最期の晩餐(5)
あの日以来、黒崎と美玖は交流を続けていた。今はもうレトルトカレーにこだわりを見せず、スーパーで野菜や肉を買いながら、自炊にもチャレンジしているらしい。重美と三人でお料理教室を開催した事もあったようで、もう自分を気付けるような事もしていない。
あんなクレーマー行為も自傷行為だったのだろう。表面的には他人を傷つけているように見えたが……。見た目では何も分からないものだ。
「さくちゃん。黒崎さんから余ったレトルトカレー、いっぱい貰ってしまったんだけど、どうしよう?」
そんなある日、美玖は紙袋を抱えながらスーパーの仕事から帰ってきた。中身はレトルトカレーばかり。ほとんどが二百円以下の定番商品だったが、中には高級なご当地レトルトカレーもあった。これは意外だ。自分を痛めつけているようでも、完全にそうではなかったのかもしれない。
人の心は複雑だ。白黒では割り切れない。分かりやすい悪人もいない。同じように完全なる善人もいないのかもしれない。朔太郎は仕事では、分かりやすい悪役を描く事も多いが、リアリティはなかったかもしれない。もっともリアリティより楽しさや分かりやすさを重視している作風だったが。
「うーん。今日はレトルトカレーでもよくないか?」
「えー、いいの。めっちゃ手抜きになるけど」
「いいじゃないか。たまには。レトルトカレーだって不味くはない」
「でも、さすがになぁ。あ、レトルトカレーでアレンジした和風カレーうどんにしましょう。そうすれば余っているネギも消費できるし、一石二鳥!」
という事で今日の夕食は、カレーうどんになった。元々レトルトなのは嘘のような見た目だった。ちゃんととろみもついているし、ネギもたっぷりと入っているので、美味しそうだ。それにカレーと出汁の良い匂いが最高だ。
こんな料理誰が思いついたのだろう。カレーうどんは明治時代に生まれたものだそうだが、この時代の和洋折衷の料理は面白いものだ。
「さくちゃん、なんか楽しそうだね?」
「いや、思えばカレーうどんって面白い料理だよな。インド人もびっくりだよ」
「はは、確かに」
「しかしレトルトに見えないな」
食べながら、美玖が作っている様子が映像として浮かんできた。出汁と水、それに片栗粉をレトルトカレーに入れて作っているらしい。手品の仕掛けを見てしまった気分だが、これも素晴らしいアイデアだ。
再び咀嚼をすると、美玖の想いも伝わってきた。
『こんなレトルトの手抜き料理でいいのかな? まあ、いいか。でもさくちゃんと一緒だったら、こんな料理も美味しいよね。きっと、悪くないはず』
再び噛み締めると、もっと強く美玖の想いが伝わってきた。
『これが最期の晩餐になったとしても、私は幸せ。どんな手抜き料理でもファストフードでも。さくちゃんと一緒に食べたら、不味い食べ物でも美味しいんだよ』
そんな想いが伝わってしまった朔太郎は、下を向きたくなる。喜びや幸福感でいっぱいになってしまうが、恥ずかしい。自分がこんなに妻に愛されていたとは。
「美味しい。美味しいよ」
朔太郎はそう言うしかなかった。例え、この夕飯が最期になったとしても良いだろう。美玖と一緒だったら、何でも美味しいのだ。
朔太郎も美玖と全く同じ気持ちだった。




