翌日のカレーの秘密(3)
バターの良い香りがするケーキ。卵型で見かけも可愛らしかったが、朔太郎の頭の中を流れる映像は、決して甘いものでもなかった。
どかのキッチンが見える。キッチンの窓からは、見覚えのある庭が見えた。教会の庭だ。おそらくこのキッチンは、ここの教会のものだろう。
そこに一人の女がいた。三十代前半ぐらいの女だった。この女も見覚えがあった。この教会の教会員で、エッグハントでも子供達の誘導や受付などしていた。確か名前は加藤カナエだ。
見かけは、すらっとした体型の美人だった。化粧も服装もちょっと垢抜けている印象だった。ただ、お高くとまっているというか、クールな印象は否めない女性だった。エッグハントのイベントも冷ややかな視線を送っていた事を思い出す。子供のようにはしゃぐ美玖とは正反対のタイプだろう。
そのカナエは一人、ケーキの型の生地を流し込んでいたが、その表情は暗い。目を釣り上げていた。
さらにケーキを咀嚼すると、カナエの想いが伝わってきた。
『イースターもクリスマスも異郷のお祭りだっての! 全く牧師は何も知らないお花畑で腹立つ!』
カナエはずっと怒っているようだった。それは誤解でもあるが、朔太郎が解く手段も思いつかない。
『陰謀論サイトに書いてあったんだから。日曜礼拝だって欺瞞だわ! ネットを見て、目覚めて欲しいわ。っていうか私が作ったチラシも見て欲しいわよ。本当にこんなイベントは欺瞞だ。エッグハントやお料理コンテストしろなんて聖書にも書いてないじゃん!』
そんな想いも伝わり、あっさりとこのチラシの送り主が判明した。犯人はカナエだ。陰謀論サイトでも見て、何か感化されてしまったのだろう。
「たぶん、犯人は陰謀論サイトを見て影響を受けた人物だと思う。確かイースターやクリスマスの起源を持ち出して、叩いている人が多くいる記憶が。藤川、心当たりないかい?」
まさか不思議な能力の結果で犯人が分かったとは言えない。朔太郎は遠遠回しにこう言うしか出来ない。
「陰謀論好きか……。うちの教会だったらカナエさんがいるが」
「そのカナエさんだよ」
朔太郎は念を押したが、藤川は歯切れが悪い。
「いや、カナエさんは献金額も多いし、子供食堂とかにも寄付してるし。そんな悪いチラシを作っているようには、見えないんだが」
「藤川、それはちょっと甘いぞ。そういった善行など行動だけは綺麗に見せるのが上手い人間っているじゃないか。カナエさんって仕事は何しててるんだ?」
「WEBマーケティングとか言ってたか。カナカナ語のかっこいい仕事だった。ああ、昔WEBサイトのデザイナーやイラストレーターもやっていたとか言ってたな……」
「ビンゴだろ。カナエさんって人が犯人だ」
朔太郎はチラシを再び見てみるが、確かによくできている。書いてある内容は酷いが、デザインは綺麗。WEBサイトをデザインしていた過去があるのなら、こんなチラシを作るのは朝飯前だろう。
「そう言えばカナエさんは、日曜日に礼拝するのはおかしい。安息日である土曜日に礼拝すべきだと言ってたなぁ。私は日曜礼拝の根拠は一から十まで丁寧に説明してあげたんだが、ネットの情報の方が正しいって拗ねてた。以来、牧師の私にも壁はあるというか」
「そのカナエさんってネットの情報に影響受けやすいタイプなのかね? なんか見かけに拘っている印象も受けるな。ネットでは、見かけだけは綺麗っぽい情報は多いし。こういう一人って現代は多いと思うが」
「まあ、やっぱり犯人はカナエさんか……」
藤川は深くため息をつき、お茶を啜っていた。確かにもイースターもクリスマスも起源は良いものではないのかもしれない。キリスト教と関係ないのかも知れないが、藤川の想いも知ってしまうと、安易に否定もできない。
肝心なのは、その動機。心なのかも知れない。それこそが、神様的な存在が認める事ではないのか。外部で見ているだけの朔太郎だが、そんな気がしてしまう。
「でもカナエさんを責めるのは、なあ……。本当に彼女がその犯人だとしたら、ちゃんと自分から名乗り出て欲しい。罰や脅しで無理矢理言わせてもしょうがないだろ。それまでは、私も待つしかない。うん、待とう。一晩寝かせて待った方が良い時もあるから」
「藤川、それは甘くないか。言いたい事があるなら、チラシなんて使わず、正々堂々と意見言えって注意すべきでは?」
「でもなぁ。一度日曜礼拝の件で、カナエさんもヘソ曲げているっぽいしなぁ。無闇に責めても、向こうは余計に意固地になるかも。やっぱりこの件は一晩寝かせるわ」
藤川はぐったりと疲れている様子だった。チラシを見つめながら、再びため息をこぼす。
藤川によると、陰謀論経由でキリスト教に興味を持ち、教会にやってっくる人も少なくはないらしい。それでもネット上の情報に惑わされ、「日曜礼拝は欺瞞」「クリスマスやイースターは異郷の祭り」だと言い、結局教会から去っていくものも多いという。そんな人物は、再びネット上で教会や牧師の悪口に終始し、元より悪い状態にもなるらしい。このままカナエを責めても、藤川は良い結果にならないと予想していた。
「そんな陰謀論経由で教会来る人多いのか?」
「意外と多いね。でも決まって日曜礼拝とクリスマスとイースターがネックになって教会を去るっていうパターンができてる。なんだろうね、このパターン。ネットの情報ってそんなに百パーセント正確なのかね? ネットの情報で目覚めるなんて事はないよ。色んな人の意見をリアルで聞かないと。一人で聖書を勉強しても自分が絶対正しいって勘違いするだけなんだよな……」
朔太郎は何も言えない。最近はネットで情報も手軽に仕入れられる。一方、デマや根拠のない情報も多い。一見綺麗に見せた真実のような情報も多い。そこから正確な情報を得るのは、かなり難しい気がした。カナエの事も責められない。朔太郎も完璧にネットを使いこなしているわけでも無い。
「はぁ。やっぱり私は待ってみるよ。カナエさんは自分から、私のところに来るまで。おそらく犯人はカナエさんだろうが」
「そうか……」
この結果に朔太郎は、複雑な気持ちになったが、藤川が決めた事なので、仕方ないだろう。彼の決断は尊重するしか無い。
「さくちゃん、牧師さん。もうエッグハントも終わったわよ。次はお料理コンテストよ! 私も出場するんだから、来て」
結論が決まったところ、美玖が迎えにきた。そういえば、朝からこの料理コンテストの為に準備していた事も思い出した。
「藤川行こうか」
「そうだな」
二人とも再び庭に戻り、お料理コンテストの行方を見守る事になった。




