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おしどり夫婦のお料理事件簿〜小さな謎とダイニング・メッセージ〜  作者: 地野千塩


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絶望スパゲッティの希望(3)

 重美は深い絶望の中にいるようだった。照り焼きピザを食べながら、全ての事情を説明してくれた。


「夫はね、ずーっと不倫してたのよ。結婚してすぐの頃から。しかも相手は男性だったの」

「え!?」

「本当かい!?」


 それについては、美玖も朔太郎も全く考えていない事だった。確か重美の夫は、内科医で温厚そうな人だったが。


「そうよ。私はね、二重に裏切られていたのよ。別にそういった同性愛的な事は、差別感情なんてなかったのに。早く言ってくれればよかったのに……」


 これに関しては、二人ともどういうコメントをして良いのか困ってしまう。何を発言しても重美を傷つけてしまいそうだった。重美の元夫は家柄もいい医者一家。どうしても言い出せない事情はあったらしいが、去年突然カミングアウトされ、裏切られたような気分になり、離婚を決意したという。


「三十年以上もずーっと騙されていたわけ。酷いわよ……」


 泣き始めてしまった重美に、もう何も言えやしない。この場の空気は重く、最悪なものとなってしまった。


「でも息子さんはいるじゃない?」


 重い空気を美玖は、この言葉で怖そうとしたが、さらに予想もしていない話題が出てしまった。


「息子もね、医者になった。そこまではいいわ。でもブラックな大学病院に行ってしまったせいで、過労死寸前だったの。今は鬱病と適応障害、あと統合失調症も発症しまい、去年からずーっと休職中。復帰できるかどうかは知らない。医者も辞めるかもしれない」


 重美は泣きながらもピザを食べていた。ピザはもうすっかり冷え切っていたし、とても美味しそうには見えなかった。


「今まで私は、仕事と両立しながら夫や息子に尽くしていた。料理だって愛情込めて作っていた。それなのに、ここにきて何? こんな仕打ちは酷過ぎる……」


 泣きながら食べているピザ。冷めている上に涙の味もするだろう。朔太郎は気の毒すぎて、一つもかける言葉が思いつかない。


「これまでの私の努力は、一つも実を結ばなかったってことね。あれだけ家族に尽くしていたのに。あんなに頑張ったのに」


 重美はいわゆる燃え尽き症候群にもかかっているようにも見えた。料理をしたくなくなる気持ちは察する。きっと面倒なのだろう。人生において大きな裏切りを経験した後に、肉じゃがだのカレーだの呑気に作っている気持ちにもなれないだろう。家庭の料理なんて、無償の行動だ。かえってくる事をあてにしてする事でもないが、こんな目に遭ってまでする事でもない。重美の気持ちを想像すると、朔太郎も胸の辺りが苦くなってきた。


「もうこれからは、自分の為だけに生きる。料理もしない。外食や出前、お惣菜の方が美味しい」


 また重美はピザを齧り付いていた。もはややけ食いだが、朔太郎も美玖も最後まで止める事はできなかった。


「さくちゃん、重美さんはあんな事情があったなんて……」


 帰り道、近所の桜並木を歩きながら、美玖は重々しく呟いていた。


 もう桜はだいぶ散ってしまい、枝には緑色の葉っぱも見え始めていた。春の生ぬるい風に桜の花びらが舞い、美玖の肩の上にも落ちた。


「重美さん、かわいそう。元旦那さんは最低だと思う。隠すなら墓場なで持って行くべきよ……」

「だよな。そうじゃなかったら、早めに告白してあげる事が、重美さんに一番良かったよな……。早めに離婚できれば再婚だって出来たかもしれない」


 そうは言っても、もう時は戻らない。重美の人生の大部分が無駄になった事実は変わらない。重美によると、元夫は離婚後すぐに恋人の家の向かったそう。慰謝料などお金はたっぷりと貰ったそうだが、それでも埋められないものはある。人生とか、時間とか、手間暇とか、心とか。


 その上、息子も病気になっている。たった一年で重美の環境は全く違ってしまったようだ。


 数年前に会った時は、夫も息子も医者で羨ましい奥さんにも見えたものが、人生は一寸先は闇だったらしい。


 離婚した奥さんは元気になるという説もケースバイケースだったようだ。少なくとも重美の場合は、幸せそうには見えない。


「でも。そんな酷い元夫から逃げられたのはよかったかも? 重美さんには、なんとか前を向いて生きて欲しい」


 美玖は肩についた桜の花びらを払いのけながら、呟いていた。


「そうだな。重美さんにパスタセットを送ったのは、失敗だったな」

「商品券の方がよかったかなぁ。でもパスタは簡単だし、作って欲しいけど」

「あの様子じゃ無理だろ」

「外食やお惣菜ばっかりだと病気になりそうで心配よ。カットサラダだけでも食べて欲しいけど……」


 美玖の言葉は、春の強い風にかき消され、最後の方はよく聞こえなかった。アスファルトの上は綺麗なピンク色。風もちょっと馬鹿になりそうなぐらい暖かい。それなのに重美の涙声を思い出すと、胸が苦しくなってきた。


「さくちゃんは、私に秘密は無いわよね?」


 まっすぐな美玖の目。あの能力の事を言われているようで、心臓が早鐘を打つ。


「いや、ないよ。少なくとも美玖を裏切るような秘密は」


 嘘は言っていない。あの能力についても、墓場まで持っていくしか無いようだ。美玖の料理を食べながら、その想いが全部筒抜けになっていたなど、死んでも言えやしない。


「美玖こそ秘密はないのかい?」

「さくちゃんを裏切るような秘密はないわね」


 美玖はここで悪戯好きな子供のような笑顔を見せてきた。


 そして数日がたった。美玖はスーパーで相変わらずパート中だったが、クレーマーの疫病神も健在で店員一同を困らせているようだった。店長は上と相談し、対策を考えると言っていたが、特に進展はないらしい。


 また、重美の姿もスーパーでよく見るらしい。最近は唐揚げやコロッケなどの惣菜をよく購入しているそうだが、顔色が悪く、体調も万全では無いようだった。


「さくちゃん、やっぱり重美さんの事が心配」


 夕飯時、ロコモコ丼を出しながら、美玖が相談してきた。ロコモコ丼のハンバーグは、明らかにレトルト食品だった。美玖も料理のやる気が出ないほど、重美の事が心配だったらしい。それは料理に込めた想いからも伝わってきた。


『ああ、重美さんの事が心配。どうしよう。私も呑気に料理作る気分になれない』


 ロコモコ丼には、そんな美玖に想いがあるようで、朔太郎も何とかしなきゃと考える。


「とりあえず、また重美さんの家に行こうじゃないか。そこで手料理の作ればいいんじゃないかね?」

「そうか。私達が代わりに料理作ればいいって事だね? 何作ろう?」

「そうだな。それは当日、スーパーで決めるか。とりあえず美玖は重美さんに連絡しとこう」

「オッケー!」


 という事で、今週の土曜日の昼間、再び重美の家に向かう事になった。


 さて、彼女にはどんな料理を作ってあげたら良いだろうか。裏切られ、絶望の中にいる重美に少しでも希望を感じられる料理とは一体?

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