絶望スパゲッティの希望(1)
今夜の美玖は、なかなか不機嫌だった。スーパーでパートをしている美玖だが、今日はレジのクレーマーが現れて大変だったらしい。店内せは厄病神というあだ名がつけられているそう。自分の事を「お客様は神様だ!」といつも言っているからだ。神は神でもクレーマーなんて疫病神という事か。
厄病神は奥さんに離婚されたばかりで、余計にイライラしているらしい。そのストレスを店員の美玖にもぶつけ、宥めるに一苦労。
「最低賃金のパートにカウンセリング役押し付けるなーって感じよ」
美玖はそう言いながら、ダイニングテーブルに今日の夕飯を置いた。今日は丼ものだった。ロコモコ丼だ。ご飯の上のハンバーグと温泉玉子。このハンバーグはどう見てもレトルトなので、手抜きだ。
もっとも朔太郎も文句など言えない。ここで文句など言ってしまったら、どうなるかは分からない。有り難く、このロコモコ丼を食べる事にしよう。
ちなみに美玖の手抜き料理はタコライスもある。タコライスはワンプレートで野菜も肉も取れる。レトルトのソースを使えば、かなりの時短になる上、見た目は全く手抜きに見えない便利な料理だった。ロコモコ丼かタコライスが出てきた時は、大概美玖はイライラとし、料理も手抜きしたい時が多い。今日は、好きなだけ愚痴を言わせえるのが、一番良いだろう。
「全くお客様は神様じゃないっての。一神教の国でもこんな事言ってクレームつけて貰いたいものよ」
「なあ、原理主義の店員だったら、銃殺されるかもしれんな。恐ろしい」
「そうよ。あんな客は銃殺されてしまえばいいわ!」
美玖はプンプン怒っていたが、厄病神の事情は少し可哀想だ。年老いて奥さんに離婚され、おそらく生活もどうした良いのか戸惑っているのだろう。朔太郎も同じ立場に立たされたら、ちゃんと生きられるか自信は全くない。店員に当たり散らすのは、どうかとも思うが。
「美玖、ちょっと言い過ぎだよ。こんなクレーマーでも、何か活かせるかもしれない。いいアイデアとかないか? 売り上げアップに繋がりそうな」
朔太郎は手抜きのロコモコ丼を食べながら聞く。レトルトのハンバーグだったが、プルプルな温泉玉子と相性は最高だ。確かに手抜きだが、味は全く悪くない。
「海外のスーパーでは、店員がお年寄りの話し相手になってあげるサービスやスロータイプのセルフレジもあるらしいよ。こういうサービスはAIには絶対できない」
「なるほど。それは良いアイディアねぇ。でもうちの店長は頭硬いし、最低賃金の奴隷が何か提案しても聞くかしら」
「さあ。でもそういうクレーマーは、きっと話し相手が欲しいんだろうな。寂しんだよ。可哀想な人」
「そっか。可哀想な人だと思えば、ちょっとイライラもおさまるかも」
美玖は「言いすぎた」と少し反省しながら、ロコモコ丼を食べていた。
「明日はちゃんと料理作るからね。何食べたい?」
「いや、別にたまにはロコモコ丼も美味かったよ。タコライスでもいいな」
「そうなの? だったら明日はタコライスにしようかしら。ちゃんとソースも作ってチッブスもトッピングして」
「おお、いいじゃないか」
「タコライスって手間の割には、パーティー料理っぽくて便利なのよね」
そこに美玖のスマートフォンに通知が届いていたようだ。食事中は滅多にスマートフォンは見ないが、今はほとんど食べ終わっている。美玖はさっそく確認していたが。
なぜか美玖の表情が険しくなってきた。
「どうしたんだい?」
「いや、重美さんが離婚したって」
「え!?」
それは驚きの知らせだった。成瀬重美は、作田と美玖の共通の友人だった。確か看護師とし大きな病院に働いていたが、今は訪問看護のパートの仕事などをしてると聞いていたが。料理上手で新婚の時は、美玖も色々と料理を習っていた。美玖にとっては料理の先生のような人物だた。もう六十歳は超えていたが、仕事や趣味に充実して生きている印象だった。夫婦仲もよく、朔太郎と美玖よりもおしどり夫婦として評判だった。一人息子も医者で、誰もが羨む幸せ一家だったはずだ。
「そんな。重美さん離婚したなんて。しかももう一人暮らしを始めているんですって」
「そうか。大丈夫かね?」
さっき美玖から聞いたクレーマー客の事も思い出してしまうのだが。この歳で離婚して、一人で生活となると、想像以上大変そうだった。
「いや、重美さんは晴れて自由になれたって楽しそう。家で離婚おめでとうパーティー開きたいから、来て欲しいとか」
「は? そんなもん?」
「女は男と違って強いのよ。離婚したら、かえって元気になる奥さんって多いらしわ」
「え!? 美玖もそうなのかい!?」
「そんな驚く事でもないでしょ。別に私達は離婚なんてしないん だから」
美玖は相変わらず笑顔だったが、そんな話をされると心臓に悪いのだが。
「まあ、重美さんの様子も見たいし、このパーティ行く?」
「そうだな。せっかく誘ってくれているしな」
「オッケー。さっそく返事送っといた。来週の土曜日、重美さんの新しい家へ行きましょう!」
やけにご機嫌な美玖を見ながら、まだまだ心臓が高鳴っていた。
離婚したら、妻は元気になるものなのか?
朔太郎は半信半疑だった。そんな事実は全く信じたくはなかった。




