アメリカ弁当の謎(2)
朔太郎は早歩きで自宅に向かっていた。時計を見ると、もう十二時半を超えていた。塩瀬との打ち合わせは少々長引き、予定よりも遅くなってしまった。早く帰らなければ。美玖にも十二時には帰ると言っておいた。一応トークアプリでも遅くなると連絡はしていたが。
「ただいま。ってあれ? リビングの方が騒がしいぞ。それに何だこれ?」
自宅に帰り、玄関に入ると違和感をもった。まず、何か騒がしい。それに玄関には子供の靴があった。美玖や朔太郎の靴に比べて、明らかに小さなスニーカーだった。おそらく小学中学ぐらいの靴だ。
朔太郎と美玖には子供はいない。親戚には姪や甥もいたが、高校生や大学生ぐらいだ。小学生の親戚はいない。友達の孫ではそれぐらいの子供もいたが、朔太郎の家に来る理由も無いだろう。
首を傾げつつ、リビングへ向かうと、確かの見知らぬ子供が一人いた。予想通り小学中学年ぐらいの子供だった。顔は女の子のようだが、ショートカットにハーフパンツだったので、一見は男の子のようのも見えた。このぐらいの年代の子供だったら、まだまだ男女差は体格に現れないだろう。この子供も顔は、どうやらハーフらしい。堀が深く、目の色もブルーがかっていた。髪の毛は栗毛で、目を引く容姿でもあった。
リビングのテーブルには焼きそばやジュース、お菓子など子供が好みそうな食べ物も並んでいた。
「おばちゃん。焼きそば美味しい!」
子供はきゃっきゃと無邪気にそれらを食べ、美玖に甘えたような表情を見せていた。
美玖も肝っ玉母ちゃんのように「さっさと食べなさい!」と明るく言っている。
何だ、この光景は。
朔太郎はさっきからずっと首を傾げていた。いつものリビングは、子供一人によって全く別の雰囲気に変わっていた。テレビも子供むけのアニメが流れている。ソファの上にはランドセルやお道具箱もある。老夫婦のリビングには決して無いもの。異物にしか見えないが、子供に接する美玖はさほど違和感がない。もし朔太郎達にも子供がいたら、こんな感じだったのだろうかと思うほど。
朔太郎はこの光景を見ながら、夢でも見ているかのような気分になってきた。決して得られなかった現実が目の前に広がっている。もっとも子供に関しては授かりものなので、仕方ないと諦めていた部分も大きかったが。
もしや美玖が子供がいな事を気に病み、誰か攫ってきたのだろうか。いや、美玖に限ってそんな事は無いだろう。朔太郎はそんな予想は無理矢理追い出した。
「美玖、ただいま。この子供一体?」
「あー、この子。春美ちゃん。三田春美ちゃんっていう子」
美玖はおっとり微笑んでいたが、子供の名前を知りたいわけではなく。
「おじさん、お邪魔してます!」
子供、春美は礼儀正しく挨拶してきた。子供らしい小賢しさも感じる。基本的に明るい子供のようだが、こうして挨拶している姿は、賢そうだ。完全に無邪気な子供とは言えないのかもしれない。
「この子ね、公園で会ったの。なんか暗そうにしてたし、どうしたのって声をかけたら、学校で居場所がないんだって。って事で家に連れて来ちゃった」
美玖は春美以上に無邪気な笑顔を見せてきた。作田の予想と違い、そんな経緯だった事に安心したが、まるで野良犬や猫でも拾ってきたようなテンションだった。軽すぎる。
昨今では登校拒否児童が増えているというニュースを聞いた事がある。こんな居場所の無い子供は珍しくは無いのかもしれないが。
「まあ、あなた。座ってみんなでお昼ご飯食べましょうよ。うん」
美玖はキッチンに行き、朔太郎の分の焼きそばも持ってきて、リビングのテーブルに並べた。ソースの良い香り。焼きそばは青のりと紅生姜がトッピングされ、見た目も案外鮮やかだった。キャベツやにんじんなどの野菜もたっぷりと入り、太麺に濃いめもソースが絡みついている。打ち合わせのカフェでは何も口にしていなかった朔太郎は、思わず唾を飲み込んでしまう。
「という事でみんなでお昼ご飯をいただきましょう。いただきます!」
美玖はこの場所の主導権を完全に握り、リードしていた。こうして皆んなで焼きそばを食べ始めた。
焼きそばを食べると、いつも通りに作り手である美玖の想いも伝わってきた。春美の事が気がかりだとか、子供と一緒にいて楽しいとか。それに「この瞬間だけは本当に子供ができたみたいで、ちょっと複雑だけど」なんていう美玖の想いも伝わり、食べている朔太郎は無邪気に笑顔にはなれない。
一方、春美は焼きそばを食べながらニコニコと笑顔だ。不自然に思うぐらい明るい笑顔だ。顔つきは派手なせいで、余計にそう見えてしまう。
「ママのお弁当と大違い。焼きそば美味しい。ママのお弁当は本当に最低だから!」
春美は母の弁当を嫌っていた。憎んでいると言っても良いぐらいの言い草だった。
子供ってこんなもんか?
目の前にいる異物のような子供を眺めながら、朔太郎は再び首を傾げていた。