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01 服に着られて「完璧」なメイドに!?


(……女の子になってる? ぼくが、メイド服を着ただけで……?)


 ぼく――天川あまかわひかりは、鏡に映る自分を見て絶句した。


 胸のふくらみ、華奢なウエストライン、指先まで妙に綺麗で……どう見ても男のぼくじゃない。


 (男らしくなりたいのに、なんでこうなっちゃうんだ……)




 ーー数時間前


 日は落ちかけ、オレンジ色の光が路地を染めるころ、商店街のはずれにある喫茶店「Café(カフェ) Catalystカタリスト 」の扉を開けた。


 ちりん、とベルが鳴る。


「いらっしゃい、ひかりくん。今日もよろしくね~」


 カウンターの向こうから声をかけてくるのは、つむぎさん。


 落ち着いた大人の女性だが、ぼくにはやたらフランクで弟みたいに扱ってくる。


「ひかりくんて、顔かわいいよね」なんて軽口も言われたり、正直複雑。


 だけど、長いバイト歴もあって逆らいづらい。


「お疲れ様です。……って、つむぎさん。その服は何ですか?」


 ふと目に入ったのは、フリルやリボンタイがたっぷり付いた華やかなメイド服。


 まるでステージ衣装のようで、当然ながら女物だ。


「ふふ。メイドイベントをやろうと思ってね。本当は、他の子たちも手伝ってくれる予定だったんだけど……急に都合が悪くなっちゃってさ」


 こちらをまっすぐ見て、つむぎさんが言う。


「それで、ひかりくん、お願いできないかな?」


 そ、それって、女装しろってこと!?


 突然の爆弾の投下に、ぼくは慌てて抗議する。


「いや、ぼく、男ですよ? さすがに無理でしょ、こんなフリフリ……」


 聞くまでもなく、つむぎさんはぼくの言葉をスルーするかのようにエプロンをひらひら振りながら、


「いーのいーの、ひかりくん顔もかわいいし、サイズも合うはず! それに、君しかいないの。助けると思って!」


 そう言いながら、強引にメイド服を押しつけてくる。


 ぼくはいつものように、つむぎさんの勢いに押されてしまう。


「大丈夫大丈夫。きっと似合うから~」


 そんなやりとりの末、ぼくは渋々ロッカールームへ。


 小さな部屋に入り、手の中のメイド服を眺めてため息をつく。


 どう見たって男が着るような服じゃないのに……恥ずかしい。


 でも、最近は“男らしくなりたい”って思って筋トレも始めたのに……これじゃ全部台無しじゃないか。


 ここで拒否したら、つむぎさんを困らせるだけだし……しょうがない。


 そう覚悟を決め、思い切って服を頭からかぶった、その瞬間――


 首筋からビリッとした静電気のような衝撃が走り、息が詰まるような熱が全身を包んでいく。


「え……な、なんだ……」


 知恵熱のような熱さを伴いながら頭がぐらぐらして視界が暗転。


 次の瞬間には床にへたり込み、意識が遠のいた。




「――ひかりくん、平気?」




 ぼんやりとしていた意識がつむぎさんの声で引き戻される。


 気がつけばロッカールームの床に座り込んでいた。


 慌てて鏡を見つめると、そこに映っていたのは、見知らぬ“女の子”の姿。


 (え、なんで……)


 胸の膨らみ、細いウエスト、驚くほど華奢な手足――すべてが自分ではないような違和感。


「これがぼくなのか?」という疑問と恐怖が胸を締め付ける。


 思わず鏡に触れ、夢か現実かを確かめたくなった。


 スカートのフリルは幾重にも重なり、胸元にはリボンタイがきゅっと結ばれている。


 おまけに爪先を見ると、甘皮まで綺麗に処理されていて、ほんのりピカピカ。


 まるでプロのネイルケアを受けたみたいだ。ヘアメイクもばっちり。


「どうすれば……こんなの……信じられない……ぼく、男のはずなのに……」


 つむぎさんも目を丸くしてぼくを見つめていた。


「ひかりくん……か、かわいい……ほんとに女の子になっちゃったの?」


「え、えぇと……ぼく、どうしたら……」


「ま、とにかくお客さん来ちゃってるから、ひかりくん、接客お願い!」


「ちょ、そんな無茶――!」


 制止もむなしく、彼女に背中を押されてホールへ出る。


 すると、席に着いた常連さんが目を見開いて「あれ? めちゃ可愛いメイドさんが!」と大騒ぎになった。


「え、写真撮っていいですか? 可愛すぎる……」


 そんなことを言われると、いつものぼくなら羞恥心で逃げ出したいのに、なぜか身体が勝手に動く。


 ふわりと微笑んでお辞儀をすると、まるで完璧なメイドのように柔らかな声がこぼれ出る。


「いらっしゃいませっ♪ 本日はメイドイベントですっ。ご注文はお決まりですか?」


 声のトーンも、仕草も、すべてが“アイドル級”に可愛い!?


 自分でも驚くほど自然に口をついて出る。


 しかも頭の中に、いつのまにか“理想のメイドさん”のマニュアルがインプットされたかのように、気の利いた台詞や動きが湧いてくる。


 たとえば、お冷を運ぶときにはスカートのフリルを指先でちょこんとつまみ、優雅なお辞儀を添えて、


「お待たせしましたっ。心を込めて運んできちゃいました♪」


 なんて甘い台詞が口をついて出る。


 客席からは「え、尊い……」「可愛い!」と大歓声。


 さらに、男女混合のグループ客から「チェキ撮りたい!」と言われれば、


「わたしとツーショットですか? ふふ、うれしいですっ♡」


 と小首を傾げ、アイドルのようにポーズを決めてしまう。


 (い、今、わ、わたしって? 服の気分に引っ張られて、つい口にでちゃった!)


 スマホのカメラがシャッターを切るたびに脳がじんわりと快感を覚え、恥ずかしさよりも“楽しいかも”という気分が増していく。


 (ちょっと待って、ぼくは男なのに……何が“うれしいですっ♡”だよ!)


 頭の片隅で冷静なツッコミを入れようとしても、その声は甘美な高揚感にかき消されてしまう。


 大ぶりのエプロンがひらめくたびに、お客さんの目がキラキラ輝いているのを感じて、心が踊る。


 誰もが「今日のメイドさん神じゃん」「やばい、推せる」とSNSにアップし始め、


 店内はまるでイベント会場のような盛り上がりになった。


 その光景を横で見守っていたつむぎさんが、思わず声を上げる。


「ちょっとひかりくん、完全にアイドル化してるじゃない!」


 つむぎさんは、今の状況に驚きつつも、何やら少し嬉しそうで。


「いやもう可愛すぎる……単にメイド服着るだけって告知してたんだけど、まあ、お客さん喜んでるしいいか~」


 つむぎさんが、お客さんが、喜んでくれている……?


 (こんなの、あり得ないはずなのに…… なのに、なんだろう、この胸の奥から湧いてくる……幸福感?)


 自分でも怖いと思いつつ、身体はノリノリでメイド接客を続行。


 初来店の若いカップルには、


「わたしおすすめの今月のケーキセットはいかがですか?」


 と甘い声を投げかける。


 常連のおじさんには


「いつもありがとうございます。お疲れのところ、甘いものでも召し上がれ♪」


 とさりげなくフォロー。


 動きはしなやかで優雅、声は透き通ってキュート。


 頭がフワフワしつつも、完璧な気配りができているらしい。


 いつもなら緊張して早口になるはずが、今日はむしろテンポよく笑顔で応対できてしまう。


 お客さんが帰るときには、笑顔で手を振りながら


「また来てくださいねっ♪」


 なんて甘い口調を添えてお見送り。


 そのたびに店内の空気がほわんと華やかに沸き上がり、拍手まで起きる始末だ。




 そうして、気づけば閉店時刻。


 店内が静かになった途端、ぼくはふらりと肩の力が抜ける。


 つむぎさんがやってきて、満面の笑みで言った。


「ひかりくん、すごかったじゃん! お客さん大喜びだったよ。ちょっと神がかってたよ?」


「そ、そう……だったのかな。 ぼく、何やってたんだろう……でも……」


 窓に映る、まだメイド姿のまま呆然としている自分を見て、遅れて恥ずかしさがこみ上げる。


 けれど、どこか名残惜しさすらあるのは否定できない。




 ロッカールームへ戻り、勇気を出して服を脱いでみた。


 すると嘘みたいにあっさり男の身体へ戻る。


 ぱっつん気味の前髪も元通りになり、胸のふくらみが消え、爪も素のままの状態に戻っている。


 あれほど完璧だった接客モードが、まるで夢のように遠ざかっていく。


「……はぁ、なんだったんだ、マジで……」


 ここでようやくぼくの気分も、男としての自分へ戻った気がした。


 つむぎさんが神妙な顔で首を傾げる。


「服に着られるってこういうこと? でもさ、普通じゃないよね。やばいでしょ、これ。……一応お医者さん行っとこっか。そうしよ、明日とかさ」


「……ありがとう、つむぎさん。心配してくれて……なんか少しほっとしました……」


 つむぎさんの優しさに胸を撫でおろすぼくを見て、彼女はなぜか楽しそうに鼻歌まじりだ。


「うーん、お嬢様風コーデもいいし、元気系もかわいいよねぇ。あ、和風に振り切るのも捨てがたいし……ふふふ」


「え、ちょ、つむぎさん……今そんな話するタイミングじゃ……」


 男の感覚に戻ると、先ほどまでの甘い仕草やセリフが脳裏を駆け巡って、いたたまれない気持ちになる。


 けれど、奥底ではまだ少しだけ高揚感が残っている。


 恐ろしいような、でも不思議とワクワクするような――。


 店を閉めて家に帰ろうとスマホを確認すると、早速SNSに“謎の美少女メイド”の写真がアップされていた。


 いいねは百件ほどだけど、ぼくからすれば充分すぎるほど恥ずかしい。


「うわあ……なんか拡散されてる……」


 疲労感を抱えながらも、頭の中にはメイド姿の自分が生き生きと動き回っている情景がこびりついて離れない。


 着ていた瞬間に感じたあの“服に導かれる”感覚……


 まるで、服のかわいさを、ぼくの頭が勝手に“読み取って”いたみたいで。


 「ひかりくん、明日病院に行けば何かわかるって」とつむぎさんは軽く笑ったけれど、


 本当に、ただの診察で終わるのだろうか?


 ――この不思議な体質には、ぼく自身の身体に関わる、もっと深い謎が隠されている気がしてならなかった。

 


 読んでいただき本当にありがとうございます!


 この体質の謎は? 病院では何がわかるのか?


 毎話かわいい服が登場します。お楽しみに!


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