表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/57

アメリカ弁当の謎(2)

 朔太郎は早歩きで自宅に向かっていた。時計を見ると、もう十二時半を超えていた。塩瀬との打ち合わせは少々長引き、予定よりも遅くなってしまった。早く帰らなければ。美玖にも十二時には帰ると言っておいた。一応トークアプリでも遅くなると連絡はしていたが。


「ただいま。ってあれ? リビングの方が騒がしいぞ。それに何だこれ?」


 自宅に帰り、玄関に入ると違和感をもった。まず、何か騒がしい。それに玄関には子供の靴があった。美玖や朔太郎の靴に比べて、明らかに小さなスニーカーだった。おそらく小学中学ぐらいの靴だ。


 朔太郎と美玖には子供はいない。親戚には姪や甥もいたが、高校生や大学生ぐらいだ。小学生の親戚はいない。友達の孫ではそれぐらいの子供もいたが、朔太郎の家に来る理由も無いだろう。


 首を傾げつつ、リビングへ向かうと、確かの見知らぬ子供が一人いた。予想通り小学中学年ぐらいの子供だった。顔は女の子のようだが、ショートカットにハーフパンツだったので、一見は男の子のようのも見えた。このぐらいの年代の子供だったら、まだまだ男女差は体格に現れないだろう。この子供も顔は、どうやらハーフらしい。堀が深く、目の色もブルーがかっていた。髪の毛は栗毛で、目を引く容姿でもあった。


 リビングのテーブルには焼きそばやジュース、お菓子など子供が好みそうな食べ物も並んでいた。


「おばちゃん。焼きそば美味しい!」


 子供はきゃっきゃと無邪気にそれらを食べ、美玖に甘えたような表情を見せていた。


 美玖も肝っ玉母ちゃんのように「さっさと食べなさい!」と明るく言っている。


 何だ、この光景は。


 朔太郎はさっきからずっと首を傾げていた。いつものリビングは、子供一人によって全く別の雰囲気に変わっていた。テレビも子供むけのアニメが流れている。ソファの上にはランドセルやお道具箱もある。老夫婦のリビングには決して無いもの。異物にしか見えないが、子供に接する美玖はさほど違和感がない。もし朔太郎達にも子供がいたら、こんな感じだったのだろうかと思うほど。


 朔太郎はこの光景を見ながら、夢でも見ているかのような気分になってきた。決して得られなかった現実が目の前に広がっている。もっとも子供に関しては授かりものなので、仕方ないと諦めていた部分も大きかったが。


 もしや美玖が子供がいな事を気に病み、誰か攫ってきたのだろうか。いや、美玖に限ってそんな事は無いだろう。朔太郎はそんな予想は無理矢理追い出した。


「美玖、ただいま。この子供一体?」

「あー、この子。春美ちゃん。三田春美ちゃんっていう子」


 美玖はおっとり微笑んでいたが、子供の名前を知りたいわけではなく。


「おじさん、お邪魔してます!」


 子供、春美は礼儀正しく挨拶してきた。子供らしい小賢しさも感じる。基本的に明るい子供のようだが、こうして挨拶している姿は、賢そうだ。完全に無邪気な子供とは言えないのかもしれない。


「この子ね、公園で会ったの。なんか暗そうにしてたし、どうしたのって声をかけたら、学校で居場所がないんだって。って事で家に連れて来ちゃった」


 美玖は春美以上に無邪気な笑顔を見せてきた。作田の予想と違い、そんな経緯だった事に安心したが、まるで野良犬や猫でも拾ってきたようなテンションだった。軽すぎる。


 昨今では登校拒否児童が増えているというニュースを聞いた事がある。こんな居場所の無い子供は珍しくは無いのかもしれないが。


「まあ、あなた。座ってみんなでお昼ご飯食べましょうよ。うん」


 美玖はキッチンに行き、朔太郎の分の焼きそばも持ってきて、リビングのテーブルに並べた。ソースの良い香り。焼きそばは青のりと紅生姜がトッピングされ、見た目も案外鮮やかだった。キャベツやにんじんなどの野菜もたっぷりと入り、太麺に濃いめもソースが絡みついている。打ち合わせのカフェでは何も口にしていなかった朔太郎は、思わず唾を飲み込んでしまう。


「という事でみんなでお昼ご飯をいただきましょう。いただきます!」


 美玖はこの場所の主導権を完全に握り、リードしていた。こうして皆んなで焼きそばを食べ始めた。


 焼きそばを食べると、いつも通りに作り手である美玖の想いも伝わってきた。春美の事が気がかりだとか、子供と一緒にいて楽しいとか。それに「この瞬間だけは本当に子供ができたみたいで、ちょっと複雑だけど」なんていう美玖の想いも伝わり、食べている朔太郎は無邪気に笑顔にはなれない。


 一方、春美は焼きそばを食べながらニコニコと笑顔だ。不自然に思うぐらい明るい笑顔だ。顔つきは派手なせいで、余計にそう見えてしまう。


「ママのお弁当と大違い。焼きそば美味しい。ママのお弁当は本当に最低だから!」


 春美は母の弁当を嫌っていた。憎んでいると言っても良いぐらいの言い草だった。


 子供ってこんなもんか?


 目の前にいる異物のような子供を眺めながら、朔太郎は再び首を傾げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ