番外編短編・いつものおやつ
その日、朔太郎は仕事に煮詰まっていた。筆は進んではいたが、どうも納得いかない所が多いというか。
「さくちゃーん! おやつよ!」
そんな時、一階から美玖の声がした。グッドタイミング。これで少し気分を変えられそうだった。
「おお、今日はドーナツか?」
ダイニングテーブルには、派手なドーナツがあった。ピンクやイエロー、グリーンのチョコレートでトッピングされ、見た目も鮮やか。いわゆる映えるお菓子のようだ。
「駅の近くにドーナツ家ができたらしい。何でも素材はビーガン向けで、動物性の食材は一切使っていないんですって」
「へえ? 本当か?」
なんか嫌な予感がしてきた。長年の勘から、やたらと素材についてアピールしまくる店は、朔太郎の中では要注意だった。それにこの見た目の派手さも、あざとくて怪しい雰囲気があった。美玖の前では決して言えないが、コーヒーのほろ苦い香りが救いだ。ドーナツにはやっぱりコーヒーだ。ミルクティーやホットミルク、ウーロン茶も意外と合うものだが。
「さっそく食べてみましょう!」
「おお」
朔太郎はドーナツを半分に割り、恐る恐る口に入れてみた。
最初はサクリとした触感。味もふんわりと甘く、悪くないと思っていたが。
頭の中でどこかの厨房が見えてきた。女が一人でドーナツをあげていたが、普通に牛乳やバターなど植物性のものを使っていた。衛生面などはちゃんとしていたが、明らかに食品偽装だ。
『添加物とか嫌いそうなビーガン女なんてチョロいわー。コンビニで買ったドーナツにちょっとアイシングして売ってもバレなさそう!』
女のそんな想いも伝わってきて、ドーナツは一気に不味くなってきた。朔太郎の長年の勘は当たってしまったようだった。ドーナツの味自体は悪くはない。普通にドーナツ屋として売っていけば良いが、おそらくそれだと差別化できないのだろう。ドーナツチェーン店も人気だし、コンビニに行けばレベルの高いパンやスイーツも楽しめる。
「さくちゃん、このドーナツ。見た目はいいけど、何となく脂っこいわ」
「そうか?」
「やっぱり失敗だったかね。いつもの煎餅やかりんとうの方が美味しかった気がする」
美玖はそう言い、苦いコーヒーを飲んでいた。朔太郎もそうする事にした。この嫌な想いや味は苦いコーヒーで洗い流してしまった方が良いだろう。
「明日は普通に煎餅やかりんとうにしましょ」
「そうだな」
「ドーナツぐらいだったら、私が揚げてもいいしね!」
「そうだ。美玖の手料理が一番。いつも通りのおやつが一番さ」
「やだー、さくちゃん! 褒めても何も出ないから!」
ふいに褒められて、顔を赤くしている美玖。そんな美玖を見るのも面白い。
「うん。コーヒーはうまいな」
「そうね」
食べかけのドーナツはもう手をつけられていない。おそらく捨てることになるが、仕方ないだろう。朔太郎のような何の能力もない美玖もこのドーナツは気に入っていない。おそらく悪い評判がたち、潰れるのは目に見えている。朔太郎の長年の経験からいうと、おそらくもって二年ぐらいか。客の舌の厳しさは舐めてはいけないのだろう。
「うん。やっぱりいつも通りのおやつがいいね!」
翌日、いつも通りの煎餅やかりんとうを食べながら、朔太郎は深く頷いていた。




