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戦いの前夜


ナリアンはいつも考えていた。あの空に浮かぶ少年はいったい誰なのだろう、と。


時が駆けていく。

電車に乗っているとそんな感覚をいつも覚えた。窓越しに見える景色がすぎていくと、時間がたっていると実感するのだ。


要は疲れはてていた。

塾の帰り道。ふと、脳裏に浮かぶ一つの考え。

自分はいったい、何に向かっているのだろう。

このようなことを考えることは、受験生の要にとって一番厄介な事だった。要は頭もそこそこに良い程度だ。勉強しなくては受からないかもしれない。

以前まで小さく浮かんでははねのけてきたこの思いは今、この時を待っていたかのようにして大きくなり疲れた要を痛めつけはじめた。

「岩元、岩元です」

放送が最終電車の車内に響き渡る。要はこのまま時空に溶けてしまいたいような気分だったので、ゆっくりと瞳を閉じた。終点が自分の降りる駅だから、寝過ごす心配はない。



辺りがやたらに静かなのに気がついて、要は驚いた。ゆめから覚めた頭では今、自分が置かれている状況を確かめるのさえままならない。


終点の駅は要の地元だったはずだ。ここまでは分かる。じゃあここはいったいどこだ。窓から外を見渡す。乗る電車を間違ったのだろうか。

「とにかく、降りて。携帯で迎えを…」

リュックから携帯を取り出しながら電車を降りる。

駅は、なんといえばいいのだろう。やたらメルヘンという感じだろうか。赤い屋根に茶色いレンガ。まるで絵本の中のようだった。なぜか懐かしい感じがした。

「…写メとっとこう」

要は自分が意外に冷静な事に気がついた。

しかし、その冷静さは次の瞬間砕けた。

「圏外…っ。」

一粒の汗が流れた。

携帯の画面は残酷な二文字を表示している。

「誰かいませんか」

静まり返った場所に響き渡る自分の声。暗かったはずの空は明るかった。夜があけたのか。それにしては早すぎる。


「なんなんだよっ」

ガラにもなく声をはりあげた。細い足で精一杯壁を蹴りあげた。要は全体的に小さく、顔も冴えない。その上、迫力もない。運動は適当にバスケをやっていたが、上手くも下手でもないのだ。

そんな要に救いの手を差しのべたのは一人の少女だった。


「何してるの」

駅の外からこぼれる眩しいくらいの光。そこに女の子はたっていた。

「なにもしてない!それより、いったいここはどこだ」

「ここ?」

黄色いカールがかった髪の毛が少女の顔になびく。光で顔は見えないがわらった様な気がした。

「駅だよ。とある小さな町の」

とある小さな町。


少女が要に次に話しかけたときには、要は深い眠りについていた。無理もない。要は最近疲労で一睡も出来てなかったのだから。

「寝ちゃった…。カナメクン」

なんで名前しってんだよ。




?とある町での出来事です。その町に住む人々は生まれたときにやるべきことを神様からうけわたされます。人を助ける、注目される。人を傷つける。様々な使命を果たすために今日もあちらこちらで働いています………?


「朝だよぉー。みんなおきな。起きなきゃ飯やらねえよー」

威勢の良い声に驚いてとび起きる。要は頭をかきながらベッドが自分の家のものではない事に気づき、昨日の出来事がフラッシュバックしてきた。圏外のとある小さな街。レンガの駅。

「うん。きっと夢だ。夢なんだ。さっさと寝なきゃ」

布団に顔をうずめた時だった。

「おっはよーっ。カナメン。ご飯だよ。早く食べないとみんなにたべられてしまうよ」

金髪は寝起きの要には眩しすぎて目が眩んだ。彼女の名はナリアン。

「誰ですか」

「ナリアンだよ。昨日の」

「嘘だ。だって昨日の女の子はもっとちっこかったじゃないか」

要の目の前にいたナリアンは昨日とはまるで別人であった。昨日の面影が残っているところといえば髪が光っているところくらいだ。要と同じ歳くらいになってしまっている。鼻のうえのそばかすがかわいらしい。

「驚いた?この町では歳をとると大人になるんではないの。神様から頂いた指名を見つけるとやるとげるまでに大人になっていくのよ」

話がまったく読めない。つまりここはこの世ではないのだろうか。

ナリアンが要を指差す。

「私の場合、あなたに会うために生まれてきたの。それが神様から頂いた指名なの」

要は不覚ながら少し顔を赤らめてしまう。彼女がそういう意図で言ったのではないことを承知でも。そんなことを言われたのは初めてだ。

「とにかく。そういうことだから、私はあなたにひっついています。まずご飯をたべて。話はそれからよ」

わけがわからないまま、要は食堂へと連行された。




食堂はたくさんの子どもたちで埋め尽くされていた。回転速度が速すぎて手が見えないおばさんが二人、声を張り上げながら食事を作っている。

「ここは、使命をまだみつけられていない子どもたちの寮なの。見つけた子どもはこの合宿場から旅立つけれど」

「じゃあ、きみはこんなところにいちゃいけないだろ」

「きみじゃない。ナリアン。私はいいの。この町のルールを知ってる?『何よりも神から授かった使命を』なの」

「おばさんたちは?」

「あの人たちはこうやって子どもを養うのが使命なの」

「だからあんなに必死に作っているんだね」

「そう。好きで作ってるわけじゃないのよ」

ふーん、と要がこぼすとナリアンは食券を買いに行っていた。

生まれたときからやらなければいけないことに逆らえないなんてちょっとかわいそうだな。

使命。

そんなものに縛られて身動きがとれないなんて理不尽だ。

でもその時ふと要は思った。

僕も一緒じゃないか。

したくもない受験勉強。縛られて窒息しかけていたではないか、と。

「パゲティは売り切れたよ。ごめんよ」

要の食券をみて罰の悪そうにした前の男の子。

彼が振り向いた瞬間、要は唖然とてしまった。あまりに彼の顔が整っていたからだ。誰から見ても美形、いや美人だと思われる顔立ちの彼はこうとも言う。

「でも俺は食堂のおばちゃんにおまけでスパゲティもう一皿もらったから。やるよ」

「ありがとう」

「どうかしたのかい?」

「いや、なんで君はそんなにカッコイイんだ」

「そういう運命だからだ」すました顔でそう言うと立ち去ってしまう。

自分の器にスパゲティが置かれても要はずっと彼の方をながめていた。少し赤めの茶色毛と下に着ている白いシャツが似合っていて、格好のよさを引き立てている。


「カナメクン。こっちこっち」

ナリアンが手招きをする。「ナリアン、さっきのカッコイイ男の子はずいぶん年が大きいのになぜここにいるんだ」

「ああ。ピアのことね。彼なら昨日までは小さかったのよ。今は格好よくなってただの少年になってしまったけれど」

「そうなんだ」

要がこの世界に落ちた日。急に変化をおこしたのはピアとナリアンを含めた二人だけだった。それは偶然なのか必然なのか、分かるのは神のみなのだ。

「さあ、食べたらさっそく長老に会いに行きましょう」

「長老か…。なんだかゲームのなかにいるみたいだ」

眉間にしわをよせたナリアンをみて慌てて話をそらす。

「長老に挨拶したら何かわかるのかな」

「分かるかもしれない。分からないかもしれない」

「なんだそれ」

神のみぞ知る、ナリアンはそう呟くと食べ終えた食器を返してくるように命じた。



ナリアンの話によると長老は町の中心の塔の最上階にいるらしい。

「歩いて行くの?」

「そうよ。私はまだ稼げる身ではないのだから歩くほかないわ」

「お金はもっていないんだ」

ナリアンは機嫌を悪くしたように要をにらんだ。彼女は基本、短気なのだ。

「なんか不思議な町だね」辺りに見えるのは駅とは一変し、近代的な都市だ。様々な人が忙しくかけていく。それにしても普通に人が空に浮いていたのには驚くだろう?ナリアンに要が感動をあらわしても、あやふやに返事をするだけだった。

「交通を整備しているのよ。ああやって上からみるとよく見えるから。私は飛べない、怖い」

「飛ぼうとすれば飛べるの?」

「やったことがないから分からない。それに、やる必要を感じないしね。私がやるべき事はそれではないのよ」

やっぱりこの町の人の感性は理解しがたい。なぜやれるかもしれないのに試さないのだろう。

「ほらあそこ。塔が見えるでしょ」

ナリアンが指さしたのは沢山のビルの間から見え隠れしている樹木であった。

「塔なの。あれが?変なの」

ナリアンはあからさまに要を非難するような顔をした。

「あの樹木は特別なのよ。中に入るとどこかに迷いこんで帰れなくなる時もある。逆にただの幹の穴でしかない時もあるの。とにかく、樹木に認められなければ長老には会えない」

「かっ帰れなくなるのか?」

コクン、と小さく頷くと、ナリアンは要の背中を思いっきり押し出した。するとあれほどまでに小さく見えていた樹木はすぐ近くに雄大にかまえだした。

「近づいた!ナリアン、何したんだ」

「知らなーい。さあっ。レッツアドベンチャー!」

要はナリアン今度は腰を蹴られて足を滑らせ、穴にみるみるうちに吸い込まれた。

要の裏返った声の悲鳴が遠くなるのを感じながらナリアンは少し不安になった。「本当にあの人で大丈夫なんでしょうか」

ナリアンを照らす光は彼女の髪をみるみるうちに染めていった。




要が目を覚ますと目の前に飛び込んできたのはピアの整いすぎた顔だった。

「あ。気がついたかい」

「ここは…。長老の家?」

樹木の中とは思えない生活感あふれる内装に要は唖然とした。長老と敬われる方が住む部屋にしてはせまい。

「うーん。どちらでもある。しいていえばどちらでもない」

「長老さんはいないのか」「長老は俺なんだ。と言っても今日なったばかりだがな」

ピアはテーブルに二つのカップをおくと、紅茶をいれた。

「長老が君ということは。前の長老は、死んだのか!」

ピアが紅茶を吹き出した。どうやらおかしな事を言ってしまったらかった。

「おかしな事を聞くんだな。当たり前じゃないか。使命を果たしたのに生きている必要がどこにある?」

要は紅茶を一口飲み、震える手を隠すように押さえた。不安がこみあげる。

「じゃあ、僕がどうやったらもとにいる世界に帰れるんだ?」

「さあ。俺は何たって昨日までただの野球少年だったもんで。なにも知らないんだ。でもちょっと待て、調べてやるよ」

分厚い本を何冊か出してピアは懸命に探したがそれらしきことは綴られていないようだった。ピアは少し困ったような顔をしたが、どんな表情をしても彼の輝かしいカッコよさは少しも減ったりしない。

「さっぱり分からない」

「そっか…ごめん。ありがとう」

「ただ、一つだけ分かることがあるが聞くか?」

ピアの顔が真剣になったのでつられて要もしんみょうな顔つきになった。

「君がこの世界の人間ではないと言うことは、君は世界でただ一人、使命をもたない人間だということだ。つまり望めば、欲すれば何でも出来る可能性をもっている。」

「空も飛べるかな?」

「頑張れば、できる。ただ俺はそれを手伝う事は残念ながら出来ないな。長老はここから出ることができない」

そういうとピアは罰の悪そうに頭をかいた。無理をして笑っているようにみえる。

「何か心残りがあるんだな。ピアは表情が読み取りやすい」

「ああ。少しあるな。あるけど少し。ほんの少しだ…」

少しと言うわりには泣きそうな顔だ。

要は思う。僕には未来を変える力がある、と。そしてピアの運命をねじ曲げる事も可能なんじゃないか、と。

「外に出ようとすると、樹木が邪魔してどこか違う場所にたどり着いてしまうんだ。そして結局、ここに戻る」

「僕なら出来る」

今までそんな自信に道溢れた事を言ったことがない。可能性があるのにやらないのは、もったいない気がした。そんのは現実世界の自分だけで十分なのだ。

「ピア、走るよ」

「お、おう」

ドアを開ける。走る。

目を開けるとナリアンが見えた。周りは駅だった。

「カナメクン。お帰り。はやかったね」

そんなコンビニから帰ってきたみたいに言われても。




ピアの心残りが何であるかはすぐ分かった。

「なっなっ。ななな。なな。なー。ナリアンじゃぁーっないかぁー」

「変な名前にしないでよ」ピアはナリアンが好きなようだ。なんとも微笑ましい。





だが、非常に残念なことにナリアンの眉間のシワが深く刻まれている。いかにも不快、という顔だ。

「私はまだあんたを認めてないの。ピッチャー落ちしたのは肩の負傷のせいよ。あんたなんか敵じゃないわ」

ナリアンとピアは以前同じ野球チームに所属していた。二人とも運動神経は抜群だったのだ。

「確かにナリアンはいい球を投げるな。でも、勝ってピッチャーをしたのは俺だ。健康管理もアスリートには大切だ」

ナリアンはピアに背を向けた。そんな彼女にピアは寂しく話しかける。

「まぁ、今となっては何も関係がない。我が使命はまったく野球に関与しないからな」

「二人とも、野球選手になりたかったのか?」

そうよ、そうだよ。

二人の声が重なる。ピアの超絶美形を嫌そうににらんだナリアン。負けず嫌いなのだろう。

「結局は使命には逆らえないのよ」

ボソリと悲しげにうつむくナリアンはみるにたえなかった。

「ねえナリアン」

「…」

「ねえったら」

「何よ。カナメクン。本当にうるさいわね」

強がるのが特性のようだ。そこで要はポツリと浮かんでいた疑問を投げ出した。

「前から気になっていたんだが、なぜ君は僕の名を知っていたんだ?」

駅で出会ったとき。

カナメクン。とナリアンは彼を呼んだ。親しげにまるで、昔からの友人のように。

「だって知っていたもの。昔から決まっていたの。カナメクンがここに来ることはね。そして私はそのために生きてきたのよ」

「分からないよ。僕は知らない。知らなかったし、今も何が起こっているのかよくわからない。」

「赤ちゃんがお母さんを分かるように、アリが自分の巣を間違わないようにね。私には分かったの」

ボンヤリと頭の空に要が見える。そして言うのだ。僕は世界を変える。肩を落とし今にも泣きそうなに、まっすぐにみつめていうのだ。ナリアンは小さい頃から夢の中で何回も要に会ってきた。

「たぶん、あなたはこの世界を救いにきたのよ。神を倒しにきた」

ピアが愉快そうに笑う。

「そりゃ無茶だ。いくらナリアンの予知でもそれだけは信じられない」

「そうだよ。僕は何も出来ない。ただの中学生なんだ」

要はうつむいた。白い肌に髪の毛の影が落ちる。

「神を倒すとは思えないが何も出来ないこともないだろう。君は何でも出来る可能性のある中学生だしな」

ピアの言葉は曲がらない。まっすぐでつい要は照れてしまう。

「さて、では何故樹木がこの地を選んだのか」

「ここは私とカナメクンが出会った場所よ。この駅は地球とこの世界をつないでいる」

レンガづくりの駅に電車がとまるのは非定期的で、いつくるかは誰にも分からないそうだ。

「じゃあ電車で世界に帰れるのは…」

「無謀ね」

要はがっくりと肩を落とした。すると、慰めのようにピアは神話を語り始めた。

「この地の神話によれば、神はひとが生まれし地に宿るらしい。俺たちはみな一つの大きな卵から生まれる。神は地球に生まれ損ねた生命を救い上げ、この世界へと導き使命をさずけ丁寧に育てる。その子供たちがいつの間にか合宿場にたどり着くんだ」

「という事は…」

「卵を見つければどうにかなるかもしれないってことね」

「ピア、卵って一体なんだ?」

「海だよ」

「海?海とはあの海水で満たされてる海のことかい?」

「そうだ。だが、違うのはその海が卵の中にあるってこと。もう一つは…」

ピアが空を高く指差す。ギラギラと輝く太陽がゆびを照らしていた。

「空にあるということだ」要たち三人は空を見上げた。

「太陽しかないけど」

「タイヨウ?あれはタイヨウではないわ。卵なんじゃない?」

そうよね、とナリアンはピアに語りかけた。ピアは彼女から話しかけられて満足そうに微笑み、こう言った。

「ビンゴ!!あれは卵さ」

ビンゴしても嬉しくなかった。



光輝く小さな球体は常識的に考えたら卵ではなく、恒星とよばれる太陽だがこの世界は人も羽ばたけるのだからそのくらいおきてもしょうがない。

「卵行き、なんて言うバスは出てたりしないかな?」

要は消えそうな声で問いかけた。

「そんな事したら卵は観光地になっちゃうだろ。それにあそこまで行くのにバスを使ったら一生かけたってつかないな。そのくらい、遠いんだ」

ピアの卵へ向けられた目は伏せがちで絶望の光がちらついていた。彼らを縛りつけているものは大きく遠いのだ。

『お前なんかがそんな学校受かる訳がないだろう』

『バスケで推薦は夢のまた夢だな』

現世で大人が要に放った言葉の矢はこの人たちに比べれば小さくて、ちっぽけだ。なのにいつだって限界を決めて手足を縛りつけていた。15年間でつちかってきた経験、くだらないプライド。そんなものに要の夢は揉み消されていた。

要は解き放ってあげたかったのだ。自分も、この世界の人々も。望んでいるのなら。

「他に行ける手はもうないのか?」

「光速ジェット機系のスニーカーなら行けるかもしれないわ。ただあれを操縦するには免許が必要ね。最も空も飛べる事が前提だけれど」

「免許証は偽装するか?」

ピアが不適ににやつく。

「長老は何でも出来るんだな」

「一応、神にこの世界のリーダーってことにされてるからな」

「ジェット機スニーカーはたしか隣街に工場があったわ。うまくすれば…。盗める」

「じゃあ、ピアは偽装免許証。僕とナリアンはジェット機を用意することにしよう」


要とナリアンが二人で行動するのは何だか腑に落ちなかったがピアは我慢した。カッコイイ男はクールさが大切だからだ。

「じゃあ3日後合宿場の前で会おう」

赤茶色の髪を揺らし、つり目気味の鋭い目はナリアンをとらえて離さなかった。別れるのが呪わしくて、愛しさを何倍にもさせた。

彼女は振り返らなかった。要だけが足を止めた。

「元気でな、ピア。捕まらないでくれよ」

「ああ。ナリアンを振り向かせるまで捕まらないよ」ピアはそう言うと背中を向けて片手を上げた。

本当に何をやったってカッコイイ。



「町にはやっぱり歩いていくの?」

「無理よ。三日で帰ってこれなくなるわ」

「じゃあ、どうするの…?」

恐る恐る聞く。なんだか不安でたまらない。ナリアンがさっきから笑っているのが不気味だからだ。

「フフッ。ループするのよ。樹木を使ってね」

「じゅっ。樹木?だってあれはどこに着くか分からないんじゃないのか?」

「そうよ」

ナリアンは駅の壁に寄りかかる。するとその周辺の壁が溶け始め、ナリアンの手はその中に滑り落ちるようにして入った。

「でも裏技があるの」

要の手はナリアンに握られ強引に穴に押し込まれた。「こうすると、樹木のてっぺんに着くわ」

「何するんだよ。うわっ。なにこれ。きもっ。なんか吸い込まれ…」

「吸い込まれるのが目的なのよ。ばかね」

二人の姿はレンガの壁に溶けていった。



「偽装免許?そんなの簡単に決まってんじゃない。あまりなめてもらっても困るなぁー」

一年中、夜の街。ここは平気で人の売買が行われるような繁華街だ。あまり気が進まなかったが、ピアは足を運んだ。

「じゃあ、よろしく頼む。ジェット機スニーカーの免許証を明日までに」

「まいどありぃ〜。ていうか、ピア。今度は何をしでかす気なんだい?」

舌のピアスをいじりながら蛇女はいった。蛇女というのはピアの中のあだ名で、蛇みたいに体全体が乾燥しているからつけた。

「まあ。色々だな」

「あっそお。で、ナリアン元気?」

「ああ」

「あの子は、恵まれてるよ。こんなカッコイイやつと日の当たる町にいられんだからさぁ」

今の蛇女からは想像も出来ないが彼女も昔はただの少女だった。使命の導きの力の強さには勝てない。体は自分が望んでなくてもそちらに向いてしまうのだ。

「今、使命の廃止を考えてる。人間界から無知の少年がやってきた。これが、ラストチャンスだ」

「まだそんな事言ってたんかぁ。バカだな、ピアは。神は絶対なのに」

「俺もそう思ってた。けどな」

ピアは金を蛇女の前におきながら、目を見てはっきり言う。

「あきらめたくないんだ。夢だけは」

もう十分我慢しただろ?

優しいピアの声は繁華街に不似合いだった。



「いてて。ここは…」

いかにも木の中といった内装。そこにあるのはポツリと浮かぶ不気味な穴だけだ。

「樹木のてっぺんよ。ここから隣町に抜けるの。ただし、前にも行ったようにこの樹木は選んだ人間しか運ばない」

「まさか…」

またもやナリアンは不敵に微笑んだ。

「フフフ…。あなたは樹木のお気に入りなのよ。そして世界で唯一しばりを受けない男の子。さあ行きましょう」

ナリアンが笑顔で走りくる。要は覚悟を決めて真っ暗闇の穴に足を踏み入れた。


どのくらい歩いたのだろう。暗闇の道の先には何も見えず、二人の心の不安はつのっていた。

「これって出口なんかあるのか?」

「分からない。でも信じることよ。あなたが望めば、きっとたどり着く」


すると今までの暗さが嘘のように暗闇が晴れ、眩しい部屋が広がった。白い部屋の中にあるのは三つのドア。同じ大きさの何のへんてつのないドアだ。


「僕ら樹木に試されてるのかもね」

ずいぶんと疲れた顔で要は言った。

「きっとそうね…」

ナリアンも疲れきっていた。体力の限界が訪れていた。残るは気力のみだ。

「要くんが決めて」

「えっ。僕?」

いきなりナリアンは要の手をとりその手を額に近づけた。消えそうなのに妙に心に積もる言の葉。

「自分を信じるの」

要は泣きそうだった。訳がわからないくらい、心がぐちゃぐちゃだ。そのなかに太く輝く思い。

信じていたい。

ドアノブに手をかける。ナリアンも手をかけた。


二人の声が重なる。

「お願いしまぁーぁぁす!!!!」


ドアの先に見えたのは賑かな町並みだった。


「やった!すごいわ。カナメクン」

ナリアンは要に抱きつくと嬉しそうに言った。もちろん要にとっては初めての体験で、初々しい光景に見えた。何も言えなくなった要は困ったように頭をかく。「工場はすぐそこよ。見つからないように。裏口から入るの」

「スリリングなことばかりで胃に穴があきそうだよ…」

ナリアンは要のお腹を思いっきり殴ると走り出した。



「こんな格好でばれないで忍びこむなんて無謀じゃないか?」

「誰がそのまま忍びこむなんていったのよ」

ナリアンは何でもないような顔で工事の中に踏み入れた。要は彼女が何を考えているか、考えるだけで嫌気がさす。


案の定、警備員が彼らに近づいていった。

「お前ら、工事に何の用だ」

「ジェット機スニーカーを頂きに参りました」

「怪しいな。免許を見せて貰おうか」

「持ってないの」

大きな声を張り上げたと思うと、ナリアンは機材の一部をもっておもむろに振り回し始めた。


ビュンビュンと加速しながら飛んでいく鉄の固まりは警備員のみぞおちに命中。その場にうずくまってしまった。

「うわぁ…っ」

「ナイスコントロールでしょ?名ピッチャーだったのよ」

自慢げなナリアンを軽蔑した眼差しで要が見つめる。「…死んでないわよ?」

「そういう問題ではないよ」

「何でもいいから早くスニーカー探して退散するの」要は納得がいかないままスニーカーを手にする。

空色のスニーカーには透明な雲がプリントされていた。

「きれいな靴だね」

「このスニーカーはその日の天気を移す魔法の靴なの。つまり、その日が雨なら、雨をうつす」

「すごい…」

「まあ。免許証チップを入れないと作動しない仕組みだから今はただのスニーカーね」

「履いてもいい?」

「ただの靴だけど。それでもいいなら履き替えたら?」

空は大きくて青い。無限で自由な感じが要は大好きだ。

「自由の靴…」

「なんか言った?」

「なんも言ってないよ」

要は無理矢理微笑むと新品の靴で駆け出す。

ナリアンもつられて駆け出した。



「ナリアーン。要ー。こっちだ」

駅の前にたどり着いたのはあれから1日後だった。

隣町の雰囲気を一言で表すと、魔法。空はカラフルに変わったり、かと思うと地面に星空が広がったりする。いちいち要が感動するのを見てナリアンは

「ガキ」

とひどい事を言う。要は意外にもメルヘンな事が大好きで絵本のようなこの街が気に入った。



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