メイド服着ると、やはり電流のような衝撃が首筋から走り、息が詰まるような熱が全身を包む。
しかし、前ほどパニックにはならない。
(あきらくんが言ってたL-LLM……これが作用してるんだろうか。なるほど、こういう風に脳が、身体が“服”に合わせていくんだ……)
鏡を見ると、前回よりもスムーズに女の子の姿になっていく自分が映っている。
戸惑いつつも、どこか冷静に観察できている自分に気づく。
「いらっしゃいませ~♪ 本日はメイド復活イベントですっ♡」
店内が一瞬静まり、次の瞬間――「え、今の声、やばくない?」とざわめきが広がる。
驚くほど澄んだ甘い声。自分でも違和感があるほど、完璧なトーンだった。
「待ってました! チェキ撮りたい!」
「いや、今日の仕上がり、異次元じゃない?」
「動きが完全に計算されてる……!」
お客さんの熱狂がいつも以上に高い。
ぼくは自然に微笑み、小首をかしげる。
(……なんだろう、いつも以上に、身体が勝手に“最適解”を出してる……?)
流れるようなターン、絶妙なウインク。すべてが滑らかすぎて、自分で驚く。
(体質を理解したからか、”服”の導きに自然に順応できる気がする)
「二次元を超えてる……」
興奮する声が飛び交う中、ぼくの心のどこかに、ひやりとした感覚が残っていた。
(完璧だからこそ、普段の”ぼく”から、さらに遠ざかってる気がする。これは本当に“ぼく”なのか……?)
前よりもさらに完成度が上がっており、SNSでは早速拡散されて軽いバズ状態に。
イベントが落ち着き、バックヤードへ引っ込んだぼくは、鏡の自分を見つめてため息をつく。
フリフリのエプロンにリボン、華奢な手足を確認しながら、あきらくんの言葉が頭をかすめる。
(“何にでもなれるって、どれだけ残酷か……僕にしかわからない”――そう言ってたっけ)
本来なら、可愛い服を着て周囲が喜んでくれて、少し嬉しい気持ちさえあるのに……。
どこか胸の奥に引っかかるものがある。
「……あきらくんは、生まれたときからその“完成形”だった。
ぼくはそこまでじゃないにしろ、やっぱり服を着ると、男としてのぼくは、少し引っ込んでいっちゃう……」
誰にも聞こえない独白。
何かを期待するわけでもなく、ただ無意識に呟いてしまう。
イベントは大成功。多くの客が「またやってほしい!」と大喜びのまま帰っていった。
メイド服を脱ぎ、男の身体に戻ると、やっぱり元の姿に戻っていった。
どっと疲れが押し寄せる。
そういえば、と思う。
服を脱ぐと、ぼくは男としての姿に戻る。かなたちゃんやまどかちゃんだってそうだ。
あきらくんは、どうなるんだろう?
男の子のまま? それとも女の子に?
「お疲れさま、SNSの反応も上々。ひかりくん最高!」
ぼくの思考は、上機嫌なつむぎさんの声で途切れてしまった。
「……ありがとう。けど、何だろう……ぼく、なんだか素直に喜べなくて……」
あきらくんの悲しそうな横顔が、どうしても頭から離れない。
ぼくとあきらくん。どこが同じで、どこが違うんだろう?
研究所ではいったい何を研究している? もしかして、あきらくんは何かに苦しんでいる……?
考えれば考えるほど、疑問が膨らむ。
(もう一度、会わなきゃ……)
あきらくんは「二度と会わないほうがいい」と言ったけど、それでも。
彼が抱えるものを知りたい。絶対に、もう一度話を聞かなきゃ。
メイドイベントの華やかさとは裏腹に、ぼくの心には深い疑問と、そして次に進むべき方向がはっきりと刻まれていた。
読んでいただき本当にありがとうございます。
ついに、体質の秘密が明かされました!
あきらくんの抱えるものは何なのか、そしてひかりはどういう選択をするのか。
次回更新をお待ち下さい!




