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妻のダイニング・メッセージ(5)

 ダイニングルームやキッチンは、明かりが消えていた。朔太郎はすぐに明かりをつけるが、すぐに違和感が襲ってきた。


 ダイニングルームにある大きなテーブル。四人がけのテーブルだったが、コーヒーがこぼれ、食べかけのうどん、漬物などが放置されていた。サランラップもされていない。長時間放置されていたようで、うどんは乾燥し、カピカピになっていた。


 綺麗なこの家で、ダイニングテーブルの散らかりようは一体なんだ?


 ダイニングルームに隣接するキッチンに入る。オーブンもあり、広々と使いやすいキッチンだ。この辺りは朔太郎の家に似ていたが、流しには皿が放置されていた。全部汚れたままだった。


 どう見てもおかしい。玄関、廊下、リビングはきちんと綺麗にされていた。綺麗すぎる綺麗だったのに、このダイニングルームのテーブルとキッチンの乱雑さはなんだろう。他の部屋は神経質なほどの几帳面さを感じるが、キッチンとダイニングルームは汚くい。


 ちょっと悪いなと思いつつも、冷蔵庫や食器棚を見てみた。おかしな事に冷蔵庫や食器棚は綺麗だ。食器の種類ごとに分類され、きちんと収納されていた。冷蔵庫の中身もタッパーに入った作り置きがあったが、ちゃんと作った日付のラベルも貼られ、きちんと管理されていた。


 このダイニングテーブルや流しは夫の仕業だろうか。だとしたら辻褄は合ってしまうが、違和感が拭えない。あの憔悴しきっている光雄だったら、食事も喉を通らないのではないか。それに二リットルのベットボトルをそのまま客に出す雑さを考えると、うどんやコーヒーすら自分で作れない可能性もある。


 令和の若者は男女ともに料理ぐらいは出来るものだが、おじさん世代ではまだまだ何もできない男も多い。光雄が家事も料理も何もできないタイプなのは珍しくもない。一方、麗子は昔ながらの良妻賢母タイプか。この几帳面な家の様子を見ながら、だいたいの夫婦の性格が読めてきた。食器棚も二人用のものが大半だった。娘はとっくに独り立ちしているのだろう。


 こんな事をするのは、非常に行儀が悪い。光雄に知れたら、怒られるだろう。それでも麗子の行方は調べる必要がある。このダイニングテーブルの残されら料理から、メッセージを読み取る事にした。


 放置された冷やしうどんの端をちぎる。パサパサに乾燥していて食べられたもんじゃないが、仕方ない。実際、食感も最悪だったが。頭に映像が浮かんできた。


 キッチンで冷凍うどんを解凍している中年女性の映像が頭の中で再生されていた。真面目、優しそうな女性だ。良妻賢母的な雰囲気だ。おそらくこの女性が麗子と思われるが、顔色が悪く、目が死んでいた。頭痛や眩暈もあるようで、立つのもやっという感じだった。


『光雄さん、夕飯はうどんでいいってどういう事? こんなうどんだって作るの面倒なのよ!』


 良妻賢母の見た目に反し、麗子はそんな愚痴を吐きながら調理をしていた。確かにこのうどんからは「面倒」「作りたくない」「家事なんて嫌い」という思い、メッセージが伝わってきる。


 もしかしたら、更年期障害か軽度鬱病気ではないか。数年前、美玖も似たような症状がでて病院で治療を受けていた。今は元気になったが、ひどい日には家事も料理も何もできなかった事がある。このぐらいの年代にはよくある事だった。


 だんだんと背景が見えてきた。麗子は更年期障害や鬱病を患っていたとすれば、家事が全部嫌になって家出したとか?


 他の玄関やリビングは完璧なほど綺麗だった。料理のやる気が出ない自分が余計に許せなくなり、全部逃げるようの家出したという可能性は十分考えられた。夫の光雄は家事をしない亭主関白タイプ。余計な一言でより追い詰められたとか? 「うどんでいいよ」がそのきっかけか。


 うどんでも作るのは面倒だ。朔太郎は美玖の料理を食べながら、実際に作る事は面倒だと知っている。茹でて、湯きりして、つゆを作って、薬味も用意する。「うどんでいい」とは決して言えない。


 問題は麗子は今、どこにいるのか。朔太郎は溢れているコーヒーも舐めてみた。すると、コーヒーを溢した事をきっかけに、さらに家事を放り投げたいという麗子の姿が見えてきた。


 何となくわかる気がする。無理矢理頑張って家事をしている時、うっかりコーヒーを溢した時の絶望感。もうどうでも良いやと思っても、無理はない。朔太郎も仕事が大変な時に、うっかりコーヒーを溢したりすると、イライラして頭を掻きむしりたくなるものだ。


『もう面倒。そうだ、娘のところに家出しよ』


 再びこぼれたコーヒーを舐めると、そんな麗子のメッセージが聞こえた。


 朔太郎はすぐにリビングに戻り、光雄や美玖にもう一度娘の所に連絡するように伝えた。


「そんな、娘にはもう連絡しましたよ」


 光雄はぶつぶつ文句を言いながらも、朔太郎の押しに負けて連絡していた。朔太郎も案外美玖のように圧が強い部分もあるのかもしれない。元々は朔太郎はクールで冷めている性格だったが、美玖と共に暮らしながら影響されていたのかもしれない。夫婦はだんだんとに似たもの同士になっていくのだろうか。


 数分、光雄は娘と電話していた。時々、声を荒げる時もあったが、電話を切ると、安堵の表情を浮かべていた。


「見つかりましたよ。妻は娘のところに家出していました。家事、特に料理が嫌になって家を出したそうです」


 光雄は真相を報告してくれた。朔太郎の推理は当たっていたよう。


「光雄さん、あなたは少しは家事しなさいよ。大きなペットボトルをそのまま客に出すなんて、おかしいわよ」

「そうですよ。全部奥さんにやらせておくのは、どうでしょう?」


 美玖にも朔太郎にも強く言われ、光雄は身体を小さくしていた。これは本当に反省しているようだった。

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