アメリカ弁当の謎(1)
いつもは執筆の為、自宅の仕事部屋に引き篭もる事が多い朔太郎だが、今日は編集者と打ち合わせが入っていた。いつもは適当なシャツやジャージを着ているものだが、今日はジャケットを羽織り、「ダンディな作家先生」な雰囲気を作った。
美玖はスーパーのパートへ出掛けてしまった。早朝から昼までのシフトで、麗子も無事に戻って来たので、嬉しそうにパートへ行ってしまった。
という事で今日の朝食はトーストにバターを塗っただけの簡単なものだが、打ち合わせも頑張ろう。朔太郎はやる気に満ちた顔で、担当編集者との打ち合わせ場所に向かった。
取引先先の出版社の近くにあるカフェだった。コーヒーがリーズナブルな値段で楽しめるカフェだ。午前中に一体が、土地柄、サラリーマ風の男性も目立つ。
「先生、こちらです」
奥まった窓際の席に担当編集者がいた。最近担当が変わったばかりで、まだ若い女性の編集者だった。名前は塩瀬亜美。若いといってもアラサーぐらいで、落ち着いた色の髪の毛を一つに結んでいた。メガネをかけているので、大人しい優等生タイプに見える。実際、そんな感じの編集者だった。
さっそく仕事の打ち合わせに入る。塩瀬はコーヒーを二人分頼んでいたが、朔太郎は口をつけるつもりはなかった。この手のチェーン店は、従業員を安く使っているのか、愚痴や不満の想いがつ伝わってくる事が多く、おいしさを感じられない。飲食店が人手不足らしいが、全くその通りだろう。
「あれ、先生。コーヒー飲まれないんですか?」
打ち合わせが終盤になったところ、塩瀬が怪しんできた。
「いや、最近どうもカフェインがね。妻にも止められているんだよ」
「まあ。だったら、最初に言ってくだされば、カフェインレスのコーヒーにしましたのに」
想像以上に塩瀬は恐縮していた。昨今はSNSで編集者の実情を暴露し叩く作家や漫画家も多いようだが、多くはちゃんとしている。朔太郎が運が良いだけかもしれないが。
「おしどり夫婦って有名ですもんのね。今度、夫婦の物語もいいかもしれません?」
なぜか塩瀬は疑問系になっていた。優等生タイプで丁寧な編集者だが、どこかいつも自信がないというか、自己肯定感が低そうな人間だった。美玖は逆に自分が大好きなタイプで、豪快で圧も強い。美玖と塩瀬を足して割ったら、普通の一般的な女性が出来上がるかもしれない。
「はは、夫婦か。それも良いかもな」
「ええ。仲の良いご夫婦は羨ましいです」
和やかに打ち合わせは終了し、スケジュールも決まった。これからも執筆期間に入る。
テーブルの上には、手がつけられていないコーヒー。すっかり冷めていた。このまま口をつけずに放置するしか無いだろう。不思議な能力があった朔太郎だが、こういう時は不便だ。楽しい事ばかりでもない。冷めたコーヒーを見ていたら、早く家に帰り、美玖の笑顔を見たくてたまらなくなっていた。