翌日のカレーの秘密(2)
教会は二階建てのこじんまりとした建物だった。一階は礼拝堂や多目的室、図書室、応接室、キッチンがあるらしい。二階は牧師が仕事をする部屋や備品などを置いている部屋もあるという。
教会というと、漫画やドラマでもる建物は派手だが、ここは地味で、公共施設といった雰囲気だ。図書館や公民館に近い印象を受ける。もっとも礼拝堂の方は、こういった宗教に縁のない朔太郎は静謐というか厳かな雰囲気はあるようにも感じたが。
朔太郎が案内されたのは、礼拝堂の側にある応接室だった。その名前の通り、テーブルとソファ。明らかに面談用の部屋だったが、懺悔室ではないようだ。普通の応接室だった。
「藤川の教会は懺悔室はないのか?」
「あれはカトリックの文化だね。そんな無理矢理罪を告白させるような部屋とかないから。今はさすがにやってないと思うけど」
「ふーん。色々宗派によって違うんだ」
「おお。ま、座れよ」
藤川は一旦、お茶とお菓子を持って戻ってきた。菓子はイースターらしい卵型のケーキだった。今日のエッグハントで貰える菓子の余りらしい。あの菓子とは違い綺麗なラッピングはされていなかったが、バターの良い香りが漂っていた。それにつるんと丸い形も可愛らしいケーキだった。売り物のように綺麗で、焼き色も完璧だ。
もっとも朔太郎はあの能力により、無闇矢鱈と食べ物は口にはしたくない。お茶だけ啜り、藤川の事情を聞く事にした。
目の前に座る藤川の目を見ながら、聞く。
「で、話ってなんだい? 何か困った事でも?」
「実はな……」
藤川は一枚の紙を取り出して見せた。何かのチラシのようだった。
「うん? イースターは異郷のお祭りだ。正統なプロテスタント宗派がエッグハントなどすべきではない。今すぐ中止しろって、なんだこのチラシは?」
「おそらく嫌がらせのチラシだ。これはクリスマスの時のチラシだが」
藤川はもう一枚チラシを見せた。クリスマスの礼拝も中止しろと書いてある。その理由も元々異郷のお祭りだからと、イースターの時と同じような言葉が書いてある。
チラシは二つとも見た目が良い。嫌がらせのチラシの割には、フォントやロゴデザインにこだわりがあり、写真やイラストのセンスも良い。おそらく二つとも同一人物の仕業と思われるが、嫌がらせの割には映えるチラシ。朔太郎は首を傾げてしまう。
確かにイースターやクリスマスは、本当はキリスト教とは関係のないお祭りで、海外の原理主義教会では何もイベントをしないという報道も見た事があるが、ここは日本。元々イベント好きな国民である。宗教嫌いな国民も多いだろうが、イベントはOKというタイプが圧倒的ではないか。事実このエッグハントでも子供達や美玖も盛り上がっているのだが。
応接室の窓の外からは、エッグハントを楽しむ子供達の声が響く。どう考えても楽しそうだった。
「これで何か被害はあった? 脅しとか、変な液体撒かれたりさ」
ふと赤尾の件も思い出す。出版関係では、あの手のトラブルは珍しくない。この教会でもそうなのだろうか。
「いや、そういう事件性はないんだが。おそらくクリスチャンの仕業だと思うのだが、無記名だし、不気味でさぁ。かといって警察に言うほどでもないし、ちくちくと匂わせている感じが、意外とストレスで」
「まあ、このチラシはキリスト教関係者がやっていると思うが……」
朔太郎はそう言うと、チラシを凝視する。海外の原理主義者のようなタイプの犯行だろうか。それとも案外、この教会の内部の人間の犯行だろうか?
「でもイースターもクリスマスも実際、キリスト教的ではないんだろ? だったら普通に中止すれば良いんじゃないか?」
何も知らない不外部の朔太郎は素直にそう思うのだが。
「いや、こういうイベントは案外大事なんだ。宗教嫌いな日本人でも聖書やイエス様に興味持ってきれる人も多いからね。うちの嫁だってクリスマス会ででイエス様の誕生の紙芝居見て、それからクリスチャンになったまらな」
「そうか。前にもそんな事言ってたよな。単なるイベントで楽しんでいるわけでもないのか?」
「そうだ。起源が悪いものでも、神様に祈れば結果が変えられる事だってあるからね。だから、こんなチラシが余計に気持ち悪くて。直接面と向かって我々に言いたい事があれば言えばいい。批判でもかまわんよ。イエス様だって宗教家へ批判してた。より良くする為の前向きなな批判は、人を裁く事でもない」
「確かに正々堂々と言えば良いのになって思うな」
藤川も何も考えていないようでもなかった。むしろ逆だ。だからこそ陰湿なチラシに心を痛めているようだった。
「言いたい事があれば直接言えば良いんですよ。本当にその意見に自信があるなら、はっきり直接面と向かって言えばいいよ」
このチラシも意外と藤川にストレスを与えている事は確かのようだ。珍しくイライラとした声をあげている。
そう言えば牧師はストレスがかなり溜まる仕事だと聞いた事がある。給料も低く、副業でバイトもやっているようだし、同情心のようなものも芽生えてきた。なんとかこのチラシの犯人を見つけ出せないだろうか。それとも警察に行くか?
「警察はな……。もし内部の人の仕業だとしたら、そこまでするのは……」
「でも、こういう犯罪は、敵を許すとかいう問題でもないし。もっとエスカレートする可能性もある」
立てこもりをした赤尾を思い出す。どうしても嫌な予感がするが、こんな嫌がらせの犯人を特定しるのは、難しいだろうか?
いっそ犯人がチラシではなく、料理でも作ってくれていれば良いが。それだったら、朔太郎のの力でも謎が解けるかも知れない。
ふと、目の前にある卵型のケーキに目が止まった。もし内部の犯行だったら、これを食べれば何か分かるかもしれない。そんなすぐに犯人が見つったら良いが、一かバチかにかけてもた。
朔太郎はこのケーキをとり、もぐもぐと咀嚼した。ふんわりと甘くて柔らかいケーキだった。味も見た目も最高なケーキ。
「あ、犯人わかったかも?」
「本当かい!?」
藤川をぬか喜びさせるわけには、いかない。朔太郎はケーキを食べて見えてきた犯人について語った。こんな能力がある事は口が裂けても言えないが。




